第229話 巨大なプロモーション
「えー、えっと……はじめ、まして……? メタトロンの双子の妹、サンダルフォンです」
麻衣ちゃんが連れてきたサンダルフォンこと通称下駄ちゃんは、どこか緊張した面持ちで丁寧なお辞儀をしました。
どこかギクシャクした空気が流れた……のもつかの間。
「サンダルフォン……サンダルちゃん……」
ゆあちーはぱあっと顔を明るくして、唐突に下駄ちゃんへと抱き着きました。
「可愛いーっ!」
「むきゃ」
下駄ちゃんの情けない悲鳴が聞こえました。
まるで猫か何かを見たかのように、嬉しそうに頬ずりします。
「うんうんっ、よろしくねサンダルちゃん!」
「むきゅぅ……さ、サンダルっ!?」
「悲鳴の上げ方までことちーそっくりだー♪ 可愛い可愛いっ」
「……お姉ちゃん……何とかしてー……」
お姉ちゃんじゃないですけど。
まるで下駄ちゃんは捨てられた子猫かのように、泣きそうな顔を浮かべてこっちを見てきます。
……うう、メタトロン。
あなたとんでもない置き土産していきましたね。
ものすっごく母性がくすぐられるんですよ。
身体に残った記憶が、下駄ちゃんを守らなきゃ! という気分にさせてきます。
なので渋々、私は下駄ちゃんからゆあちーを引き剥がしました。やっていることはボディーガードです。
「ゆあちー、ちょっと下駄ちゃんが泣きそうになってるよ」
「あっ、ご、ごめんねサンダルちゃん」
ゆあちーの抱擁から解き放たれた下駄ちゃんは「ぷはっ」と大きく息を吐きました。
それから複雑そうに私とゆあちーを交互に見てきます。
「……下駄とかサンダルとか、なんで履物扱い……」
「下駄ちゃんだから仕方ない」
「仕方なくないよお姉ちゃん! 連れられて来たと思ったら急にこんな扱い受けてさぁー……」
「誰がお姉ちゃんだよ……」
なんだか私までスリップダメージを受けてしまいます。
本来の肉体の持ち主であるメタトロン。確かに、下駄ちゃんことサンダルフォンはメタトロンの双子の妹です。
ですけど今は中身が違うんですよ!? お姉さんであってお姉さんじゃないです。
琴ちゃんは不服です。
抱き着く対象を失ったゆあちーは、渋々と言った形で遠巻きに見ていたイナリちゃんへと視線を向けました。
「おじいちゃんっ」
「ぬ」
それから目線を合わせて優しくイナリちゃんへ話しかけます。
……ですが。
「仕方ないなぁ。おじいちゃん、おいで」
「シャーッ!」
「お、おじいちゃん!? 何で威嚇するのっ」
「由愛ちゃんは儂をもみくちゃにするからのぅ……!」
近づいてきたゆあちーを警戒するように、イナリちゃんは両手を上げて抵抗の意を示してきました。レッサーパンダの威嚇みたいですごく可愛いですけど。
それからそそくさと恵那斗の影に隠れてしまいました。
「イナリちゃん、落ち着きなさい」
「ぬ、ぬぅぅぅぅ……」
「ほら、ジュースあるわよ」
「……飲む」
恵那斗から紙パックジュースを受け取ったイナリちゃんは、そのままストローを差して飲み始めました。
その姿には64歳男性の風貌を微塵にも感じません。見た目相応の幼い女の子です。
今日もイナリちゃんは可愛いですね。
そんな彼女は、ひょこっと隠れているつもりなのでしょうが、尻尾があまりにも大きいので完全に姿を隠すことが出来ていません。
最近のイナリちゃんは徐々に小動物化が進んでいます。私と同じです。
……さてと。
とりあえず、私達の置かれている状況について説明しましょう。
“琴ちゃんキャノン”を無害ダンジョンへとぶっ放した結果。
狙い通り“ダンジョンブレイクの前兆”として世間には公表されました。世の中には知らない方が良い真実だってあるんです。えへへ。
なので当然、無害ダンジョンを中心として半径10kmの地域には避難勧告が出ました。
一時期、避難勧告のサイレンが鳴り響いていましたが……今は落ち着いています。
