第189話 奇行に慣れている恵那斗
まあ、何はともあれ実戦ありき。
イナリちゃんは軽く地面を叩いたかと思うと、低く構えて急加速しました。
「ほっ」
「ギィッ!?」
おおーっ、正しく「身体加速」というステータス表記名を冠するに相応しいですね。小柄な肉体は正しく風の如く駆け抜けました。大地を蹴り上げる度に加速する小柄な狐っ娘。
高く跳躍した彼女は身体を捻り、右手に持った小太刀でまずは取り巻きゴブリン1体の喉を掻き切りました。
「——カッ」
「さて、少し琴ちゃんの実験に付き合ってもらうぞ」
すたりと着地したイナリちゃんは何かを期待するように私へと視線を向けました。
今回は軽いデモンストレーションです。攻略階層が進むにつれて、強大な敵と対峙する可能性だってあるはずですよ。
さて、私は琴ちゃんウェポンを構えて魔法発動の構えを取りました。
覚えていますか?
“琴ちゃんサテライト”のこと。
“琴ちゃんサテライト”とは、“アイテムボックス”の機能を分割した上で“炎弾”を転送することによって発動させる遠距離攻撃手段のことです。
細かい解説をすると長ったらしくなるので、ひとまずは端折ります。
長らく使うことがなかったですね。
ぶっちゃけ、“琴ちゃんキャノン”の爆風で消し飛ばす方が手っ取り早いので。……なんですか、その目は。
……こほん。
“琴ちゃんサテライト”の魅力は、障害物を超えて魔法を発現させることでした。
ですけど、琴ちゃんは考え直したんですよ。
これ、転送する対象……攻撃魔法じゃなくても良いのではないでしょうか。
なんなら、恵那斗の得意とする“睡眠魔法”でも良いです。
そして、私にはこれがあります。
「イナリちゃん! 行きますよっ」
私は琴ちゃんウェポンを構えて、2つの“アイテムボックス”を発動させました。
1つは私の眼前に。
もう1つは、イナリちゃんの近くに。
普段は、大気中に高濃度の魔素を漂わせるだけの魔法です。
ですけど、熟練度を高めた私には多少なりとも「魔素を飛ばす」という方法だってとることが出来ます。まあ、うちわで風を仰ぐようなものです。
私の言葉を受け取ったイナリちゃん。
「うむっ、頼むぞ」
彼女はゴブリンの攻撃を紙一重で回避しながら頷きました。……いや、何しているんですか。サラッと神業披露しないで下さいよ。
……さて、そんなイナリちゃんをサポートする琴ちゃん魔法! 行きますねっ。
あ、どうせなら新しい名前でも付けましょう。
「“琴ちゃんデリバリー”っ!!」
「んぶっ、けふっ!?」
あ、後方で様子を見ていた麻衣ちゃんが吹き出してしまいました。思わぬところで良いリアクションを貰ったので私の勝ちです。
リアクションを貰うことによって琴ちゃん魔法のアイデンティティが確立されるんですよ。いえいっ。
という訳で今回発動させた“琴ちゃんデリバリー”。
解説の時点で何となく察したかもしれませんが、今回“アイテムボックス”目掛けてぶっ放すのは“魔素放出”です。
いつもの如く、高濃度に圧縮させた魔素が乱反射することによって、白銀のオーラとなります。そんな白銀のオーラはうねる炎の如く勢いよく“アイテムボックス”に格納。
そして次の瞬間には、イナリちゃんの隣に発現させた“アイテムボックス”から白銀のオーラを排出させました。
ですが琴ちゃんは“ゴブリンショット”の改善案を出した時に閃いたんですよ。
高濃度の魔素を安定して付着させる方法がありましたよね。
あれです。あれ。
という訳でこれもお届けします。
「おわぁ!? なんじゃ、気持ち悪い液体が落ちてきおったぞ!」
「安心してくださいっ、スライムの粘液ですっ」
「やめんかぁ!?」
イナリちゃんの悲鳴じみたツッコミが聞こえました。うんうん、おじいちゃんは今日も元気です。やっぱり声を出すことによってですね、元気は保たれると思うので。おじいちゃんには何歳になっても元気でいてほしいので、是非とも今後もツッコミ役をお願いしますねっ。
という訳でスライムの粘液もデリバリーです。大丈夫です、琴ちゃんからのささやかなサービスですよっ。
「お、お前さんも敵じゃわい……」
ですがイナリちゃんは咄嗟の判断でスライムの粘液を回避しちゃいました。誰が敵ですか。
悲しいことに、スライムの粘液は小太刀にしかぶっかけることが出来ませんでした。あーあ、せっかくの粘液が……。
まあスライムの粘液でべちゃべちゃの幼女とか、絵面がヤバいですもんね。それはそれでまずいか。うん、結果オーライです。
