第48話 試練、開門
......なんか、気まずい。
カタカタと軽快な音を立て、馬車が揺れる。
頬杖をつき、外の景色を眺めるヴァレリア、その向かいに、穏やかな表情で座るアルベルト、そして隣に俺......
『知恵の試練』が行われる場所に向かう馬車の中は、なんとも言えない空気が漂っていた。
想えば国家の審判が終わってから、ずっとこんな感じだ。
従者として知恵の試練に臨むなら、事前に打ち合わせをするなど準備をして、少しでも試練の成功率を上げたいと思っていたのだが、ヴァレリアからは避けられているような、そんな雰囲気を感じていた。
さらに、ヴァレリアとアルベルトの間にも何かあったようで、このところ二人で会話しているところを見かけない。
もしかしたらヴァレリア、知恵の試練のプレッシャーでナーバスになっているのかもな。
そんな不安を感じながらも馬車は目的地へと進んでいく。
ルメンヴァルの中心部を抜け、北東部に向かうと建物がだんだんまばらになってくる。
さらに進むと、木々が生い茂る自然豊かな風景へと変わっていった。
この馬車はどこへ向かっているのだろうか。
知恵の試練も国家の審判と同じ『円形大競技場』で行われるのだとばかり思っていたが、俺の予想に反して馬車は森の奥深くへと入っていく。
そして、ルメンヴァル公邸を出発してから一時間ほどたった頃、目的地へと到着した。
そこは小高い丘になっていて、ルメンヴァル市街を一望できる場所だった。
「......うわぁ!すごいな。ルメンヴァルにこんな場所があったのか」
俺は思わずその景色に見とれてしまった。
目の前に広がっているのは、精巧なミニチュアのように輝くルメンヴァルの街並みだ。
いつも忙しく働いているルメンヴァル公邸をこうして俯瞰するのは、とても感慨深い。
また、ルメンヴァル市街のさらに奥に目線を移すと、美しい山脈が連なる。
それを見ると、山脈の麓にある『ヘヴィロック大採掘場』でバルカス鉱業のみんなと奮闘した記憶が蘇ってくる。
「――本当に、いい景色だ」
俺が感傷に浸っていると、隣で同じ景色を見ていたヴァレリアは優しく微笑み、それからこちらに顔を向けた。
「気に入ってくれたなら嬉しいわ。ここはお母さまに教えてもらった、私の大切な場所なの」
ヴァレリアは大切な思い出を懐かしむように、また遠くルメンヴァルの街並みを見渡した。
「――幼い頃、よくお母さまに連れてきてもらったなぁ」
そう呟く横顔は、まだあどけなさが残る十五歳の少女そのものであり、俺は「何があっても彼女を守らなければならない」と静かに心に決めたのだった。
それにしても、こんなのどかな場所でどんな試練が行われるのだろうか。
俺が疑問に思っていると、後方から馬車が近づいてくる音がした。
振り返ると、少し遅れて到着したその馬車から、一人の男がゆっくり降りて来る。
その男は、二メートルはあろうかという大柄な体格にフード付きの外套を纏い、右手には長い金属製の杖を持っている。
そしてフードに隠れた顔の奥底に光る鋭い眼光がこちらに向いた瞬間、俺は思わず身構える。
「アルベルト殿、ヴァレリア様、本日はよろしくお願いいたします」
そう言って会釈をする男は、国家の審判を代々取り仕切る者、ゼハクだ。
どうやら、国家の審判だけでなく、知恵の試練も彼が担当するようだ。
ゼハクがこちらに目線を移すと、不意に目が合った。
「照平、先の審判はご苦労だった。戦いの疲れは癒えたか?」
「え、えぇ......まぁ」
思わぬゼハクの気遣いに驚き、うまく返答できなかった。
「これから始まる試練は、国家の審判以上に壮絶なものとなろう。心してかかりなさい」
俺はその言葉に息をのみ、緊張が高まる。
ゼハクは一度言葉を区切ると、外套の奥からどこか儀式的な響きを帯びた声で宣言した。
「――では、これより『知恵の試練』の入場手続きを執り行う。この試練の領域へ持ち込めるのは、あらかじめ選定された二つの『アイテム』のみ。ヴァレリア様、ご用意されましたかな?」
ゼハクの口から出た『アイテム』という、まるでゲームのルールのような奇妙な響きに、俺は思わず眉を潜めた。
その疑問を置き去りにしたまま、ヴァレリアは静かにうなずく。
「えぇ、このサムリングを持ち込むわ」
ヴァレリアは持っていた荷物から、二つの指輪を取り出した。
それは、余計な装飾が一切ない、無骨ながらも美しいシルバーの指輪だった。
宝石の代わりに、リングの頂部には精緻なレリーフが施されている。
刻まれているのは、細い剣を包み込むように咲き誇る『カレンデュラ』の紋章だ。
「よろしいでしょう」
ゼハクはそれを確認し、うなずいた。
ヴァレリアは指輪の片方を俺に差し出した。
「照平、このサムリングを左の親指に付けて。詳しいことはまだ言えないけど、大事なものだから絶対に外さないでね」
俺はそれを慎重に受け取ると、言われたとおりに左の親指に装着した。
サムリングは不思議と俺の指のサイズにぴったりだった。
「アイテムの準備が完了した、続いて『ゲート』を用意する」
ゼハクはそう宣言し、体の中央で杖を構える。
「――開門」
低く重厚な声で唱えると、杖を勢いよく地面に打ち付けた。
ギンッ!!
