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第223話 モザイクアート

『頼むから、滅茶苦茶しないでねぇ……』

「分かってる。手配してくれてありがとうね」


 通話の奥では、麻衣ちゃんがため息を吐いています。

 さすがにそこら辺の魔物がいるダンジョンを使う訳にはいかなかったので、全日本冒険者協会……まあ、つまり麻衣ちゃんにお願いをして無人ダンジョンを手配してもらいました。

 いつもごめんなさい。お仕事増やしてしまって。

 

 私達、呪い三人衆は今。電車に揺られています。

 いつぞやのレベルアップ研修を思い出しますね。あの時も山奥へと連れていかれたものですが、今回も再び山奥にある塔型ダンジョンへと案内されています。

 

 過疎地域の、塔型・小規模の無人ダンジョン。

 ハッキリ言って、需要の一切ないようなところです。


 

 なので全日本冒険者協会が管理して、魔法の練習場として主に活用しているようですね。ダンジョン独自の自浄作用だってあるので、どれだけ破壊力に優れた魔法をぶっ放しても問題ないのは偉いです。

 

 

 ちょっとした小話なんですけど。

 創作物の世界なら、存分に魔法を使っても良いってだけで、皆嬉々として冒険者になりたがるものじゃないですか。


 実際に、最初は冒険者を集める為の謳い文句として使われた言葉でした。魔法が使えるというのは。

 ですけど冒険者だって所詮、努力と才能の世界なんですよね。魔法が使える為には、徹底した反復練習と軌道修正が必要でした。

 それに加えて沢山の競合相手が居たんですね。


 冒険者志望の中でだって、当然魔法をバンバンと会得していく凄い人がいます。

 そこで後れを取っている人は、やっぱり嫉妬しちゃうんですよね。意味不明な魔法論を説く人だっていました。もはやどの世界でも変わらないカオスが広がっていました。


 はー、カスカスのカス。カスです。

 カスに終わりました。“お”、“割り”ました。つまり“カオス”です。


 そう言った世界に嫌気が差して、冒険者という世界から手を引いた人も多いですね。

 冒険者という世界に盲目的に夢を見た人ほど、諦めるのも早かったです。「こんなのは冒険者じゃない」って。私もそう思います。



 さて、本題に戻りましょう。


 今回の目的は、当然ですが。

 本来の肉体の持ち主、田中 琴男とのぶつかり合いです。

 

 お互いに過去と向き合う為の、決別に向けた戦いですね。

 なのでまあ、言わばお遊びです。


 ですが、イナリちゃんは神妙な表情を浮かべながら足をパタパタとさせました。

 変装用に被ったキャスケットを触りながら、天井へと視線を送ります。


「ぬぅ……必要なことではあるが、のぅ。儂らとは事情が違うからの……」

「分かってる。だけど……いつまでも、逃げるわけにはいかないよ」

「お前さんも、琴男君も。特に異世界の因果に囚われた身じゃからの……儂らは中立せざるを得ん」

「うん。2人は見届けてくれるだけでいいよ。それだけで、十分」


 私だって、緊張していない訳ではありません。

 これから自分の意識を、ほとんどメタトロンに預けるようなものです。


 自分が自分ではなくなってしまうという感覚が、怖くない訳がありません。

 ……だから、皆に来てもらったんですよ。


 皆が居るという事実が、田中 琴を証明してくれるんですから。


 そんな私の手に、恵那斗は自身の手を重ねました。


「大丈夫よ。私達が付いているわ……存分に、力を発揮してきなさい」

「ありがとう」


 恵那斗はそこで、より深く私へと手を絡めてきました。

 何だか色っぽいんですけど、ドキドキするので勘弁してほしいです。


 間を置いてから、恵那斗は真剣な表情で問いを投げかけます。


「ところで琴は……“自分”というものを信じるかしら」

「んぇ、何の話……?」

「田中 琴は存在するのか、という問いよ」

「……うーん……?」


 なんだか難しい問いを投げかけてきますね。

 確かに田中 琴という名前を持った人物は電車に乗って、こうして呪い三人衆として会話をしています。


 ですが、精神的な意味で考えるとどうでしょうか。


 私の一部分は、メタトロンに侵食されています。

 メタトロンなのか、田中 琴男なのか。今となっては、どっちの人格が私なのか……分からなくなっていますね。


 

 ただ、その中で揺るぎない事実はあります。


 ——大丈夫。私が見たことちーはね、ことちーのままだよ。



 そう、ゆあちーが言ってくれたんです。

 大丈夫です、私は存在します。


「……存在する。私は、存在するよ」

「うん、真っすぐな目で答えてくれたわね。その言葉を聞けて、安心したわ」

「……何が言いたかったの?」


 話の本質がつかめなくて、つい首を傾げます。

 そんな私へと恵那斗はくすりと微笑みました。


「多分……皆同じね。“自分とは何か”を散々考えざるを得なくなったわ」

「……私も散々迷ったよ」


 私がそう言葉を返すと、恵那斗はコクリと頷きました。


「哲学の分野だと“我思う、故に我あり”という言葉が良く聞かれたりするわね」

「私も聞いたことあるなー、それ」

「そうね。私も詳しくは知らないけれどね……かと言えば、仏教の世界だと“自我は存在しない”という言葉さえ聞かれたりするわ」


 自分があるとか、自我がないとか。


 ……はて?