まあ、付与できたので良しです。
イナリちゃんの小太刀には、スライムの粘液を媒体として高濃度の魔素が付着しました。小太刀に白銀のオーラが纏っています。綺麗ですね。
「うえぇ……汚いのぅ」
当のイナリちゃんはすごく嫌そうに顔をしかめていますが。
ちなみに私がぶっかけたスライムの粘液にびっくりしていたのはイナリちゃんだけではありませんでした。
「ギィ……ギィ?」「ギィ……」
敵対するゴブリン共も互いに顔を見合わせて、顔をしかめていました。なんで魔物とイナリちゃんが同じリアクションをしているんですか。おかしいでしょ。
ですが皆がリアクションに戸惑っている中、颯爽と駆け抜ける冒険者が1人。
「隙だらけね」
「ギッ……」
私の奇行に慣れっこである恵那斗が静かに、蛇腹剣を振り下ろしてゴブリンを背後から叩き斬りました。肉厚の刃で構築された蛇腹剣は、“魔素放出”を用いなくとも重みで叩き斬ることが出来ます。
なんだか、パワーアタッカーとしての立ち回りが似合うようになってきましたね。恵那斗。
叩き斬りの一撃を受けたゴブリンの胴は瞬く間に断裂。ずるりと滑る身体と共に血飛沫が零れていきます。
そしてそのまま地面に崩れ落ちました。
恵那斗はその間にも颯爽と駆け抜け、次から次にゴブリンを斬り払います。
女性時代のようなしなやかさこそ失われましたが、まるで流星の如き連撃は損なわれていませんね。
「次っ!」
返す刃でゴブリンの首を刎ねました。
落っこちた首は、イナリちゃんの足元に転がります。
「ひゃっ!? お前さんらは無茶苦茶じゃ……!」
その中で状況に未だ適応できていなかったイナリちゃんの悲鳴が聞こえました。
うんうん、私の行動に慣れているかどうかで戦況の有利不利が変化するのは面白いですね。
正しく私の行動が戦況を左右すると言っても遜色ありません。いえーい。
私の突拍子もない行動に慣れている恵那斗は強いですよ。慣れって怖いですね。奇行? うるせぇーっ。
イナリちゃんは動転しながらも、白銀のオーラを纏った小太刀でダークゴブリンへと駆け抜けました。
本来は全身にもスライムの粘液を纏わせて“琴ちゃんブースト”の再現を図るつもりでしたが……避けられちゃったので。避けちゃダメですよ。
それでイナリちゃん弾丸は完成する予定だったんですから。
まあそれでも、身体加速だけでも十分ですね。
颯爽と駆けるイナリちゃんは顔をしかめながら、小太刀を振るいました。
「もう二度とこんな魔法、受けてやらんわ」
「ギィッ……」
露骨に嫌そうな顔をしつつも、イナリちゃんはダークゴブリンの胸元に小太刀を突き刺しました。迸る魔素の奔流は、瞬く間にダークゴブリンの心臓へと流れ込みます。
高濃度の魔素を叩き込まれたダークゴブリンは、苦悶の表情を浮かべながら胸元を押さえました。
「ほれ、魔素中毒の出来上がりじゃ」
「ア……ガッ……ア……」
苦悶の声を漏らし続けるダークゴブリンをイナリちゃんは足蹴にしました。
ごろりと地面に転がってのたうち回るダークゴブリン。放っておいても絶命するでしょうね。
なのでイナリちゃんは優先討伐対象を、残り1体となったゴブリンへと見定めたようです。
距離にしてざっと2mほど。イナリちゃんの小太刀じゃあ届きませんね。
彼女はじっと残党ゴブリンを見据えながら、静かに詠唱しました。
「——“狐火”」
すると、イナリちゃんを囲うように青白い炎が浮かび上がりました。
彼女は纏う青白い炎を操作するように、左手でゴブリンを指差します。
「ほれっ」
「ギッ——」
彼女の指示に従って、青白い炎は弾丸の如く襲い掛かります。
炎は瞬く間にゴブリンを飲み込みました。蝕む火の粉は、ゴブリンが逃れることも許しません。
「ギッ、ガ……ハ……」
「ぬ。そうじゃ、ついでにじゃが」
青白い炎に焼かれたゴブリンへと、イナリちゃんは歩み寄りました。
その右手には小太刀が握られています。
はて?
とどめでも刺そうというのでしょうか?
と思いましたが、私の予想は外れました。
「ついでにスライムの粘液を焼かせてもらうわい」
「ちょっと、イナリちゃん」
「儂の武器を汚しおって……」
イナリちゃんはブツブツと愚痴をこぼしながら、今まさにゴブリンを焼いている“狐火”を焚き火代わりに小太刀を近づけました。
あの、使い方がおかしいです。
ゴブリンを燃料に焚き火しないでくださいよ。
私に紛れていますが、イナリちゃんも大概おかしいと思います。




