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ベテランに見られないTSダンジョンおじさんの日常  作者: 砂石 一獄


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第231話 障壁

「……いつものダンジョンだね」

「だな」


 私——田中 琴。

 そして、隣に立つのは田中 琴男。


 元は、同一人物であった私達。

 ですが“女性化の呪い”に伴って……何もかもが変わってしまいました。


 ……いいえ。

 本当は、異災が起きた日から。

 すでにこうなることは決まっていたのかもしれません。



 受付として配置されたカウンターを抜けて、ダンジョン素材で作られた通路を抜けていきます。ちらりと脇道に視線を送れば、まるで広大なホテルのラウンジを彷彿とさせるお土産コーナーであったり、娯楽施設。果ては仮眠室なども用意されています。

 ダンジョンというにはあまりにも、私達の生活に馴染みすぎました。


 

 ダンジョンは主に、私達の生活を豊かにするものとして表現されることが多いです。

 ……ですが、私達にとって。

 豊かだというには、あまりにも辛い思い出を残しすぎました。


 

 異災。

 突如として日本を中心として、全世界にダンジョンを生み出した大災害のことです。

 地殻変動を来たし、これまで築き上げた文明の悉くを根本から覆しました。


 死者5万7564人。

 行方不明者3万1502人。

 重軽傷者41万9567人。


 という統計が残っています。

 行方不明者という統計でこそ残されていますが……、こうした大災害の中で1年以上行方不明であったものは、“危難失踪”という形で死亡認定を受けることが可能となるそうです。

 宣告がされていないだけで……行方不明になった方々の大半は……。

 ……やめましょう。微かにでも希望が残っているのなら、諦めてはいけないものです。

 

 そして、異災が引き起こした現象というのはただ人々の命を奪っただけに限りません。

 高く聳え立つダンジョン、深くまで生み出された大穴。

 日本各地に生み出されたダンジョンという存在が、私達の生活環境を大きく一変させてしまいました。


 本来過ごせていた場所で過ごせなくなりました。

 ダンジョンを中心とした生活環境を構築せざるを得なくなりました。


 豊かである以上に、窮屈に感じました。



「豊かになったのではない。ただ密度が高くなっただけだ」


 今まで関わった冒険者の誰が言ったのかは覚えていません。


 ですが確かに。

 異災を生きた冒険者の誰かが、そう異災を評価しているのを聞きました。


 魔法技術という新たな文明開拓の道を示された反面、私達は大きなものを失いました。

 ……それでも、生きている。


 私達は、生きています。


 

 やがて人々の手が加えられた通路を抜ければ、広がるのは広大な自然の景色。

 ダンジョンが作り出した偽りの自然とは言え、どこか開放的な気分になりますね。


 ですが、どこか日本とは違うのだな……と直感的に分かります。

 伸びている雑草は、屋外に伸びているものとはやや異なります。伸びている木々も、私達が良く見る木々とは微妙に似て非なるものです。


 日本に近く、それでいて日本とは程遠い。

 そんな世界こそが……私達のいるダンジョンという世界なのですから。


「お兄ちゃん」

「ん」

「お兄ちゃんは今も、ダンジョンが憎い?」

「……恨みたいとは、思ってる」

「私も」


 私達は、そう短く言葉を交わしました。

 メタトロンとして指名を与えられた私と、魔王の依り代として選ばれた琴男。


 全く異なる境遇に置かれた私達は、考え方も価値観も……何もかも違ってしまいました。

 

 周りの人々からどう見られるか、が私達を作っている。

 今となっては、ほとんど確信に思えますね。



 ----


 

 やがて上階層へと進んでいく先に見えたのは、“異災の歴史”という表題の飾られた博物館でした。

 さすがに貴重な史跡などは持ち運ばれたようですが、それでも異災前の光景などを飾った写真は残っています。


 そして、そんな博物館の中に。

 本来であれば存在しないはずの、人物が立っていました。


「……久しぶりです。田中 琴男君」

「ああ、長らくぶりだ」

「そして……そちらのお嬢さんは」

「……俺と、長い時間を共にしてきた妹だよ」


 目深に被ったフードから覗く、ギラリと光る縁なしの眼鏡。

 知的そうな雰囲気を帯びた顔つき。しかし、それは灰色にくすんでいました。

 ボディラインを隠すようなボロ布が、その身体を覆っています。


 定義で言えば“魔族”なのでしょう。

 ですが、その魔族は……かつての姿を鮮明に保っていました。


 懐かしい顔に、つい私は深々とお辞儀します。


「……お久しぶりです。清水 大輝(おおてる)先輩」

「ふむ、君も田中 琴男君ですね」

「……分かるんですか」

「立ち振る舞いで分かる……と言えればカッコ良かったのでしょうが。生憎、ダンジョンで得られる情報というのは、朧げながら情報として入ってきますので」


 清水先輩はどこか照れくさそうに肩を竦めました。

 その仕草も、声も。立ち振る舞いも、私の知る清水先輩そのものです。


 であれば、聞かないといけません。

 知らないといけません。


「清水先輩は、魔族……ですよね?」

「ええ、ご覧の通り。30年ぶりの復活を遂げた、悪しき魔族ですよ」


 清水先輩はボロボロの布切れを見せつけながら、そう苦笑を漏らします。

 灰色にくすんでしまった、生気を感じさせない皮膚。確かにそれは、人間のそれではありません。


 それに、私達の戦ってきた魔族は……自我がありませんでした。

 「ァ……」とか「ァゥ……」とか、くぐもった声しか発せませんでした。


 彼だけが特別なのでしょうか?

