第37話 知恵の民
知恵の民?
その言葉どこかで......
あぁ!そうそう、確かオリバーさんの家で見た『ヴェルサの未完の研究ノート』に書いてあったんだ。
『知恵の民の知恵とは、人々の心の機微をすくい上げることで完成する』確か、そう書いてあった。
その時は、『思慮深い人』とか『人の上に立つ資格のある人』みたいなニュアンスのことを例えたのかと思ったけど、話をよく聞くと、どうやらそうではないようだ。
ヴァレリアは――
『知恵の民』とやらの唯一の生き残りらしかった。
◇
次の日、俺はオリバーの家にいた。
ヴァレリアが来月ルメンヴァル王に即位するという話には驚いたが、どうやらルメンヴァルではそれが周知の事実であるようだった。
「確かに、外から来た人にとっては違和感があるかもしれないね。背景には古代ルメンヴァルの深い歴史があるから」
アルベルトはそう言って、詳しい説明を受けるためにオリバーの元に行くようにアドバイスしてくれた。
約一ヶ月ぶりのオリバーの家。
「ヘヴィロックに行っていたんだって?それは大変じゃったなぁ」
そう言いながら、オリバーはお茶をいれてくれた。
「えぇ、まぁ、仕事は大変でしたけど、バルカス鉱業のみなさんはとてもいい方ばかりでした」
お茶をすすりながら応える。
オリバーの家にいると、田舎のおじいちゃんの家に帰ってきたような安心感がある。
ちなみに実際のおじいちゃんは父方、母方共に俺が生まれる前に亡くなっているので、あくまで雰囲気を伝えるための例えだ。
「それで、古代ルメンヴァルの歴史について知りたいとのことじゃったな」
「はい、古代ルメンヴァルの歴史を知らないと、ヴァレリアの即位を理解できないだろうと言われまして......」
「そのとおりじゃ、何かを知ろうとするときに、その歴史を理解することはとても重要なんじゃ。だから初めてここに来た時も古代ルメンヴァルの歴史を説明しようとしたのに、聞く耳持たんかったじゃろ」
『古代ルメンヴァルは圧政と解放の歴史じゃ。その歴史は数百年前にさかのぼる』ってやつか......
酔っぱらいが昔語りを始めようとしただけかと思ったが、そうではなかったようだ。
「その節は......」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「改めて、古代ルメンヴァルについて教えていただけないでしょうか」
オリバーの方に向き直り、お願いする。
「うむ、よかろう」
オリバーはお茶をひとくちすすると、静かに語り始めた。
「古代ルメンヴァルは圧政と解放の歴史じゃ。その歴史は数百年前にさかのぼる......」
◇
「ルメンヴァル王国」そう正式に名乗るようになったのは約800年前だ。
王国というくらいだから王がいて、王位は代々世襲により受け継がれた。
豊かな鉱山資源で国が潤い、周辺の小さな街や村を併合して、王国は少しずつ大きくなっていった。
ルメンヴァル王国には、軍隊があった。
それは、隣国から鉱山資源を狙って侵攻を受けた時の守りのためだ。
歴代の王たちは、軍隊を使って自ら他国を攻めることはせず、あくまで自国を守ることに使った。
風向きが変わったのは約400年前、ザルドレッド・ヴァン・ルメンヴァルが王に即位してからだ。
ザルドレッドは歴代の王が示してきた方針を180度転換し、軍隊を使って積極的に他国に侵攻する方針を打ち出した。
守りの軍隊と攻めの軍隊では、その質や規模が全く異なる。
ザルドレッドは軍幹部の教育を積極的に行うとともに、徴兵を強化して軍の規模を拡大していった。
隣国に仕掛けた戦争に勝利し、軍需で経済が潤うと、ザルドレッドの政策は国民から支持された。
国民の声を追い風に、欲深いザルドレッドは、侵攻の範囲をさらに広げていった。
ザルドレッドの侵攻に対して周辺諸国も黙ってはいなかった。
結託してルメンヴァル包囲網を敷くと、徐々に戦況は悪くなっていく。
包囲網に対抗するため、さらに多くの兵が徴兵された。
また、国内の物資は制限され、軍に優先的に使われるようになった。
多くの人とモノを戦争に奪われたルメンヴァル市民は憤り、ザルドレッドの政策を非難する声を上げるようになった。
ザルドレッドは、これを暴力で厳しく弾圧した。
ザルドレッドの弾圧に対して、市民はなす術がない。
そんな時、市民を守るため、国を守るために立ち上がったのが、『知恵の民』こと、ヴァイスハルト家である。
ヴァイスハルト家はルメンヴァル王家の傍流で、直系ではないものの、ルメンヴァル王家の血を引いていた。
ルメンヴァル国内でも突出した知能を持つヴァイスハルト家は『知恵の民』と呼ばれ、国政とは一線をおきながらも、しばしば市民を助けてきた。
当時のヴァイスハルト家筆頭、リヴェラ・ヴァイスハルトは、市民の声を受けて蜂起。
それを武力で鎮圧せんとするザルドレッドに、リヴェラは知略をもって対抗し、遂には無血でザルドレッドを降伏させた。
ルメンヴァルを救ったリヴェラは『革命の聖女』として、ザルドレッドに代わりルメンヴァル王に即位した。
それ以降、ヴァイスハルト家が代々ルメンヴァル王位を継承することとなったのだ。
◇
「ヴァレリア・ヴァイスハルト、これがヴァレリア様の正式なお名前じゃ」
「ヴァイス、ハルト......」
「ヴァイスハルト家筆頭は代々女系でな、先代の王、つまりヴァレリア様の祖母であり、ヴェルサの母が二年前に亡くなって以降、アルベルト様が摂政として行政を担ってきたのじゃ」
「本来はヴェルサさんが王になるはずだったということですか」
「その通り。アルベルト様はルメンヴァルでも有力な貴族の出身で、ヴェルサと結婚してヴァイスハルト家に入ったのじゃが、正当な血を引いているわけではない。ルメンヴァル王位の正当な継承者は一人娘のヴァレリア様のみというわけじゃ」
やっと理解できた。馴れ馴れしく呼び捨てにしていたことがとても悔やまれる。
「来月にはルメンヴァル王、ヴァレリア・ヴァイスハルト様の誕生か......」
ヴァレリアがどこか手の届かないところに行ってしまうようで、なんだか複雑な気持ちがこみ上げてくる。
「うむ……それは、ヴァレリア様次第じゃな」
オリバーの表情が険しくなる。
「ヴァレリア次第?」
「王位継承には『知恵の試練』を乗り越え、王となるにふさわしいと認められる必要がある」
つづく




