第221話 ヒント
「……なんてものを、見せてくれるんだよ」
辛うじて吐くのを耐えた私は、最大限恨みを込めて睨みます。
ですが、惨状の当事者である下駄ちゃんの表情は崩れません。
「……お姉ちゃんは、魔物に殺されて魔族となりかけた私を……自分の命を代償として救ってくれたんだ」
「えっと。いきなり、何の話を……?」
「生き返った私を、すぐにこの世界に閉じ込めた。結果として、生き残ったのは……私だけ。皆、死んだ」
お、おう……なんと重いお話でしょうか。
反応に困りながらも、私は自分の衣服をつまみながら問いかけます。
「……この身体は、メタトロンの亡骸だった、ってことだよね?」
何度も触れた話なので、おおよそ分かり切っていることではありますが……念のために、もう一度確認しましょう。
すると、下駄ちゃんは強く頷きました。その動きに伴って、長い銀髪がふわりと揺れます。
私とほぼ同じ外見だと言うのに、立ち振る舞いで雰囲気が全く違いますね。
顔を上げた彼女の、ルビーのように美しい瞳が私と交錯しました。
「勇者様は、私のように魔王に死骸を利用される前に……優秀な人物の亡骸を寄せ集めた。そして、その肉体を与えるに相応しい器を探し出す為に」
「……ダンジョンを生み出した。新たな肉体の依り代となりうる人々を探し、魔王へと反逆する目的で」
「……うん」
おおよその答えが分かったので、私は下駄ちゃんが言う前に割り込みます。
すると、下駄ちゃんはふっと寂しげな笑顔を浮かべました。
それから、もう一度破壊した壁面から、瓦礫の山に視線を送ります。
「お姉ちゃんはね、私を守る為にこの世界を作ってくれた。独りぼっちとなった私を、こんなところに閉じ込めた」
「下駄ちゃ……サンダルフォンはずっとこの世界に閉じ込められていたの?」
「下駄ちゃん呼ばわりは止めようね」
下駄ちゃんは苦笑を漏らしながら、やんわりと窘めてきました。
仕方ないですねー、下駄ちゃん呼ばわりは心の中だけにしてあげますよ。琴ちゃんは優しいですから。
それから、苦笑交じりの表情には再び陰りが落とされます。
瓦礫の山に差したボロボロの白旗が、風になびいて千切れて飛んでいくのが見えました。
「うん。お姉ちゃんは『いつか会いに来る』って言ってくれたなぁ……だけど、実際に来たのは……」
何かを諦めたような目で、私を見てきました。
「ん、何? 文句ある?」
「何でもない……」
明らかに含みのある視線でこちらを見つめてきます。
何ですか、言いたいことがあるなら言って良いですよ。
おらおらっ、やんのか。文句あんのかっ。
「……はぁ」
あっ、下駄ちゃんがため息ついた!
「これが来た時、ああ……もうお姉ちゃんはどこにもいないんだって思った」
「これ」
「……気にしないでいいよ」
言葉の端々が失礼です。すっごく失礼です。
ついにモノと同格レベルになったんですけど。琴ちゃんはモノじゃないですよ。生きてます。
シリアスな雰囲気になり切れないんですけど。
なんですか、元はと言えば私が悪いとでも言うんですかっ。
……こほん。空気を読みましょう。
KYですよKY。「空気読めない」の略です。死語ですかこれ。
「しかも、魔王討伐の手がかりだったはずのダンジョンすら、魔王に利用されちゃうし……」
「ダメじゃん」
「そうなんだよ、もう何もかも上手くいってない……」
下駄ちゃんはそう言って、力なくしゃがみ込んでしまいました。
まあ、下駄ちゃんも巻き込まれた側ですし。私が文句をぶつける相手本人ではないと言えばそうですね。
幼気な双子の妹をボコボコにするのはさすがに可哀想です。
「私、30年間もずっとここに閉じ込められてさぁー……やっとお姉ちゃんの身体に適応する素質ある人が来たと思ったらこんなのでさー……魔王がダンジョンの存在に気付いて利用し始めるしさぁー……」
不満が散々募っていたのでしょうか、下駄ちゃんは蹲ってブツブツと愚痴をこぼしています。
現れた当初の神聖な雰囲気を纏った彼女はどこに行ったのでしょう。随分とストレスが溜まっていますね。
……お気の毒ですね。うん。
ですけどまあ、とばっちりを受けているのは私も同じなので。
共通の問題点は魔王です。一応、利害は一致しています。
というか、さっきから私のことをぼろくそ言いすぎじゃないですか?
