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ベテランに見られないTSダンジョンおじさんの日常  作者: 砂石 一獄


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第230話 未来へと

「こ、とーちゃーん!!」

「うわ出ましたよ……」


 まるでハイテンションな声が聞こえて来たかと思うと、パタパタと騒がしい足音が響き渡ります。

 嫌な予感がしたので、私は軽く身を引いて回避態勢を取りました。


 するとその予感は物の見事に的中。

 私が半身を引くのと同時に、先ほどまでいた空間を1人の女性が通り過ぎていきました。


 ベージュのブラウスに、純白のフレアスカート。そしてふわりと揺れるウェーブを作った、栗色のセミロングヘア。

 全身で「可愛い」を表現した、ゆるふわな雰囲気の女性がそこには立っていました。


 黙って動かなければ可愛らしい女性です。

 ですが、私の前ではまるで獣にしか見えません。


 目が血走っている気がします。


「はぁ……はぁ……琴ちゃん、今日も可愛いねっ、写真撮らせて、ね、1枚。1枚だけでも」

「嫌ですよ。ブレないですね、早川さんは」

「はぅっ……他の人にはタメ口なのに私にだけ他人行儀……特別……刺さるっ……!」

「無敵ですかこの人」


 そこに居たのはギルドの連絡班である早川 瑞希さんです。

 ダンジョン攻略の補助として活用されるドローンの操作に長けた、(認めたくないですが)非常に優秀な人物です。


 ですが……まあ、見ての通り。

 私に対してこんな態度を取ってくるので、すっっっっごく苦手です。

 他の人に対しては砕けた口調を使うことが多くなった私ですが、未だに早川さんに対しては他人行儀。ちょっとだけ軽蔑してます。


 そんな早川さんはまるで血肉を探すような目で辺りを見渡した後、ある方向へとロックオンしました。

 視線の先には「ひっ」と情けない悲鳴を上げて身を縮こまらせた下駄ちゃんが居ます。

 私と瓜二つの、銀髪を伸ばした紅色の瞳が特徴的な女の子です。

 

 まだ早川さんのことは言っていないはずなんですけどね、本能的に危険を察知したのでしょうか。


 ささっと私の後ろに身を隠してきました。


「お姉ちゃん、なんかこの人怖い」

「ぶふっ」


 お姉ちゃんじゃない、というツッコミを入れる前に噴き出してしまいました。

 ですが早川さんはヨダレをじゅるりと垂らしながらも、下駄ちゃんを逃そうとしません。


「はあああああああ……あなたが噂のサンダルフォンちゃんですかあああああぁぁぁ……噂に聞いていますよぅ……琴ちゃんとそっくり瓜二つ、だけど穢れを知らなさそうな純粋さ……私色に染めたくなりますね……ぐへへへへ……」

「まるで私が穢れてるみたいな言い方やめません?」


 あのっ、言い回しに失礼が滲んでいます。

 つい不服だったのでツッコミを入れてしまいました。


 ですが早川さんは、遠い目をして明後日の方向を見ています。

 

「琴ちゃんは恵那斗さんにゾッコンじゃないですかぁぁぁぁ……元に戻して、あるいは恵那斗さんも美少女になって百合カップルとしてイチャコラしてもらってぇ……」

「……ゾッコン……えへへ……」

「……重症ですね……?」


 んーふふふ。ゾッコンなの伝わっちゃいますか。

 なんだか頬が熱くなっちゃいました。つい頬が熱くなってないか両手で触ってしまいました。

 ぽかぽかと暖かくなっている頬を触る度に「あーやっぱ私、恵那斗のこと好きだなー」って実感できてうれしくなります。


 ……っと。

 さすがにお仕事の時間が近いですもんね。真面目モードになりましょう。

 全く、誰のせいでしょう。今回、私は悪くないですよ。ぶーっ。


「早川さん、配信ドローンの準備は大丈夫ですか?」


 まあ問題ないとは思いますが……念の為、ですね。

 仕事が出来る女性なのは事実なので。認めたくないですが。


 すると早川さんは可愛らしい笑顔を向けて、指を鳴らしました。……普通にしていたら可愛いんですよね。普通にしてたら。


「もーっちろんっ♪ いつでも琴ちゃんの可愛い姿を収められるようにしてますよっ!」

「……それに?」


 私が意味深に話を促すと、早川さんも不敵な笑みを浮かべました。

 早川さんの発言内容はほぼガン無視です。彼女の扱いはこれで正解です。


「ご心配なく。噂の“足場型ドローン”……準備させていただきましたよ。琴ちゃんと、サンダルフォンちゃんの分を」

「さすがですね。もちろん、支援型ドローンもセットですね?」

「ふふふっ、可愛い琴ちゃんの内に秘めた強さを最大限に引き立てる為……バッチリと用意させていただきました」

「よし、5枚までなら許しましょう」

「さっすが琴ちゃん、この為に私は頑張ってきたんですよぅぅぅぅぅっ……!」


 私の返事に、早川さんは感極まったようにおいおいと男泣きしてしまいました。

 これが「ギルド内のアイドル」と呼ばれるんですから、世の中おかしな話もあるものですね。


 ちなみに5枚というのは私の写真のことです。5回分、私は早川さんの被写体になります。

 今回のロマン砲の為に、私はありとあらゆる尊厳を犠牲にしている気がします。


 ……戦いが終わった時。

 パパには説教されるのは確定していますし、早川さんには散々写真を撮られることでしょう。

 はぁ……。


 まあ、先のことは先で考えますか。

 今は仕事に専念、ですっ。

 このタイミングでは、まだ私の計画についてはお話ししません。

 

 しばらくは胸の内に秘めておきます。

 

