第42話 国家の審判(二)
「は――っはっはっは!!!!」
大競技場にフェリクスの高笑いが響く。
それを見ていた観客からも、フェリクスの優勢を後押しするように大歓声が上がる。
第一ターンの結果、俺の金貨は五枚、フェリクスの金貨は二十枚という大差がついてしまった。
それについて、ゼハクが詳細を解説する。
まずはシビル。
俺が五枚、フェリクスがゼロ枚セットした。
俺はセットした枚数の二倍である十枚の金貨を獲得した。
次にギルド。
俺が五枚、フェリクスがゼロ枚セットした。
最初にバーストの判定が行われる。
合計枚数が十枚を越えなかったため、バーストは発生せず、通常の計算で獲得枚数が決まる。
俺はセットした枚数の三倍である十五枚の金貨を獲得した。
最後にナイト。
俺がゼロ枚、フェリクスが十枚セットした。
フェリクスの方がセットした枚数が多いため、俺がセットした枚数との差である十枚の二倍の金貨を俺から奪うことができる。
結果、俺が持っていた二十五枚の金貨のうち、二十枚をフェリクスに奪われてしまったのだ。
「......フェリクス、俺を騙したんだな」
俺は怒りのあまり頭に血が上り、フェリクスを睨み付けた。
「騙した?あんた、何か勘違いしているようだな」
フェリクスはテーブルに肘を付き、頬杖をついて言った。
「この審判で決まる『知恵の試練の従者』ってのはな、この先、ヴァレリア様の一番近くでこの国を支える役目を担うんだ。つまり、これは俺自身の、そしてサリバン家の、ひいてはルメンヴァル全体の未来をかけた戦いなんだよ」
フェリクスはなおも続ける。
「それなのに、あんたは何だ?対戦相手の言うことを何も考えずに受け入れて自滅し、それを言うに事欠いて『騙した』だと?この審判に臨む覚悟が足りないにもほどがある」
フェリクスは頬杖をついた首をわざとらしく反対方向に傾けると、トドメだと言わんばかりにこう言い放った。
「そんな奴に、ヴァレリア様の隣に立つ資格は、ない」
俺はその言葉に鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚え、下を向くしかなかった。
くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!
フェリクス、なんて奴だ!騙される方が悪いとでも言いたいのか!
それに、こんな人を騙すようなことをして貴族として恥ずかしくないのか?
格下だと見下していた相手に見事に出し抜かれ、さらにぐうの音も出ないほどに正論でねじ伏せられた俺は、この怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からない。
黒い霧が大競技場を包んだ時の、あの怯えた態度は演技だったというのか?
その前の会話もそうだ。俺をヘヴィロック大採掘場で活躍した実力者だなんて言ったのも、俺を煽てて警戒心を解くためだったのかもしれない。
フェリクスはここで俺と対峙した時から、ずっとこの瞬間のために準備をしていたんだ。
ここで俺と対峙した時から......
――いや、待てよ。本当にそうか?
『――ヘヴィロック大採掘場での照平さんのご活躍、伺っています。ルメンヴァル中で噂になってますよ』
あの発言......いくらルメンライムの採掘が国家産業だとしても、名もない役人の成功事例が国中の噂になることはない。
実際に、噂になっているなんて実感は全くなかった。
俺は急に背筋が凍るような悪寒を感じた。
俺の活躍が噂になっているなんて嘘だ。
あいつは......フェリクスは、事前に俺のことを調べ上げていたんだ。
その上で作戦を立て、この審判に臨んでいた......
......それに比べて俺はどうだ。
ヴァレリアの力になりたいと言いつつ、この審判のための準備を何もしてこなかった。
それどころか、相手を生まれた家がいいだけの、苦労を知らない青二才と決めつけ、見下し、その結果、取り返しのつかない失敗をしてしまった。
フェリクスの言う通り、この審判に臨む『覚悟』が全くできていなかった。
ヴァレリアはあの高座から、惨めな俺をどんな気持ちで見ているだろう。
......きっと失望しただろうな。
その現実を実感するのが怖くて、俺はヴァレリアがいる高座を見ることができない。
しかし、審判はそんな俺の状況を待ってはくれない。
ゼハクは勢いよく杖で地面を突き、高らかに宣言する。
「第二ターン開始!プレーヤーは互いに金貨をセットせよ」
俺はゆっくりと顔を上げ、わずかに手元に残った五枚の金貨を指でなぞる。
とにかく、この第二ターンをなんとか乗り切らなければ。
◇
「何やってんだ!ショウ!」
貴族・要人席で審判の様子を観ていたバルカスが、硬く握った拳を膝に叩きつける。
「五対二十ですか......照平殿、序盤から厳しい状況ですなぁ」
ミカも眉間にしわを寄せながら呟く。
「厳しいなんてものじゃない、この状況は致命的だ」
ジークが二人の言葉を冷たく断じる。
「致命的?ジーク、それはどういうことだ?ショウは次の第二ターンで巻き返せばいいんじゃねぇのか?」
「......それは不可能に近いと思います。この国の舵取りを模したゲームは、ある意味、現実の国家を忠実に再現している」
バルカスとミカはそのジークの言葉に息を飲む。
「富める者はさらに豊かになり、貧する者はそれを覆すことは難しい。このゲームのルールでは、一発逆転を狙うことはできないんです」
「それは、どういうことだ?」
「このゲームで金貨をセットする駒の役割は、金貨の枚数を増やすか、金貨を相手から奪うかの二つです。そして、どちらにしてもセットした金貨の枚数が多い方に分があります」
