第51話 革命の聖女(三)
「なによ……これ」
ヴァイスハルトの屋敷は朝から騒然とした雰囲気に包まれていた。
重厚なシャンデリアの下、不安げに身を寄せ合う屋敷の使用人たち。
そして、硬い表情で控える護衛騎士団の面々。
その張り詰めた空気の中心に、リヴェラ、グレア、そしてオスカーがいた。
今朝がた、ルメンヴァル王よりヴァイスハルト家に届いた一通の封書。
それを読むリヴェラの両手は小刻みに震えていた。
『――ヴァイスハルト家護衛騎士団は、王命により即時参集されたし』
「ザルドレッド王の勅命でヴァイスハルト家護衛騎士団を戦地に送ると……そう書かれております」
リヴェラの傍らに控えるグレアは冷静に、しかし重く沈んだ声で応える。
リヴェラは思わず封書を持つ両手を強く握る。
「そんなこと!許されるはずがない!!うちは王の血を引く由緒正しきヴァイスハルト家よ!直接命令するなんて無礼にもほどがあるわ!!」
リヴェラの言うことは間違いではなかった。
ヴァイスハルト家は、ルメンヴァル王国の中でも特別な家柄であった。
王家であってもヴァイスハルト家に命令を下す権限などなく、建国以来、そのような無礼な要求はただの一度たりとも前例がなかった。
『ヴァイスハルト家が国政に関わらない代わりに、ルメンヴァル王国側からも一切の干渉を行わない』
これが暗黙のルールとして、これまで堅く守られてきたのだ。
しかし、この場にいる誰もがリヴェラの発言に賛同の声をあげることはできなかった。
それは、この令状が国の『非常事態』をありありと物語っていたからだ。
――ざわっ、と大広間の空気が一段と冷たく震える。
主の怒りと国の暴挙を前に、控えていた騎士たちからも困惑と憤りの混じった重い私語が漏れ始めた。
「おい、令状に書いてある『バンダル・トルネ川』ってまさか……」
「あぁ、戦地の中でも最悪の激戦地だ。ここに派兵されたら生きては帰れないという噂だ」
騎士たちが漏らしたその言葉に、リヴェラの表情は血の気が引いたように青ざめていく。
令状に書かれた、ヴァイスハルト護衛騎士団の派兵先『バンダル・トルネ川』は、ルメンヴァル王国南端の国境である。
川を越えると南の隣国『サルタニア王国』がある。
開戦当初、バンダル・トルネ川を越え、サルタニア王国に侵攻したルメンヴァル軍は、サルタニア王国軍の防衛線を次々に突破し、サルタニア王都に迫る快進撃を見せた。
しかし、サルタニアのさらに南に領地を構える大国アグストリアがサルタニア側に加勢すると、みるみるうちに戦況は悪化。
ルメンヴァル軍は戦線の後退を余儀なくされ、現在は国境のバンダル・トルネ川でサルタニア、アグストリア連合軍を相手に泥沼の防衛戦を繰り広げていた。
「そんな危険なところに……」
――うちの護衛騎士団を行かせる訳にはいかない。
その言葉は声になることなく、リヴェラは歯を食い縛って悔しさを噛み締めるしかなかった。
バンダル・トルネ川の防衛線が陥落すれば、ルメンヴァル領内に連合軍がなだれ込んでくる。
そうなればルメンヴァル国内に大きな被害が及ぶだろう。
その事は容易に想像ができた。
リヴェラは己の無力さにうちひしがれていた。
このままルメンヴァルを、大事な故郷を失いたくはない。
かといって、陳情に来る市民たちが期待するようなことは私にはできない。
「どうすれば……どうすればいいのよ」
リヴェラがそう呟いたとき、外からドアノッカーを叩く音がした。
ガン、ガン、ガン、ガンッ!!!
ドアノッカーの音は、静まり返った大広間に不気味に響き、その場の緊張感をさらに引き立てた。
グレアに促され、使用人のひとりが慌てて確認に行く。
――また、市民からの陳情だろうか。
もしくはこの令状のことで、ザルドレッドの配下の者が直接出向いてきたのだろうか。
リヴェラの脳裏に様々な憶測が交錯する。
すると、確認に向かった使用人が、足早に戻ってきた。
「リヴェラ様、サリバン様の使者の方がお見えです」
「サリバン?!」
その名前を聞いた途端、場の空気が凍りついた。
「お嬢様、お下がりください」
グレアがリヴェラをかばうように前に出る。
ルメンヴァル王国でも有数の貴族であるサリバン家は、国政において主に軍事を担当していた。
今回の侵攻で軍の総指揮をとるのは、サリバン家当主、オルレアン・ヴァン・サリバンであった。
「なんということか……サリバン家が直々に徴兵の勅令を言い渡しに来たか」
グレアは苦々しく唇を噛んだ。
「いえ、それが……」
使用人はグレアの顔色を窺う。
「とても緊迫されたご様子で、『勅令を絶対に受け入れてはいけない』とおっしゃられておりまして……」
「どういうことです?!」
グレアは困惑の表情を示した。
すると、隣で聞いていたオスカーが前に出る。
「サリバン家の使者とは、どなたでしょうか?」
その表情はとても穏やかで、使用人を緊張させまいという配慮が感じられた。
「は、はい。オルレアン・ヴァン・サリバン様の三男、クリス・ヴァン・サリバン様でございます」
「クリス?!」
その名前を聞いたオスカーはリヴェラと顔を見合わせる。
そしてリヴェラは意を決したようにうなずくと、制止するグレアの手を優しくいさめる。
「サリバン家の使者をお通しして」
つづく




