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ベテランに見られないTSダンジョンおじさんの日常  作者: 砂石 一獄


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第228話 大事なパーツ

「……めちゃくちゃも良いところだよ、田中 琴……」

「だって、こうするのが手っ取り早いし」


 別に悪いことをしたと思っていないので、私はしれっと言葉を返します。

 目の前に立った下駄ちゃんことサンダルフォンは呆れたようにため息を吐きました。


 私達がいるのは、異世界に生まれた空間。通称“殻の世界”です。

 ここにサンダルフォンはずっと閉じ込められていました。メタトロンが還ってくるのを信じて待ち続ける姿は非常に健気ですね。


 ……私を“これ”扱いしたのは許していませんよ。


 そんな下駄ちゃんは外の景色に視線を送りました。

 以前彼女が明けた大穴はそのままにしているようで、凄惨な光景が外壁越しに映し出されています。

 

 下駄ちゃんは顔を伏せて、悲しげな表情を作りました。伏せた拍子に長いまつ毛が目元を隠します。

 

「……私、このままで正しいのか分からない。ただ1人で、ここで魔王を倒してくれるのを待っているのが正しいのか、正しくないのか」

「……」

「ねえ、お姉ちゃんなら一体……何を望んだと思う?」

「……じ……ごめん、なんでもない」

「?」


 ああーーーーっぶねええええ。

 危うく「自分で考えたら?」とか言う社会人の側面が出るところでした。

 さすがに1人ぼっちで誰とも関わらなくなった下駄ちゃんに、そんな意見を押し付けるのはあまりにも酷というものですね。


 私では普通に失礼なことを言いかねません。

 なので、この場合は。


「……ちょっと待ってね。メタトロンに代わる」

「ん、えっ?」

「今の私なら、出来るかもしれないから」


 私はそこで静かに目を閉ざし、自我をメタトロンへと差し渡します。

 すると、メタトロンはおずおずと申し訳なさそうな声で問いかけてきました。



 ——よろしいのですか? その……あなたは。

 

(嫌に決まってるでしょ。一時的とは言っても私じゃなくなるんだから)

 

 ——だったら。

 

(でも、大切な人の為に……何か伝えたいって気持ちはあるでしょ。それは、分かるから)

 

 ——ありがとうございます。あなたが、私の身体の持ち主で……本当に良かった。結果的に。


 おい、最後の一言は余計だぞ。

 琴ちゃんは心が広いので許しますが。



 そこで、私は完全に自我を手放しました。

 まるで自分自身を俯瞰しているような視点となります。


 自分の意思に従わず、体が動いているのが分かります。

 

 私の口から、私じゃない言葉が発せられました。


「……久しぶり。サン」

「……んぇ、まさか……」

「ふふ、強がりの癖は抜けないんだね」

「……おねぇ、ちゃぁん……っ!」


 サンダルフォンのこと、“サン”って呼んでいるんですね。

 やはり双子の姉妹ともなると、雰囲気から分かるものなのでしょうか。


 下駄ちゃんはぽろぽろと涙を零しながら私……いいえ、メタトロンへと両手を伸ばして駆け寄ってきました。


 メタトロンは下駄ちゃんを優しく抱きとめて、その背中をぽんぽんと叩きます。

 メタトロンを介して、ほんのりとサンダルフォンの感覚が伝わります。


 強く抱きしめてしまえば簡単に崩れてしまいそうな、儚げな柔肌。

 肌から伝わる体温。

 擦れた布が、素肌を優しくなぞっていきます。


 その感覚のいずれも、彼女が人間とそう大差のない存在なのだと伝えていました。


 メタトロンも頬から涙を零しながら、下駄ちゃんの頭を撫でていきます。


「ごめんね。サンには辛い思いをさせた……あなたを守りたかった。死なせたくなかった」

「ううん。大丈夫、大丈夫……」

「……私も、沢山の罪を重ねた。天使失格ね」


 全くですよ。

 大天使のくせに、散々なことに巻き込みやがって。

 ……まあ、心の中で突っ込むだけにしておきましょうか。


 せっかくの姉妹の再会に茶々を入れる気にはなりませんし。

 琴ちゃんは偉いんです、成長するんです。


 メタトロンは下駄ちゃんの涙を拭った後、それから静かに距離を取りました。


「……魔王が倒す為なら、何だってやる。きっと、勇者様だってそんな思いだった」

「お姉ちゃん……」

「だけど、他の世界にも私達と同じく懸命に生きる人達がいること。それを……忘れていたのね」

「……」

「私達の選択は、魔王と変わらなかった。だから……田中 琴」


 メタトロンはいきなり私の名前を呼んだかと思うと、静かに目を閉じました。


 ……あれ?


