第50話 革命の聖女(二)
ヴァイスハルトの屋敷からさらに森の奥深くに入ると、ルメンヴァルを一望できる小高い丘がある。
そこにひとりたたずみ、ため息をつくのは、リヴェラだ。
リヴェラは陳情に来た市民たちを横目に、裏口から屋敷をこっそり抜け出してきたのだ。
普段、誰も立ち入らないこの場所は、リヴェラのお気に入りの場所であり、ひとりになりたい時に必ず訪れる特別な場所でもあった。
「みんな勝手すぎるわ、なんでもかんでも私に言えば何とかなると思っているのかしら......」
リヴェラはルメンヴァルの街並みを眺め、またため息をつく。
「私は何の役にもたたないっていうのに......」
そう言うと、その場にうずくまってしまった。
「――また泣きべそかいているのか?」
不意に後ろから声をかけられた。
その聞き慣れた声に、相手が誰だかすぐに分かった。
「泣いてないわよ!失礼ね......オスカー」
そう言われて、いたずらっぽく笑うのは、リヴェラの幼なじみであり、ヴァイスハルト家の護衛騎士団長を務めるオスカーだ。
オスカーは男性ながら美しい黒髪を肩より少し長めに伸ばし、その顔立ちは誰もが見惚れるような魅力がある。
若干二十六歳で護衛騎士団長を務める彼は、卓越した腕前を持つ剣士で、ルメンヴァル中にその名を轟かせていた。
「グレアから言われて来たのね?」
リヴェラが目を細めて問うと、オスカーは「ばれたか」とばかりにまた笑った。
「市民が押しかけて来たんだって?......みんなリヴェラが『泣き虫ヘタレ』だって知らないからそんなことするんだな」
「ひどっ!......雇い主に対する発言とはとても思えないわ」
リヴェラは口元を尖らせて反論するが、オスカーと目線が重なると思わず口元がゆるみ、緊張が解けたように笑顔がこぼれた。
ルメンヴァル王家の血をひく、高貴な身分であるリヴェラにとって、オスカーは心を許せる数少ない人物だった。
ヴァイスハルト家当主と護衛騎士団長という身分の差はあれど、二人でいる時は昔と変わらない態度で接してくれることが、リヴェラにとってはとてもありがたかった。
オスカーはリヴェラの横に座り、リヴェラと同じ目線で遠くルメンヴァルの街並みを眺める。
「ここは本当にいい場所だよな......」
「私のとっておきの場所だからね。教えてあげたこと、感謝してほしいわ!」
隣に座るリヴェラは得意げだ。
オスカーはその姿を微笑ましく眺める。
「――やっぱり好きなんだよな」
「......へっ??」
オスカーの唐突な発言にリヴェラは驚き、勢い良くオスカーの方を見る。
「ここに来ると、俺はルメンヴァルが好きなんだなって改めて思うよ」
「あっ......あぁ、ルメンヴァルの話ね」
リヴェラは赤らめた顔を隠すように、オスカーから視線を外した。
......まさかね。
リヴェラは拍子抜けしたように、小さくため息をついた。
そして、改めてオスカーの横顔を覗き込むと、そこにはいつも見慣れた勝ち気な表情はなく、どこか寂しげな哀愁が漂っていた。
「なぁ、リヴェラ。ルメンヴァルはいつまでも変わらない故郷であってほしいよな」
オスカーのその言葉に、リヴェラは眉を潜めた。
本当はオスカーとこんな暗い話をしたくはない。
しかし、オスカーの表情を見て、話を切り出さずにはいられなかった。
「......戦況、そんなに悪いの?」
リヴェラは恐る恐るオスカーに尋ねた。
オスカーは真剣な眼差しで真っ直ぐルメンヴァルの街並みを見据えている。
そして、少し間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「あぁ、かなり悪いようだ。周辺諸国が結託して連合軍を組んだあたりから徐々に劣勢になってきたが、大国アグストリアがその連合軍に加わったのが決め手になった......もうルメンヴァルが勝利する可能性はゼロに近いだろうな」
「そんな......」
リヴェラは自分が想像していた以上の状況に、思わず口元を手で覆う。
そして、恐る恐る尋ねた。
「ルメンヴァルは、どうなっちゃうの?」
オスカーは言葉を選ぶように慎重に答えた。
「このまま変わらずってわけにはいかないだろうな......最悪の場合、他国に併合されてしまうかもしれない」
オスカーのその言葉に、リヴェラの頭は真っ白になり思わず立ち上がる。
「まってまって!あり得ないわ!そんなのダメに決まってるじゃない」
生まれ育った大切な故郷がなくなってしまう。
それは、今まで生きてきた大事な思い出とこれからの未来を根こそぎ奪われてしまうような感覚だった。
「今から連合軍に謝罪して、許してもらうってことはできないの?」
そう言ってオスカーの表情を窺うが、その顔は険しいままだ。
「元々こちらから仕掛けた戦争だ。今さら謝っても許してもらえないだろうな」
「じゃあ、どうすればいいのよ......」
リヴェラはうつむき、途方に暮れるしかなかった。
その様子を見るオスカーは、リヴェラに何か伝えようとしたが、悩んだ挙げ句、喉元まででかかったその言葉を飲み込んだ。
――リヴェラ、ルメンヴァルを守れるのは君しかいない
戦争の足音は遠く離れた戦場から少しずつ、しかし確実に近づいてきていた。
そして遂に、それは思わぬかたちでリヴェラのすぐそばまでやってきた。
オスカーと話をした翌朝、ルメンヴァル王よりヴァイスハルト家に一通の封書が届いた。
『――ヴァイスハルト家護衛騎士団は、王命により即時参集されたし』
つづく