金属を打ち付けたような鈍い音が鳴り響くと、杖を打ち付けた場所から同心円上に波紋が広がり、目の前の風景が一気に色褪せていった。
それは、まるでこの瞬間に突然時が止まってしまったような、そんな感覚を思わせた。
すると、ゼハクがすっと俺の後方を指差す。
慌てて振り返るとと、先程までは何もなかった芝生の上に、突如『扉』が現れた。
それは何の変哲もないただの扉だったが、その向こうに建物があるわけでもなく、扉だけが不自然に立っていた。
「こちらが今回の試練の入口だ。ここから先へ進めるのはヴァイスハルト家の正統な血筋であるヴァレリア様、そして国家の審判により従者と認められた照平のお二人のみ」
ゼハクがそう言うと、ヴァレリアがうなずく。
この扉が『知恵の試練』の入口だというのか......
「このゲートに入れば最後、試練終了まで出ることは叶わない。それと――」
ゼハクの放つ威圧感が一層強くなる。
「このゲート内の領域で命を落とした場合、それは現実の死となる。十分に注意せよ」
試練に命の危険があることはもう十分承知している。
しかし、この異様な雰囲気の中、改めて説明されると背筋が凍りつく思いがした。
そんな俺の気持ちを突き放すように、アルベルトは冷酷な笑顔でこちらを見る。
「照平、ヴァレリアを頼んだよ」
知恵の試練がどのようなものなのか、まだまだ状況は掴めない。
しかし、ここで後戻りすることは到底できそうにない。
俺はアルベルトに対してうなずく。
その表情は、緊張のあまり不自然に強張り、アルベルトの目にはとても頼りなく写ったかもしれない。
その時、不意に隣から柔らかな声が聞こえる。
「照平、行きましょう」
俺を気遣ってくれたのか、ヴァレリアの表情はとても穏やかで、これから命の危険が伴う試練に挑むなんて微塵も感じさせなかった。
俺がヴァレリアの力になると決めたはずなのに、これでは逆じゃないか。
いかんいかん!
俺は気持ちを入れ直し、ヴァレリアを不安にさせないよう精一杯の笑顔で応えた。
「あぁ、行こう!」
俺の表情を見たヴァレリアは安心したように優しく微笑むと、意を決してドアノブに手を掛ける。
ドアノブを回しゆっくり押すと、その先に広がるのは漆黒の闇だ。
俺はそれを見て一瞬たじろいだが、拳を強く握り、もう一度気持ちを立て直す。
この先に何が待っているか分からない。
でもヴァレリアと一緒ならきっと乗り越えられるはずだ。
ヘヴィロック大採掘場で、光輝くルメン・オパールを掘り当てた、あの時のように。
俺とヴァレリアは顔を見合わせてうなずくと、扉の中に広がる漆黒の闇へとゆっくりと入っていった。
――その後どうなったのか、記憶がない。
どうやら俺は少しの間、気を失っていたようだ。
次に気がついた時、俺は見知らぬ場所にいた。
そして傍らにある鏡で自分の姿を確認すると、その見た目は全くの別人のものになっていた。
さらに不思議なことに、俺は一度も会ったことのないこの男の名前を知っていた。
その名は――オスカー
つづく




