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転職に失敗し続けた俺が、異世界で転職成功の極意を掴んで勝ち組目指す  作者: むらさきじゅんぺい
第5章 王位継承 前編

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第40話 審判、開門

ルメンヴァル公邸の敷地内にある巨大な円形大競技場。

祭礼や国家行事で使われるこの場所が、今回の『国家(エステート)()審判(ジャッジメント)』の舞台だ。


円形大競技場の観客席はすり鉢状に配置されている。

そして、その中央に立派なテーブルが置かれ、フェリクスと照平が向かい合うように座っている。


「――いやぁ、これは完全に出遅れてしまいましたなぁ......」


すり鉢状の会場を困り顔でとぼとぼ歩くのは、ヴァレリアの友人、ミカ・グランツだ。


会場は朝早くから並んだ民衆たちで埋め尽くされ、見る限り空席はない。

途方に暮れていると、少し離れた場所から聞き覚えのある声がミカを呼ぶ。


「おぉい!ぐるぐる眼鏡の嬢ちゃん」


声のする方を見ると、バルカスが手を振りながらミカを呼んでいた。


「席がねぇのかい?ここにひと席空いてるぜ」


バルカスが座る席は、フェリクスと照平が座る場所の正面に位置していた。

そこは民衆が座る席とは異なり、簡易的に仕切られた造りになっている。


「こぽ〜!!そんないい席で見れるなんて!ありがとうございます」


そう言うと、ミカは人で埋め尽くされた会場をするりするりとすり抜け、バルカスがいるルメンヴァル採掘協会に割り当てられた『貴族・要人席』に座る。


――円形大競技場の観客席は三つの層に分かれている。


会場全体を正面から見下ろす最も高い場所が、王が座る『高座(こうざ)』だ。

高座は個室となっており、他の席とは一線を画している。

ここに座るのは、王となる資格を持つヴァレリアと、摂政としてルメンヴァルを統治するアルベルトである。


次にその高座の周りに位置するのが、『貴族・要人席』だ。

ここは簡易的に仕切られ、座る者の地位に応じて上から下へと席が割り当てられている。

カスピアン・ヴァン・サリバンは貴族・要人席の中でも最上位に位置する、ヴァレリアのいる高座のすぐ下の席が割り当てられ、バルカスやサムエルは真ん中より下の席が割り当てられている。


そして、それ以外が『民衆席』だ。

市民たちが円形大競技場をぐるりと埋め尽くし、地鳴りのような熱気と期待を中央へと送り込んでいる。


「――いやぁ、それにしてもすごい数の人ですなぁ。照平殿の晴れ舞台と聞いて馳せ参じましたが、これほどの人が集まっているとは」


バルカス、ジークと並びの席に座ったミカが、身を乗り出して会場内を見渡す。


「そうか、その歳では国家エステート()審判(ジャッジメント)を見るのは初めてか」


隣に座るジークがミカに尋ねる。


「はい!えすてーと......何でしたっけ?いったいどんなイベント何ですか?」


国家エステート()審判(ジャッジメント)だ。まぁ簡単に言うと『王のパートナー選び』だな。代々、王の伴侶や知恵の試練の従者を決める際に、国家エステート()審判(ジャッジメント) という()()でその適格者を決めてきたんだ」


