第222話 過去と今を、切り離す
「お兄ちゃん、今何してるの?」
『ん、あー……ちょっと待ってくれ』
スピーカーモードにしたスマホから、水道の音に重なって琴男の声が聞こえました。
琴男と実際に対面すると、メタトロンの肉体が暴走し始めるので最近は、通話でやり取りを完結させるようにしています。
通話であれば殺意に呑まれることが無いので、最近はこの形がデフォルトになっています。
というよりも、鈴田君の面会へと向かったあの日以降は1回も会ってないですね。さすがにいきなり“アイテムボックス”からゴブリンダガーを取り出してぶっ刺そうとしたのは自分でもヤバいと思いました。
……なんだか、自分が自分じゃなくなるみたいで怖いんですよね。
自分でも制御が効かないというのは、なかなかに辛いものです。
どうにかこの感情と向き合いたいとは思っているんですが……。
今日は雑談をして食事を楽しんだ後、パパに送ってもらって普通に帰ってきました。
恵那斗に口うるさく言われたので、渋々手洗いうがいをした後、いつものポジションであるソファに座っています。
それからかつての私の姿、かつ魔王の依り代である田中 琴男と通話を開きました。
ですが琴男の声が、水道の音に紛れて聞こえづらいです。
ずーっと「じゃー」とか聞こえてるんですよ。じゃー、じゃないんですよ。
しばらく間を置いてから、琴男は水道を止めたようです。
『悪い、今洗い物してたんだ……なあ三上、食器用洗剤切れかけてるぞ。今度買ってこようか? いや、良いよ。俺どうせ暇だし』
「……」
『いや、泊めてもらってる身だからさ。いつもありがとうな……悪い、待たせた。で、どうした?』
「……負けた気分……」
『は?』
琴男が真人間になっててムカつくんですけど!
何してるのかと思ったら家事やっていたんですか、ううう。負けた気分です。
ちなみにスピーカーモードにしているので、この会話はがっつり恵那斗やイナリちゃんに聞かれています。
「琴も琴男を見習いなさい」
「うむ。琴男君は立派じゃの」
何でですかっ。
何で魔王の依り代である琴男が評価されて、天使である私がケチ付けられないといけないんですかっ。ううう……。
ま、またちゃんと家事やりますぅ……。
こんなところで敗北した気分になりたくなかったです。辛いです。
……っと。
そんな話をしたいんじゃないんですよ。
魔王としての琴男に用があるんでした。
「お兄ちゃん、今ってMPどうなってるの? 魔王出て来そうな気配ある?」
『いや、まだ大丈夫だ。今でダンジョン外でのMPが10……ただ、直感的に嫌な予感はする』
「大丈夫なの?」
『少し前に花宮にも診てもらった。まだ大きな変化はないから様子見で良さそうだって』
「そうなんだ。麻衣ちゃんのお墨付きなら大丈夫かな」
『あいつ冒険者限定なら医療処置しても良いって資格持ってるの、すごいよなぁ……』
「……うん、凄いよね」
『ちゃんと把握してなかっただろ』
「……シッテタヨ」
『声出せ声』
琴男が定期的にぐさぐさと刺してきます。
やめましょう。
麻衣ちゃんがポーションを処方したりと、いわゆる“特定行為”に関わる資格を持っているのは分かっていたんですよ。
ですけど具体的にどんな資格を持っているとかは聞いたことが無かったです。
全日本冒険者協会の職員というだけでもすごいのに、それに加えて医療処置をしても良いという資格まで持っているんですか。
ハイスペック魔法使いじゃないですか、麻衣ちゃん。
琴ちゃんは立つ瀬がありません。黎明期の頃で言えば私の方が先輩ですけど、今となっては後輩ですね。立場が逆転しちゃいました。ううう。
確かに思い返せば、魔法使い研修の時も点滴を変えたりしてくれていましたね。
偉すぎます。
……立派な人が周りに多すぎるのが辛いです。琴ちゃんの肩身が狭いです。
ほ、ほら。琴ちゃんには立派なロマン砲という武器がありますから……うん。
これでも一応、魔物を解剖したデータとか提供したりしてたんですよ? それでチャラですっ。
さて。自己弁護も終わったので本題に戻りましょう。
「だけど、あんまり悠長なこと言えないかもなんだね」
『ああ。俺の身体を魔王がいつ乗っ取ってくるか分からない。俺の身体に完全憑依したら……誰が勝てるんだろうな』
これが琴男以外の冒険者が言っていたら「何をおこがましいこと言ってるんだ」ってなるんですけど。
魔王の依り代となることを避ける為に、ただレベリングして己を鍛え続けた琴男が言うと説得力がありますね。
ただその分、万が一魔王が完全に適合した場合。最強の器となってしまうんですけど。
そうなってしまうと、誰も止められません。
異世界の二の舞です。
「……時間が、無いね」
『対処はなるべく早い方が良いだろうな。本当なら俺1人で対処できるのが良いんだろうが……』
「1人で解決できる問題だと、本気で思ってる?」
『思ってないから行き詰まってんだろ。この世界に現れた時点で、俺はさっさと死を選ぶべきだった……あっ、三上。悪い、そういう意味で行ったんじゃ……すまん、いや、ホントすまん。泣くなよ良い年した大人がさ……』
「……」
さっきから電話の向こうで何をやっているんでしょうか。
“死を選ぶべきだった”の時点で、私からも説教しようと思いましたが……恐らくパパがその前に何かしらの反応をしたのでしょうね。琴男がうろたえているのが聞こえます。
耳を澄ませれば「俺よォ、お前と久々に話し出来て悪い気しなかったってのによォ……」とか言っているのが聞こえます。
あの、私だって琴男ですよ。琴ちゃん=琴男です。
なんで別人扱い受けてるんですか。琴ちゃんは理解に苦しみます。
ただ、それはそれとして。
実際に琴男と力を合わせて、困難を乗り越える必要があるのは事実ですよね。
魔王がこの世界に現れようとしているんです。
色々と言葉を交わして、対処する為の手立てだって打ちたいです。
その為にも、真実に関わる情報は少しでも欲しいんですよ。
「お兄ちゃん」
『あ、んだよ改まって』
真実を得る為には、もっとも妨げになっている要素がありますね。
これをクリアしない限り、私は琴男とろくに接触することさえ叶わないんですから。
「私だって、お兄ちゃんと力を合わせるのが確実だとは思ってる。だけど、弊害がある」
『だな』
私の推測が読めたのでしょう。
覚悟の決まったような声が響きました。
自分の感情から逃げてはいけない。
“異世界の呪い”に掛かってから、散々実感したことです。
私は、向き合わないといけないんです。
例え……その感情が、身体から与えられたものだったとしても。
「全力でぶつかろうよ。抑え込もうとするから、ダメなんだ」
『……同じことを思っていたよ。逃げてばかりじゃ、どうにもならない』
「気が合うね、私達」
『曲がりなりにも同一人物だからな』
抑え込もうとするから、かえって暴発する。
それならいっそ、全ての感情を出し切ってしまいましょう。
勝てるとは思っていません。
倒せるとは思っていません。
ですが全力を出した先に、答えがある。
私はそう……信じていますから。
同じく過去を乗り越えた、恵那斗とイナリちゃんはもう何も言いませんでした。
過去と今を……切り離す時間のようです。




