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ベテランに見られないTSダンジョンおじさんの日常  作者: 砂石 一獄


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第227話 半径20m

「許可出せる訳ねェだろボケ」

「えー!?」


 早速魔王討伐に向けて、まずはギルドの人事部である三上パパに頼み込んだものですが……そうバッサリと切り捨てられました。

 今、私がいるのはパパが運転する車の中です。後部座席には琴男が腕を組んで座っています。


 パパの返事はおおよそ理解できていたのでしょう。

 琴男はやれやれと呆れたようにため息を吐きました。


「ま、三上も体裁ってもんがあるからな。いくら魔王が現れると言っても、上に掛け合う為の説得材料が出せない」

「琴男の言う通りって訳よ。俺ァ異世界とか知らねェんだからよ、いくら魔王がどうとか言われても説明できねェ」

「……説明出来る根拠があれば、解決するんだけどな」


 琴男がそう意味ありげに割り入ると、パパはニヤリと笑いました。

 なんですかこの男2人。私を差し置いて楽しそうにしやがって。


 私だって元男ですよ。混ぜてください。


「ねぇー、2人して私に何を隠しているんですかぁー、教えてくださいよーっ」

「おいこらボケチビ! 座面を揺らすなボケ!!」

「ボケチビって名前じゃないですもん!! 田中 琴って名前がありますもん!!」


 仲間外れにされて不服だったので、むりやりシートをぎっこぎっこと揺らします。

 私の動きに連なって、車内がガタガタと揺れました。天井からぶら下げられている交通安全のお守りが微かに左右へ揺れます。


 観念したように……というよりも元々話すつもりだったのでしょう。

 パパは困ったような笑みを浮かべてこちらに向けてきました。


「おおよそ、琴きゅんらが何企んでるかは琴男から聞いてんだよ。魔王をこの世界へと引きずり出す、って算段なんだよなァ」

「ああ。その為に、まずは魔王の危険性を知らしめなければならない。避難勧告を出して、一般市民を安全なところに逃がさないと」

「知らしめる……なァ」


 パパはウィンカーを操作し、手慣れたハンドル操作で道路を曲がりました。車窓から見える景色は、まるで世界存続の危機が近づいているとは思えないほどに平和そのものです。

 出来ることなら、このまま変わらない日々を維持したいものですね。


 ……何を得る為に、何を犠牲にするべきか。

 答えはもはや、一目瞭然です。


 後部座席に座る琴男は、それから何かを思い出したように「なあ」と呼び掛けてきました。


「ん、どうしたのお兄ちゃん」

「琴は何故、ダンジョンの出入り口に近いほど弱い魔物しか現れないか……考えたことはあるか?」

「……ん。この身体と関係してるでしょ?」


 私は銀髪を摘まみながら、そう言葉を返します。

 すると琴男は「そうだ」満足そうに頷きました。


 そんな兄妹間で完結するやり取りを理解できなかったのでしょう。パパは首を傾げながら話に割って入りました。


「お前らだけで解決すンなよォ。“異世界の呪い”が関係してんのかァ?」

「ダンジョンの階層って言うのは、いわばフィルターなんですよ」

「んァ? フィルター?」


 私の例えが理解できなかったのでしょう。パパは運転に集中しながらも眉を顰めました。

 そんなパパに捕捉するように、琴男が話を続けます。


「ダンジョンの最深部に行けば、メタトロンのような異世界の存在がいる。つまり、異世界に最も近い場所なんだよ、最深層は」

「はぁー……つーことは何。強い奴ほど上の階に閉じこもって、弱ェやつは下に追いやられるってことかァ?」

「それもあるけど、強い魔物を上の階で食い止めてるんだよ。ダンジョンを管理する異世界の存在がな」

「……ふーん。立派だなァ……」


 パパは分かったような、分かっていないような曖昧な返事をしました。

 まあ、異世界の光景を見ていないとしっくりこないですよね。


 メタトロンも、ワーウルフも、白狐も。

 全て最深階で、魔物が下層に流れ込むのを食い止めていた存在でした。


 だからこそ、最上階には異世界の者達が押しとどめている強個体の魔物があちこちに居たんです。

 まさしく浄水フィルターのようなものですね。ダンジョンというのは。


 ……だからこそ、私は。

 どの場所を決戦場所とするか、おおよその目処を立てていました。


「私は……お兄ちゃんを依り代にしてる魔王を、異世界の人に引き剥がしてもらおうと思ってます」

「……出来ンのか、それ」

「魂だけを、違う肉体に憑依させるような技術を持ってるんですよ。異世界の人々は」

「……なるほどなァ」


 メタトロンの肉体に憑依という形で降り立った、田中 琴という存在がそれを明確に証明しています。

 異世界の肉体に、異なる魂が憑依した。


 ならば琴男の中で今まさに蘇ろうとしている魔王の魂だって、むりやり違う身体に抑え込むことだって出来るはずです。

 