地域住民は避難していることから、今となっては私達冒険者以外には誰もいません。もぬけの殻です。
そして無人となった無害ダンジョン周辺に作られた簡易拠点であるプレハブ小屋で、私達は雑談をしている状況……という訳です。
関係者しかいないので、イナリちゃんも変装を解いてのびのびとしていますね。狐耳と尻尾をぱたぱたと揺らしていて可愛いです。
そんな中、下駄ちゃんを連れて来た麻衣ちゃんは「ふぅ」と大きく息を吐きました。
「正直……琴ちゃんから『下駄ちゃん連れて来て!』って電話来た時は意味が分からなかったよぅ……」
「ご、ごめんっ」
いつも申し訳ないんですけど。
今回も極秘プロジェクトになってるので、麻衣ちゃんに頼んで下駄ちゃんを連れてきてもらいました。
下駄ちゃんが“異世界転移”出来ると聞いたので、比較的登るのが容易なダンジョンを指定。下駄ちゃんはそこで待機してもらうように指示しました。
そこで全日本冒険者協会の職員である麻衣ちゃんが合流、という流れです。
麻衣ちゃんは「呪いに掛かりそうだって思ったら逃げるからねぇ」と言っていましたが。
そんなに呪いに掛かるの嫌ですか。琴ちゃんを見習ってください。ぶーっ。
という経緯は置いておきましょう。
……正直、ちゃんと下駄ちゃんは存在するんだって分かって安心しました。
彼女と会っていたのは夢の中だけでしたから。
静寂の生まれた中で、下駄ちゃんは場の空気を割るようにぽつりと呟きます。
「……私、力になれるかな」
唐突に連れてこられて、無茶振り計画の一環として放り込まれた下駄ちゃんは、心配そうに顔を伏せました。
長いまつ毛で目元が隠れます。流れるような銀髪が、顔をすだれのように覆いました。
私はそんな下駄ちゃんの隣に歩み寄り、ぽんと頭を撫でます。
「大丈夫だよ、下駄ちゃん。皆で助け合って、目的を達成させよう」
「う、うんっ。お姉ちゃんの言うことなら……信じる」
「だからお姉ちゃんじゃないけどなぁ」
下駄ちゃんの私への呼び方が、いつの間にか「お姉ちゃん」になっちゃっていました。
琴ちゃんは複雑です。
……にしても……妹と来ましたか。
“異世界の呪い”に掛かってから、何もかもががらりと変わってしまいましたね。
関係性で言えばめちゃくちゃです。
「……うん」
私は覚悟を受け入れるように、改めて周囲を見渡しました。
それから大切な人達の名前を呼んでいきます。
「恵那斗」
「えぇ」
かつての妻は、今の彼氏に。
「イナリちゃん」
「うむ」
熟練の剣豪は、可愛らしい狐っ娘に。
「……私……田中 琴」
それから、ぎゅっと自分の胸元に手を当てます。
何もかも大きく変化した、47歳男性。
そこにはかつての名残など、どこにも存在しません。
……もう二度と。
ベテランに見られない。
……それが、田中 琴という冒険者ですから。
「……大丈夫。私は、生きてる」
沢山の変化したものを受け入れて、今ここに立っています。
一度変化したものは、二度と戻りません。
戻らないから、前に進むしか無いんです。
それから私はプレハブ小屋を出て、外にいる男性陣へと声をかけました。
「パパ、お兄ちゃん」
外で無害ダンジョンを見ながら、会話を繰り広げている三上パパと、琴男へと。
彼らは私の姿を見た後、こちらへと歩み寄ってきます。
まずはパパが、現状の確認をしてきました。
「琴きゅんよォ、お前の予想だとダンジョンブレイクしたタイミングで魔素があふれ出る……って予想だったよな」
「はい」
「で、一応。集まってくれた冒険者全員にドラゴンサイズの魔石を渡しておく……これで合ってるよなァ?」
「合ってます。そして、協会の職員もそれぞれ指定の場所に配置しておきます」
「……はァ、なんか奇跡的に噛み合ったというかなァ……」
パパはプランを確認した後、大きくため息を吐きました。
まず、私達が計画しているプランについてはこうです。