 話の本質が分からずに、つい首を傾げます。


「えーっと……難しい話しようとしてる……?」

「少し、考えるヒントになって欲しいもの。取っ掛かりになるだけで十分だわ」


 琴ちゃんの理解を超えた話なので、曖昧な相槌を打つことしかできません。

 ですが恵那斗は私のリアクションを気にせず、自分の考えを続けています。


「私にとって、琴は大切な恋人よ」

「んぇっ……うん」

「そして、元47歳男性の冒険者」

「う、うん」

「好奇心が旺盛で、思い付きで行動しがち」

「……褒めてる? それ」

「事実だわ」

「むぅ」


 なんだかナチュラルに悪口を言われた気がしないでもありません。

 琴ちゃんは不服です。

 

 そんな中。

 私の隣に座るイナリちゃんも、話に割って入りました。


「琴ちゃんは昔から、どこか捻くれたところがあるからの」

「……そ、そうなのかな?」

「自暴自棄で、自分のことをどうでも良い人間だと思い込みがちじゃ」

「……」

「儂も恵那斗君も、お前さんを邪魔と思ったことなどないわ」

「……そっかぁ」


 うう、イナリちゃんはいつだってゆるぎの無い言葉を与えてくれますね。人生経験の重みを感じます。


 優しい言葉を掛けてくれるので、つい心が温かくなりました。

 そんな話の後で、恵那斗は微笑みかけます。


「私はね。自我は“他人から与えられたもので出来る”と思っているわ」

「与えられたもの……」

「私もイナリちゃんも、沢山の想いを与えた。そして、私達も琴から沢山のものを与えてもらった。私達は、沢山の色から成り立っているの」

「……そっか」


 その言葉を聞いて、私は空いた手で胸元に手を当ててみました。

 思い返すのは、“女性化の呪い”に掛かってからこれまで沢山与えてくれたものですね。



 私は魔法使い研修の中で、魔法を覚えたのはもとより。今となっては大切な親友であるゆあちーや麻衣ちゃんと、新たな関係性を構築しました。


 そして園部君の実家である武器屋で、田中 琴という冒険者の新たな戦闘スタイルを生み出しました。


 認めたくはないですが……ギルドの連絡班である早川さんのセンスに任せて、新しい冒険者としての衣装を手に入れました。



 他にも、語り切れないくらい……沢山のものを与えてもらいましたね。

 モザイクアートみたいなものです。

 

 沢山の言葉の色が、私……田中 琴を作り上げてきたんです。


「……ありがとう」


 もう、迷いません。

 私は……1人の冒険者。田中 琴です。


 

 ----


 

 全日本冒険者協会が用意してくれた、塔型の無人ダンジョンの中に、私1人だけが入ります。

 そこには既に、私の本来の肉体である田中 琴男が待っていました。


「よぅ、琴」

「お兄ちゃん」


 琴男はまるで久しぶりの再会を喜ぶかのように、気さくに手を上げて挨拶してきました。

 私は極力自然体を装いますが……琴男の姿を見る度に、感情の奔流が抑えられなくなるんです。


 メタトロンから与えられた、歪なものが。

 私の思考を侵食しようとしてきます。


「……っ」


 蝕まれるわけにはいきません。

 必死に自我を押しとどめようと、強く首を左右に振ります。長い銀髪が、私の首筋を叩きます。


 傍から見たら、情けない動きに見えるでしょう。

 ですが琴男は動じることもありませんでした。


「大丈夫だ、一度全力でぶつかろうぜ。最強の冒険者が受け止めてやるよ」

「……お兄ちゃん」

「ま、なんだ。俺だって不器用だからさ、こんな方法しかとれないんだよ」


 琴男は申し訳なさそうに、苦笑を漏らしました。

 ……ムカつきます。


 過去の私のくせに、立派になりやがって。


 ですが、今日ばかりは甘えさせてもらいましょう。


  

 沢山の喜びを教えてもらいました。


 沢山の怒りを教えてもらいました。


 沢山の哀しみを教えてもらいました。


 沢山の楽しさを教えてもらいました。



 沢山の色を持った感情が、私の中に混ざり合います。

 混ざって。

 混ざり合って。


 ……。


 やがて。

 色は。

 

「……ごめん。私、お兄ちゃんを殺したい」

「まあ、そうなるよな。良いぜ、兄妹喧嘩と洒落込もう」



 ——黒く。


 私と琴男の前に、それぞれ“アイテムボックス”が生み出されました。

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