 全てを原点へと返しましょう。


 “異世界の呪い”から始まったのなら、”異世界の呪い”で終わらせる。

 それが、私達の目指す答えですから。


「ま、着いたぞ」

 

 パパはそれから車を操作して、あるところで留めました。

 そう言えば、目的地を聞いていませんでしたね。


 琴男に「ちょっと飯でも行こうぜ」とふざけたお誘いを受けたものですが、着いた場所はどう考えてもレストランじゃありません。

 人通りが多い場所ということで、周辺は綺麗に環境整備が成されています。どこぞの芸術家が作ったと思われる幾何学模様をしたモニュメントが飾られていました。


 大理石が陽光を反射しています。

 そんな通路の先に、それはありました。


「……ダンジョンだ」

「当然、大っぴらに出来る訳ねェからなァ」


 パパに連れられたのは、観光名所としても利用されている“無人ダンジョン”でした。

 昨今の魔族問題によってダンジョンそのもののイメージダウンを来たしたことから、周囲には誰もいません。


 ……いや、きっとそれだけじゃないですね。

 パパへと視線を送ると、どこか気恥ずかしそうに頬を掻きました。

 黒縁メガネがズレて、情けない中年フェイスが顔を覗かせます。


「や、花宮に言ってよ、探してもらったンよ……大規模、塔型の無人ダンジョンをよォ」

「……パパ」

「該当したダンジョンは……ここだけだ。人払いはとっくに済ませてるからなァ」

「……素直じゃないですね」

「うるせェ」


 はー!

 なんですかもうっ、パパもしっかり根回ししてたんじゃないですかー!

 このこのっ、さすがですねっ。


 ですが、いよいよですね。

 パパは私をじっと見降ろしてきました。


「琴きゅん」

「むきゅ?」

「むきゅじゃねーンだわ47歳男性」

「んふふ」


 場の空気を思い付きでぶっ壊してみました。

 せっかくのシリアスシーンの導入が壊れちゃいましたね。あーあっ。


「……ハァ」

 

 あっ、パパがため息ついた。失礼だぞ。琴ちゃんに失礼だぞっ。

 それからパパは真剣な顔を作ります。あくまでもシリアスムード。


「……琴きゅん、ここから先は後戻り出来ねェぞ」

「ゲームの重要な選択肢みたい」

「1回口閉ざせクソチビ」

「ぶーっ」


 私が茶々を入れる度にパパが険しい顔をします。

 挙句、琴男が私を押しのけてしまいました。


 おい、私が反応するべき台詞だぞ。ターニングポイントで出てくるタイプの選択肢だぞ。


「悪いな、三上。俺が琴の代わりに聞く」

「お兄ちゃん、ちょっと余計なことしないでよ! 私がリアクションするのっ!」

「はいはい、後でな」

「後でなじゃないっ!!」

「はーい静かにしてろよー」

「むきゅーーーーーー……」


 おいお兄ちゃん。

 “封魔の鎧”で私を押しとどめるのは止めろ。


 まるで猿轡のように、私の口を“封魔の鎧”が覆っています。

 “アイテムボックス”をそんな使い方するんじゃありません。

 

「むーっ!! むーっ!!」

「すまん黙ってろ。場の空気が壊れる」

「むぅ……」


 抵抗しても意味がないことを悟ったので、私は大人しくお人形となることにしました。

 大事な局面なのに、肝心の私はこんな扱いです。酷いとは思いませんか。


 パパは私ではなく、琴男へと視線を送ります。

 なんでですかっ。なんでー!


「このクソチビ、とんでもねェことしようとしてんだろ? なァ?」

「ああ、正直……尋常じゃない被害が出る」

「……俺よォ、そうなったら絶対キレんぞ。説教ぶちかますと思うけどよォ……」

「なんで引き返す為の言葉がそれになるんだよ」

「琴きゅん見てみろ、しっかり抑止力になってる」

「……あ?」


 琴男は訝しげにこっちを見てきました。

 ですが私としてはそれどころではありません。


 怒ったパパ、すごく怖いんですよ。

 静かな圧を感じて、身の置き所が無くなるんですよ。


 え、私の行動でパパがガチギレするんですか。

 やだ、泣く。

 琴ちゃん泣きますよ。


 ……うぅ……やりたくなくなってきました。


「むぅー……んぅー……」

「怒られたくないなら、他の方法頑張って探すか?」


 琴男は私の答えを促す為でしょう。“封魔の鎧”を解きました。


「……ぷはっ」

 