さすがにムカつきました。
「下駄ちゃん下駄ちゃん」
「……誰が下駄ちゃんなの」
げんなりとした表情で、私の方へと力なく振り向きます。
おーっこっちを見ましたね。
折角発動できるようになったんですから、下駄ちゃんにも見て貰いましょう。
発動、“アイテムボックス”。
出でよ、ゴブリンの死骸。
「えいっ」
「んきゃあっ!」
下駄ちゃんの乙女チックな悲鳴が響きました。身を縮こまらせて、情けなくビクッと飛び上がっています。
私は“アイテムボックス”からゴブリンの死骸を取り出して、見せつけるようにそれをぶらぶらと揺らしました。人形に見えないこともないですが、ばっちりと死骸です。
ちなみに今度新しい実験道具にしようと思って、お腹には魔法に反応する火薬を詰め込んでいます。いつぞやの魔毒苔詰めゴブリンの応用です。
ほれほれー、と見せつけてみたものですが。
「……」
しばらく間を置いて、冷静になったらしい下駄ちゃんはそのゴブリンを指でとんと突きました。
ちょっと、あの。まさか、ですよね?
「“拡散”」
「あーーーーっ!!」
っばーーーーん!
ゴブリンの身体が爆発四散しました。
ゴブリンの死骸は微粒子レベルまで分散されたので、思ったよりもグロテスクになりませんでした。全身が粉となり、先ほど開けた壁面から流れ出てしまいました。
うう、せっかくの実験用ゴブリンが。
下駄ちゃん、容赦ないです。
でも面白いので許します。
……えっと、何の話だったか忘れました。
えへへ。
っと。そろそろ本題に入りましょう。
「下駄ちゃん、魔王の倒し方になりそうなヒント、思いつかない?」
「もう好きに呼んでいいよ……」
下駄ちゃんは観念したように大きく息を吐いた後、外の景色に視線を向けました。
「……そうだなぁ。この世界だと魔素がずっと漂っている訳だけど。向こうの世界だと、魔素が存在しないよね」
「うん。ダンジョンの中限定、だね。魔素は」
「私達が魔王に勝てなかったのは、魔族を使って戦意を殺いできたのもそうだけどね、普通に魔素のある環境下だと強かったから」
「……なるほど、なるほど……」
おおよそ、下駄ちゃんの言いたいことが理解できました。
つまり、異世界には魔素が充満している。だからこそ、魔王は無尽蔵の体力を以て暴力の限りを尽くしたのでしょう。えげつない、怖い。
ですが勝機を見出すとすれば、私達のいる日本には魔素が無いということです。
まだ魔王が琴男の身体に適応していない今。そのタイミングで、魔王を魔素が無い環境下に放り出すことが出来れば……あるいは。可能性があるかも知れませんね。
要は水中でしか呼吸出来ない魚を、無理やり陸に引きずり出すようなものです。そう考えると中々に酷いな。
となれば、次なる課題は「琴男から魔王を強制的に引きずり出す」ということになります。
「うん、ありがとう下駄ちゃん」
「感謝するなら下駄ちゃん呼ばわりはやめようね」
「じゃあ、またねっ」
「あっ……ちょっとっ」
下駄ちゃんは不服そうに私を呼び止めました。
ですが私としては、こうしてはいられないんですよ。
魔王攻略のヒントが得られた今、少しでも働きかけるべきです。
という訳で目を閉じて、元居た日本を強く思い浮かべます。
徐々に、意識が薄れて。
消えて。
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「おい、琴きゅんよォ……着いたぞ」
「……むきゅ?」
頭がぼんやりとします。
おぼろげながら戻っていく意識の中、視界に映ったのは呆れた表情をする三上パパの姿でした。
パパは私の反応に対し、頬を引き攣らせています。
「お前自分がオッサンって覚えてるか?」
「ん、んー……なに、パパ……」
「ハァ……飯だ飯。今日も頑張っただろ、お疲れ会だ。車出ろ」
「んー、あっ。今出ますっ」
「恵那斗君とイナリちゃんは店に入ってるからよォ」
パパは「ほら出ろ」と促して、私を車内から引きずり出しました。こちとらダンジョン攻略で大怪我したんですよ、怪我人を邪険に扱ってはいけません。まあ、一応治癒してるので大丈夫ですけど。
私はぴょんと車高の高い車から飛び降りました。
それからパパの後を付いていこうとしたのですが。
「あっ、ちょっと待って。その前にお兄ちゃんにメッセージ送りたいです」
「んァ? あー、俺は先入ってるからなァ」
「すぐ行きますよっ」
パパは不思議そうにちらりと私を一瞥した後、さっさと先に進みましたが……店内に入ろうとせず、ちらりと私を見てきました。そう言うの良いですから。心配性ですね。
まあ待たせるのも悪いですし、とりあえずメッセージだけ送ってしまいましょう。
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【田中 琴男(本物)】
[お兄ちゃん]17:35
[今度空いてる?]17:36
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とだけ、簡潔に送りました。
アカウントの登録名がなんかムカつきますね。(本物)じゃないんですよ。
恵那斗もイナリちゃんも、過去の自分と向き合ったように。
私も過去と向き合うお時間のようです。