(……言葉を交わせて、良かった)


 徐々に、そこにいたはずのメタトロンの存在が希薄になっていくのを感じます。


 直感的に、今。

 メタトロンはこの世から消え去ろうとしているのだと感じ取りました。


 えっ、そんな。

 今再会したとこじゃん。

 そんな流れじゃなかったじゃん!


 

(……待ってよ。せっかく妹と会えたんじゃん。なんで消えるの)


 懸命に呼び止めようとしますが、メタトロンは止まってくれません。


「なんとか意思を繋ぎ止めていたけれど……もう、思い残すことなんてないから。でも……最後に」


(……何)


「許されないことだとは知ってる。それでも、言っておかないといけないから……ごめんなさい」


 そこで言葉を切った後、私の中からメタトロンの意思が消えていくのを感じました。


 希薄となったメタトロンの魂が、虚空へと溶けていくのが分かります。


 ……。

 ……。


 上手く説明できませんが……身体の中から、何か大事なパーツが抜け落ちたような気分です。


 ……紛れもなく、彼女は田中 琴の一部分でした。

 私を構成する要素が、1つ。消えてしまったようです。


「……そっ、か」


 再び、身体の操作権限が私へと戻ってきました。


 短いようで、長い付き合いでしたね。

 ただ一方的に言い逃げされたようで、やるせない気持ちにはなりますが。


 そんな中で下駄ちゃんは何かを悟ったのでしょう。

 ふう、と大きく空に向けてため息を吐きました。


「……お姉ちゃん、消えちゃったんだ」

「うん……じゃあ下駄ちゃんは、どうする?」


 ここからは、私がメタトロンの想いを引き継ぐ番です。


「私は……」

「ただ心臓が動いているだけじゃあ、生きているとは言えない。メタトロンは、懸命に生きる私達を見て自身の過ちに気付いた。生きることの意味を、考え直したんだと思う」

「……生きる」

「下駄ちゃんは、どんな答えを選べれば。生きているって実感できる?」

「……」


 うーん。

 なんだか中年男性の私が顔を出して嫌になりますね。

 こんな説教がましいこと、したくないんですよ。


 くどくどと言い聞かせたところで「なんだこいつうるせぇな」としかならないじゃないですか。

 黎明期の私だってろくに話を聞きませんでしたよ。「あーこいつ説教がましいな偉そうに」としか思っていませんでした。


 ですが一度発してしまった発言は引っ込みがつかないので。

 私は黙って、下駄ちゃんの決意表明を受け止めることしかできません。


 すると、下駄ちゃんは真っ直ぐな目を向けてきました。

 可愛らしく、純粋な瞳です。


「……私も、やっぱり戦いたい」

「うん」

「お姉ちゃんが託してくれた命なのに、何もしないで終わるのは嫌だ! だから、私も頑張りたいっ」


 ……その決意表明をしてくれてよかったです。

 断られたらどうしようかと思っていました。

 

 下駄ちゃんの存在も、琴ちゃんの計画の中に入ってるんですよ?


「……実はね、そんな下駄ちゃん……サンダルフォンにお願いがあるんだ」

「ん?」


 その前置きに、下駄ちゃんは訝しげな表情を浮かべます。

 サンダルフォンって、音楽を司る天使だっていうじゃないですか。


 実際、メタトロンの記憶経由で見た下駄ちゃんの歌……ものすごく上手でしたし。

 日本なら余裕で歌手になれますよ。


 ……その前に、まず確認しましょう。

 

「下駄ちゃん、異世界転移って出来る?」

「うん。ダンジョンの最上層にあるゲートを開いてくれれば、行けると思う。ダンジョンは私が指定したら良いんだよね」

「それでお願い」

 

 なるほど、つまり“異世界の呪い”と同じ要領で連れ出せるってことですね。

 段取りに関しては、皆と協力してやっていきましょう。

 

 そして、日本を巻き込んだことに罪悪感を抱いているというのなら。

 しっかり罪の分だけ働いてもらいましょう。

 

「分かった。それじゃあ、お願いしたいんだけどね」

「うん」



 ——羞恥心という形で、償ってください。


「下駄ちゃんには、アイドルになってもらいたいんだ」

「……は、へ?」


 あんぐりと口を開ける、ってこういうことを言うんですね。

 えへへ。

 勿論意味が無いわけではありませんよ。


 琴ちゃんの無茶振り計画のひとつとして、大切なものです。

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