ジークの説明を聞いたミカが、納得したように手を叩く。
「なるほど!確かに、増える金貨の枚数はセットした枚数を基に決まるし、奪う枚数もセットした金貨が相手より多くなくてはいけない!」
「その通り。金貨の枚数が同じである第一ターンなら戦略を立てられるが、大差がついた場合、そこから挽回するのはまず無理だ。......おそらくフェリクスは、それを理解した上で第一ターンで大差をつける戦術をとったんだろう」
「そんな!それじゃタダのクソゲーじゃないですか!」
ミカがプンプンという音が聞こえてきそうな素振りを見せる。
「それにしても何か!何かショウが勝つ方法はねぇのか?」
バルカスが祈るような視線をジークに向ける。ジークはそれに対してうつむき、静かに首を横に振った。
「くそっ!何だってんだ!!それじゃあんまりじゃねぇか!!」
バルカスは落胆し、両肘を膝に付いて顔を手で覆う。
ジークも唇を噛みしめるが、いくら考えを巡らせても照平を勝利に導く理論にはたどり着けない。
大競技場ではあちらこちらからフェリクスを後押しする声が上がり、会場の熱気が更に高まる。
「やはりサリバン家の正統な血筋!フェリクス様!この国を任せられるのはあなた様しかおりません」
「貴族でもないただの役人が、この場に立つのも百年早いんだ!」
その熱気とは裏腹に、貴族・要人席に座るバルカスたちは落胆し、重い空気が漂っていた。
「――もう、いっそのことリセットしてやり直せればいいのに......」
不意にミカが呟く。
すると、頭を抱えていたジークが何かに気づいたように目を見開く。
「リセット......それだ!」
バルカスとミカが驚き、ジークを見る。
「かなり難しいかもしれない、でも......照平!まだ諦めるのは早いぞ」
ジークは祈るように中央の照平に強い視線を送った。
◇
大競技場の中央に観客の視線が集まる。
観客は勝負が決するのを今か今かと息を飲んで待っている。
「おい、さっさと金貨をセットしたらどうだ?」
フェリクスが、椅子の背もたれに深く寄りかかり、慈悲を与える王のような顔で言う。
俺は震える手で残り少ない金貨に触れ、天を仰いで、深く、長く吐き出した。
「なんだ、降参か?」
煽るフェリクス。
俺は観念して腹をくくる。
「あぁ、そうだな......」
俺は力なく笑い、自嘲気味に肩を落とした。
「いくら考えても、このターンを生き延びる方法はなさそうだ。......完敗だよ、フェリクス」
「ふふっ、は――っはっはっは!! 賢明な判断だ、自分の限界を理解できたようだな!」
俺はゆっくりと顔を上げ、フェリクスを真っ直ぐに見据えた。
「フェリクス......どうせここで終わるなら、最後は容赦なく叩き潰してくれないか。でないと、俺は自分の不甲斐なさに、みんなに合わせる顔がない」
その瞬間、フェリクスの瞳の奥に、ある種の『傲慢な使命感』が宿ったのを俺は見逃さなかった。
「......いいだろう。名門サリバン家の名に懸けて、その願いを叶えてやる。どんなに格下相手でも全力を尽くすのが貴族の礼儀だ」
フェリクスは手元のコインスロットに勢い良く金貨をセットした。
そこに一切の迷いはない。
フェリクスの頭にあるのは、俺を正面から蹂躙するという甘美な結末だけだ。
俺はそれを見届け、祈るように、そして慎重に自分のスロットへ金貨を滑り込ませた。
「両者、セット完了。では第二ターンの結果発表を行う」
ゼハクの冷徹な声が大競技場に響くと、フェリクスの手元にある十枚の金貨が光の粒となり、ナイトに降り注ぐ。
すると、甲冑が擦れるような重く鈍い音を響かせてナイトが動き出す。
ナイトはゆっくりとこちらを向くと、手に持った聖剣を構えた。
そして甲冑の奥に隠れる瞳が光った刹那、空を裂くような音を立てて俺の方へ聖剣を振り下ろす。
そのあまりの勢いに轟音が鳴り響き、白煙が大競技場を包む。
その瞬間、フェリクスが勝利の美酒に酔いしれるように、右手を高々と突き上げた。
「さらばだ、照平! 貴公の最期は、私のナイトが完璧に――」
フェリクスが言いかけたその時、フェリクスの手元にあった残りの金貨が全て消えてなくなった。
「第二ターンの結果――照平、獲得枚数......ゼロ、同じく、フェリクス。獲得枚数、ゼロ」
「............はぁっ!?」
フェリクスの勝ち誇った声が、奇妙に裏返る。
そして高々と掲げた腕は、力なく崩れ落ちていった。
「な......ゼハク殿、今なんと言った? 私がゼロ? そんなはずはない! 私はナイトに十枚、さらにギルドにも十枚を置いて......!」
「――『ギルド』は十枚以上の投資により崩壊し、セットされた金貨は消滅。さらにナイトは奪う対象の不在により、攻撃は不成立となった」
フェリクスがジオラマ上のギルドを確認すると、商人たちは力なくその場に立ち尽くしている。
そしてギルドにセットした金貨は、城の最も奥にある宝物庫に吸い込まれていった。
「......ふーっ。......どうやら俺は賭けに勝ったようだな」
白煙が徐々に薄れ、その隙間からやっとお互いの姿を確認する。
俺は膝をつき、肩で息をしながら、高鳴る心臓の音を必死に押し殺して顔を上げた。
「......お前、何を......何をした......っ!」
フェリクスが、先ほどまでの余裕が嘘のような、鬼の形相でこちらを睨みつける。
俺は頬を伝う汗を乱暴に拭い、混乱する「勝ち組」の坊っちゃんに向かって、不敵な笑みを浮かべてやった。
「言っただろ、『様子見』だって。......ゼロ対ゼロ、これで振り出しに戻った。勝負はこれからだ!」
つづく