無害ダンジョンに降り立つ予定である存在に対し、琴男を依り代としている魔王の魂を押し付けます。
私達の世界を代償としたんですもん。相応の対価は払ってもらいます。
当然、魔王の新たな依り代となった存在は私達の敵として、こちらの世界を侵略しようとしてくるでしょう。
ゲートが開かれるのと同時に、もしかすると高濃度の魔素が大気中に流れ込む可能性があります。
こうなってしまうと、魔物はダンジョン外でも活動出来てしまう。
そんな魔物を倒すのが、今回募集を掛けた冒険者達です。
ゆあちーも、母親を無理矢理説得して「最大限、危ないことは避ける」という条件の元にやって来てくれました。
ですが万が一、魔素が大気中に思ったよりも流れ出なかった場合。
ステータスの付与されていない生身の人間では、魔物に太刀打ちすることは出来ません。
それを予防する為の“ドラゴンサイズの魔石”です。
スライムサイズの魔石でMP3~4といったごく僅かな量が。
ゴブリンサイズの魔石でMP50前後の量を一時的に確保できます。
これはダンジョン外でも魔法を扱う為に、非常に重要な素材となっているんですね。
市場に流通する魔石というのは基本的にこの2種類だけです。
そんな中、今回の一大プロジェクトで使用されるドラゴンサイズの魔石はMP500ほどの量を確保できます。
MP500もあれば、ほとんどの冒険者のMPは全回復します。私のような魔法使いタイプは例外ですが。
ですがこれは、怪物を世に解き放つようなものです。
こういった巨大な魔石は本来、県や国からの指定を受けた工場、または自衛隊のみにしか使用許可が下りません。
万が一、高レベルな冒険者が市街で犯罪を起こせば取り返しのつかない事態となるからです。
下手をすれば街ひとつ滅びますから。
“琴ちゃんキャノン”? 知らん知らん。今は私の話はしてないです。
大丈夫と言い切りたいですが……邪な気持ちを持つ冒険者がいないとも限りません。なので安全対策として、“解除魔法”を会得した全日本冒険者協会の職員を分散して各自配置する、という流れになっています。
あと、警察の方にも来てもらっています。
警察も“解除魔法”の会得、熟練度向上が義務付けられているので。“解除魔法”に限ればプロフェッショナルです。
ドラゴンサイズの魔石は、ちょうど琴男お兄ちゃんが1人でダンジョン攻略を繰り返していたので、奇跡的に確保できました。
そんな陰の功労者であるお兄ちゃんは、静かに無害ダンジョンを見据えています。
「……琴」
「お兄ちゃん、どうしたの」
「無害ダンジョンは、“全ての魔物を抑え込むことができる実力者のいる場所”……という仮説、だったよな」
「うん。私はそう捉えてる」
私が魔王を引きずり出す場所として指定した……通称、無害ダンジョン。
ここにはどうして、魔物が一切現れないのか。
ずっと、疑問に感じていました。
ですが“異世界の呪い”に掛かったことをきっかけとして、その理由が分かったんです。
魔物がいないという訳ではなかったんです。
魔物を全て抑え込んでいるから、私達の前に現れることが無かっただけだったんです。
そんな大規模、塔型ダンジョンを無害化させることができるほどの戦力を持った存在。
……私……ううん。メタトロンには心当たりがあります。
確認をした私達は、互いに頷き合いました。
それから兄妹そろって無害ダンジョンを見やります。
「……サンダルフォンの準備が出来次第、行くぞ」
「分かってる。同じ田中 琴男の魂を持つ私達なら……きっと、迎え入れてくれるよね」
「……だと、良いがな」
いよいよ、魔王決戦の時が近づきます。
世界の為に、というのもあります。
ですがそれ以上に。
これは、冒険者の存続をかけた一大プロジェクトなんです。
巨大なプロモーションとしての意味を持つ、この戦いを。
私達は台無しには出来ませんから。