「ほぇ~」


ミカがまったく理解していないような気のない返事を返す。


「ジーク、お前さんは、前回の国家エステート()審判(ジャッジメント)をその目で見たのか?」


バルカスの問いに、ジークの表情が目に見えて硬くなった。

視線は中央のテーブルに向けたまま、苦いものを噛み潰したような声で応える。


「ええ。まだ子供でしたが、あの光景だけは脳裏に焼き付いています。……審判に敗れ、一人の人間が『崩壊』していくあの瞬間は、二度と思い出したくもありません」


「そうか。まあ、そうだろうな」


バルカスは腕を組み、指先で自分の腕を強く叩いた。

その目は、かつて敗者が味わった地獄を反芻しているかのようだ。


「……ショウ、負けるんじゃねぇぞ。このゲームの敗者が支払う『代償』は、生半可なもんじゃねぇからな」




「――これだけの人に注目されると、なんだか緊張しちゃいますね」


フェリクスが少し困ったような表情で話しかけてきた。

俺とフェリクスは、大競技場の中央に置かれたテーブルを挟んで向かい合って座り、静かに審判の開始を待っていた。


「お、おぅ......そうだな」


急に話しかけられたことに驚く。

やれやれ、コミュ力高めの若手がマウントとってきやがった。

ちなみに、俺はこの会場に入ったときからずっと緊張しっぱなしだ。


「あ、でも照平さんは私と違って、こういう場は慣れてらっしゃるのかな......ヘヴィロック大採掘場での照平さんのご活躍、伺っています。ルメンヴァル中で噂になってますよ。貴方のような実力のある方と競えるなんて、とても光栄なことだ。是非ともこの若輩者に胸をお貸しください」


フェリクスがそう言いながら、少しへりくだった笑顔をこちらに向ける。


噂になっているなんて知らなかった。

少し大袈裟な気もするが、何はともあれ、誉められて悪い気はしない。


「いや、俺も十分緊張しているよ。こちらこそ、今日はよろしく頼むよ」


お互いに顔を見合わせ、笑顔を交わす。


今日初めて会ったが、フェリクスにはどこか幼さというか、人懐っこさがある。

貴族だとはいえ、二十歳そこそこと言えば社会人になりたての新卒と同じだろう。

俺の豊富な社会人経験と比べればまだまだ青二才だ。


そんなやり取りをしていると、突然、爆発的な大歓声が会場中に響き渡った。

何事かと会場を見渡すと、観客はみな、中央にある入場ゲートに一線に視線を送っている。


そこには一人の男が直立不動で立っていた。


男は二メートルはあろうかという大柄な体格で、巨大な体を深いフード付きの外套で包んでいる。

顔の全貌はフードに隠れて見えないが、その奥底からは、すべてを見透かすような鋭い眼光が、冷徹に会場を射抜いていた。


男は高座に向かって一礼すると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

右手には身長と同じくらいの長さがある金属製の杖を持ち、左手には分厚い辞書ほどの大きさの箱を抱えている。

その箱には、何重もの細い鎖が隙間なく巻き付けられ、鎖の節々には、赤黒い(ろう)で固められた幾つもの封印が施されている。

片手で軽々と持てるサイズでありながら、そこには一国の命運を封じ込めたかのような、異様な重圧が宿っていた。


男が中央のテーブルにたどり着くと、右手に持った杖で地面を勢いよく突く。

すると、突いた場所を起点に会場全体に衝撃が伝わり、会場は一気に静まり返った。


「我が名はゼハク。国家エステート()審判(ジャッジメント)を代々取り仕切る者なり」


その威圧感に、緩みかけた緊張感がまた一段と高まる。

ゼハクはさらに続けた。


「この審判は、継承者ヴァレリアに付き従うに()()()()()()を見定める儀式である。両者、知略を尽くし、己が力を我に示せ」


そう言うと、左手に持つ箱に指をかけ、無巻き付いていた鎖を一本ずつ解き始めた。

ジャラリ、と鎖が石床に落ちる音が、静まり返った大競技場に響く。


最後の封印である赤黒い蝋がパキリと砕け、彼がその蓋をわずかに持ち上げた、その瞬間だった。


「――開門」


ゼハクの低い声が地を這うと同時に、大競技場を明るく照らしていた太陽が、まるで巨大な怪物に喰らわれたかのように急激にその光を失った。


雲が沸き立ったのではない。

空そのものが、中心から墨を流したような闇に染まっていったのだ。


箱の隙間から溢れ出したのは、光ではなく、光を拒絶する純粋な黒だった。

それは重たい霧のようにテーブルを包み込み、フェリクスと照平の足元へ、生き物のように這い寄っていく。

同時に、何かが焦げ付くような、乾いた不吉な臭いが広がる。


「なんだ、これは……」


誰かが呟いた恐怖の声さえも、重く垂れ込めた闇に吸い込まれて消えていく。


天を仰げば、どろりと濁った黒雲の渦が、まるで巨大な瞳のように会場を見下ろしていた。

それは、敗者に降り注ぐ審判の残り火が、空の向こう側で静かに牙を研ぎ始めた合図だった。



つづく

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