「……お姉ちゃんは一体何をするつもりなの?」

「説明がしづらいけど、面白いことだよ」

「……?」


 下駄ちゃんは「どういうこと?」を全身でアピールするようにこてんと首を傾げました。

 私が同じことをやっても「何すっとぼけてんだ」としか思われないんですけどね。見た目はほとんど同じなのに、どうしてこうも扱いが違うんでしょう。

 日々の積み重ねですかね。んふふ。


 

 さて、ありとあらゆる準備が完了いたしました。

 後は攻略を開始するだけです。


 人員の手配については、麻衣ちゃんから連絡済み。


「お姉ちゃん、また後でね」

「うん、頑張ろうね」

「……緊張するなあ」


 どこか不安げな表情をした下駄ちゃんに、一抹の不安が過りました。

 ですがそれも束の間のことで、ポータブル音楽プレーヤーから繋いだヘッドホンを装着した瞬間。仕事人の顔つきになりました。

 

「……~~♪」

 

 下駄ちゃんには、ダンジョン配信を盛り上げるアイドルとして。

 私の計画に参加してもらいます。


 

 遠目から見守っていた恵那斗は、ダンジョン攻略前に私の元へと歩み寄ってきました。


「琴、いよいよね」

「恵那斗」


 私が愛しい恋人の名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに私の頭をポンと撫でてくれました。

 なんだかムズ痒いのと安心感があるのと、色々な想いが混じります。


 つい、頬が緩んでしまいますね。

 

「……へへ」

「私は、全力で琴のやりたいことを支援するわ」

「んー……これまでずっと……寄り添ってくれてありがとうね」


 感謝の言葉を告げると、恵那斗は面食らったように目を丸くしました。

 それから、もう一度微笑んで私の頭を撫でてくれました。


「30年もの付き合いよ。当たり前じゃない」

「んへへ……大好きっ」

「私も、大好きよ」


 つい嬉しくなったので、つま先を伸ばして恵那斗へと不意打ちの口づけをかわしました。

 粘りけのあるリップクリームの感覚と、弾性に富んだ恵那斗の唇の感触が情報として伝わります。


「……っ」


 唇を離した先には、顔を真っ赤にした恵那斗がいました。

 ……ここまで、真っすぐに恵那斗と向き合ったのは、30年の夫婦生活の中で初めてのことでしたね。


 それから恵那斗が何かを堪えきれないと言わんばかりに、唇をきゅっと噛んでしまいました。

 色々な感情を押し殺したような表情で、私と向き合います。

 

「……琴」


 少し突っつけば、泣き崩れてしまいそうなほどな顔で私を見てきます。

 ですが、私は止まる訳には行きません。


 ロマンの先に、未来はあるから。


「恵那斗、行ってくるね」

「ええ……行ってらっしゃい」


 私はそこで踵を返し、ダンジョン前で待つ琴男の隣に立ちました。

 ずっとダンジョン前で待ってくれた琴男は、じっと私を見てきます。

 

「お兄ちゃん、お待たせ」

「もう、良いのか?」

「うん。これ以上は……行きたくなくなっちゃうから」

「……そうだな」


 私と琴男は、歩幅を合わせて……無害ダンジョンへと歩みを進めます。

 ちらりと空を見上げれば、報道ヘリと思われるものが空を飛んでいるのが見えました。


 きっと、私達の姿は世界中が注目していることでしょう。

 下手をすれば……日本が滅ぶのですから。


 ですが、そんなことはさせません。



 未来の為なら、最悪……私の命だって。



「のぅ、アホ兄妹ども!」


 そんな邪念に囚われかけていた私を呼び止めたのは、イナリちゃんでした。

 小柄な身体で、狐耳と尻尾を揺らした彼女はじっと私達を睨んできます。


「……イナリちゃん」

「お前さんらは良く道を間違えるからのぅ」

「……っ」


 その言葉に、胸が詰まる思いでした。


 ……図星ですね。

 ちょうど先ほどまで私は、自らの命をも軽視して考えていましたから。

 私はイナリちゃんの指摘を否定できず、つい口ごもります。


 彼女は私達の方へと歩み寄ったかと思うと、その弱々しい拳で軽く私を小突きました。

 顔を伏せたイナリちゃんは、涙を殺した声で囁くように声をかけてきました。


「良いか……お前さんらも含めて未来じゃ。生きて、異世界の因縁を断ち切るぞ」

「……うん」

「確かに、他にも良い方法はあったかもしれん。じゃが、その選択をしたのは琴ちゃんじゃ……ならば、その責任。生きて果たすのじゃよ」

「……分かった」


 その言葉は、静かに私の心に染み渡りました。

 心の奥底から温かいものが染み渡るのを感じます。


 私の反応を見たイナリちゃんは、ふっと柔らかな笑みを作りました。


「一人で抱え込もうとするから、見失うんじゃ。言ったじゃろ、前ばかり向いておると路傍の石に蹴躓(けつまず)くと」

「そう、だったね」

「路傍の石だって、お前さんの立つ場所を支える大事な土台じゃ。もっと周りに支えられていることを自覚せい」

「……うん」

「……ぬぅ、説教がましくなってしまったの。何はともあれ、儂らもサポートするでの」


 途中で気恥ずかしくなったのでしょうか。

 イナリちゃんは頬を掻きながら、私達に背を向けて戻っていきました。


 彼女も非常用の戦闘要員として参加する予定です。その為の身支度を整えるつもりなのでしょう。


 ……私達も、やるべきことをやりましょう。

 皆が支えてくれるのなら、きっとなんとかなります。


「お兄ちゃん、私は大丈夫。行こう」

「……だな」


 大丈夫です。

 私は、皆を頼れます。

 みんなと一緒に、未来へと進むんです。

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