 ようやく喋れるようになりました。

 大きく息を吸って、それから姿勢を整えます。


 ……他の方法ですか。


 探したら、もしかするともっと……平和的な方法だってあるかもしれません。

 平和な世界を維持するだけなら、人知れず私達だけで魔王討伐する方法もあるでしょう。


 ですけど、冒険者という職業は……あまりにも世間から乖離しているんですよ。

 魔王を倒したとしても、それだけでは冒険者に未来はありません。


 平和を維持しても、嫌な目で見られるのは。


「……やだ」

「……琴」


 嫌です。

 琴男は困ったように苦笑を漏らしながら、私を窘めてきました。


 ですが、一度タガが外れてしまえば止まりません。


「ぜーーーーったいやだ! やめない!!」

「おい三上が険しい顔してるぞ。鬼の形相してるぞ」

「やだやだやだ!! 私は我慢しないっ、我慢しないもんっ!!」


 もはやそこに47歳男性の痕跡は何処にもありません。

 あるのは、駄々をこね続ける少女そのものです。


 銀髪を大きく乱して、懸命に主張を訴えます。

 

「なんで冒険者が黙って我慢しないといけないの!! 白い目で見られて、嫌な気分になって!! それで魔王っていう悪いやつだけ人知れず倒して、誰にも知られない英雄で居ろって言うの!? 平和を維持しても意味なんてないっ、ずっと冒険者が嫌な目で見られるのなんて、絶対ヤダっっっっ!!!!」


 声を張り上げて、懸命に思いの丈を伝えます。

 ……ここまで感情的になったことなんて、今までなかったですね。


 自分の発した言葉を通して、改めて自覚しました。

 私って、冒険者という仕事が好きなんでした。

 だから、今日までずっと続けられたんです。

 

「……ははっ」


 琴男は私の言葉を聞いて、ふっと柔らかに微笑みました。

 それから視線をパパへと流します。


「……だ、そうだが。三上」

「クソガキがよォ……」


 パパは観念したようにため息を吐きました。

 それから無人ダンジョンを指差します。


「人払いは済ませてあるからよォ、存分にぶっ放せ。『魔王が来るぞー』ってオオカミ少年と言わせないような、なァ」

「パパ……!」

「ったくよ、つくづくガキに甘くなったもんだよなァ……俺も……」


 パパはぽりぽりと頭を掻きながら、私達に背を向けました。

 そんな後ろ姿を見送りつつも、琴男は改めて無人ダンジョンに視線を送ります。


 無人ダンジョンから視線を逸らすことなく、“アイテムボックス”を発動。

 

「ほらよ」

「うん」


 琴男は魔石と琴ちゃんウェポンを取り出し、私に手渡しました。

 その2つを受け取った私は、大きく深呼吸します。


 次に、琴ちゃんウェポンを飾る魔玉を無人ダンジョンに向けました。

 

 ……確かに、魔王が現れるという証拠はありません。

 証拠がないなら、作ってしまいましょう。


 バレた時に大目玉を喰らうのは、まあ……その時に考えますか。


 このままでは例え避難勧告を出したとしても、「実害が無いから」と逃げない人だって多くなるでしょうから。

 説得力は、私が作ります。


 

「……っ」

 

 魔石を握り、取り込む意思を表明。

 その想いに応えるように、魔石は飴玉のように溶けていきます。


 おおよそ、MPで言えば50ほど溜まりました。


 ……幸いにも、ダンジョン周囲には保安距離が設定されています。

 ダンジョンを中心として、半径20m。

 

 その距離が担保されている限り、ダンジョン周囲の一般家屋に被害が及ぶことはありません。


「……琴ちゃん魔法シリーズ、第1弾……」


 “炎弾”×約25発分。

 MPで言えば50程度なので、魔法攻撃もかなり少ないですが……今回に至っては好都合ですね。

 余計な被害を増やさずに済みます。



「……“琴ちゃんキャノン”っっっっ!!!!」



 次の瞬間。

 辺り一帯に轟音が激しく響きわたりました。

 唸る火球が、無人ダンジョンの外壁へと勢いよく飛んでいきます。


 私達は、ただ静かにその光景を見守りました。

 やがて——。



 大地を震わせるほどの爆炎が、無人ダンジョンを中心として舞い上がりました。


 

 ----



 今回の1件を全日本冒険者協会は「ダンジョンブレイクの予兆」として公表した。

 無人ダンジョンのそびえ立つ場所を中心として半径10㎞の区間内を完全閉鎖。地域住民には避難勧告を促した。

 

 

[【悲報】世界終了のお知らせwwww]

[ギルドはなにやってるんだよ。ちゃんと仕事しろ]

[俺の知り合いに冒険者いるんだけどさ。あそこまでの魔法は見たことないって]

[ヤバくね?]


 

 インターネット上では、様々な推測が生まれた。

 たった1つの情報から様々な考察が生まれ、やがてそれは世間の関心へと繋がっていく。


 

[あそこってD市の無人ダンジョンだよな]

[ダン凸しようぜ]

[魔物が既に市街を歩いてるって聞いたぞ]

[配信してるやついるー?]


 

 やがて、根も葉もない噂が飛び交い始めた。

 誰も、真実を知らない。

 知る由もない。


 真実を知るものは——。


「……あははっ。これですよ、これ」


 ただ楽しげに、無邪気に。

 満足そうな顔をして笑っていた。

魔王との決戦は、近い。

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