 ……という質問を投げかけようかと思っていたのですが。私の思考を先読みしたかのように、清水先輩は静かに首を横に振りました。

 

「いいえ。私は君達と違い、何の力も持たない一研究者ですよ」

「……では、何故」

「仮死状態にあった、あるいは何かしらの原因で蘇生した……など、推測はあります。ですが、いずれも答えには至らない。故に、私が今こうして生きていること。それだけが事実です」

「……なるほど」


 そう言われては、私は無難な相槌しか出来ないですね。

 清水先輩が魔族として自我を持ったことは、恐らく何かしらの奇跡が生じた結果なのでしょう。

 当事者である彼が「分からない」と言っている以上。私は何も言い返せません。


 謎が解明できないの、もやっとしません?

 ですけど解明の手立てがないので諦めます。たまには分からないことも受け入れましょう。そういう日だってあります。

 「謎解明の為に死んでダンジョンに取り込まれてこい!」なんて言えませんからね。うん、鬼畜だ。


 簡単なやり取りを済ませた後、次に琴男が前に立ちました。


「清水先輩よ、アンタは何をしに現れた? 俺達と戦いに来た訳じゃないだろう?」

「ふふ。私は戦闘要員ではありませんから。その代わりに、少しだけ面白いものを見せてあげようと思いましてね」

「面白いもの?」


 琴男が清水先輩の言葉を反芻します。

 すると、清水先輩は“アイテムボックス”を無詠唱で発動。何の変哲もない石ころを取り出します。


 ……“アイテムボックス”って難しい魔法なんですけどね。私が言えた義理じゃないですが、価値観が狂いそうです。


 そんな石ころを、彼は琴男へと放り投げました。


「それっ」

「……っと。何だ、これ……石ころ?」

「それを、私目掛けて勢いよく投げてください。殺す気で大丈夫です」


 その言葉に、琴男は驚いたように目を丸くしました。

 困惑の滲む表情のまま、静かに問いかけます。

 

「……死ぬぞ?」

「どちらにせよ、私は魔族ですから。君の教訓になるのなら、本望ですよ」

「……後悔、するなよっ!」


 清水先輩に促され、琴男はなんの躊躇もなく石ころをぶん投げました。

 たかが石ころ、されど石ころ。

 レベルが100の大台を超えている琴男においては、ただの投石ですら弾丸へと変化します。


 指先から離れたそれは、軽く衝撃波を起こしました。


「……っ」


 衝撃波に呑まれ、銀髪が軽くなびきます。

 次の瞬間には、瞬く間に清水先輩の頭蓋骨など容易く穿たれるはずでした。


 ですが、次の瞬間。

 不可解なことが起きました。


「……っ!?」


 思わず、私は息を飲みました。


 清水先輩の目の前で、投石が留まったんです。


「ほら、こんな風に。私でも受け止められるんですよ」

「……なっ」


 清水先輩へと一直線に飛んだはずの投石は、直撃することはありませんでした。

 突如として勢いが殺されたかと思うと、ピタリと空中で停滞。地面へと容易く転げ落ちます。


 それから転がった石ころを拾い上げ、右手の上でコロコロと遊び始めました。

 

「“障壁魔法”ならバリアが形成される。“アイテムボックス”なら黒いモヤが見えるはず。さて、私の手品が分かるでしょうか?」


 清水先輩は楽しそうに、私達へとクイズを投げかけました。

 ……黎明期時代を生きた清水先輩。彼が会得できる魔法など、ほとんど知れたものです。

 

 清水先輩が例として挙げた“障壁魔法”も“アイテムボックス”も。この2つはどうやら不正解という考え方で間違いないでしょう。

 ということはそれ以外の魔法から、候補が上がるはずです。


 脳裏で連想ゲームを繰り広げていますが、ダンジョン攻略に用いることのできる戦闘用の魔法に該当するものはありません。

 

 ”魔素放出”。“炎弾”。“探知遮断”。

 ”大気遮断”。“氷弾”。“時間魔法”。

 “雷撃”。“睡眠魔法”。“身体強化”。


 様々な魔法から候補を抽出してみますが……一向に答えに近づく気配はありません。

 ならば、戦闘以外に用いる魔法はどうでしょうか。


 例えば、よく主婦が掃除用に覚える魔法の代表格として使われる“浮遊”とか——。


 “浮遊”。

 指定した対象を、ほんの1mmにも満たない距離だけ浮かび上がらせる魔法。シンクの汚れを浮上させるなど、ちょっとした家事の効率化に使われる魔法です。


 ……まさか。


「……“浮遊”か?」


 どうやら、同タイミングで同じ答えに辿り着いたようです。

 琴男は私の思考を読み取ったかのように、そう答えを投げかけました。なんだか答えを横取りされたような気分でつまらないです。


 清水先輩はその問いかけにコクリと頷きました。

 それから石ころを何度も宙に放り投げます。


「正解です。私は顔面を中心として“浮遊”を発動させました。その結果、石ころが目の前で弾かれた……ということです」

「……そんな使い方、アリかよ」

「どんなものだって、使い方を変えれば全く異なる魔法になります。お2人ならよくご存じだと思いますが?」

「……そう、だったな」


 そこで私と琴男は互いに視線をかわしました。

 同じ“アイテムボックス”でも、使い方を変えれば全く異なる魔法に。


 私達が納得したのを理解したのでしょう。

 清水先輩はにこりと微笑んで、上階層へと視線を送りました。


「魔王と出会う時まで……もうしばらく、お話ししましょう」

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