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第190話 抱え込んだ記憶

 【イナリ】

Lv:24

HP:174/174

MP:20/105

物理攻撃:121

物理防御:100

魔法攻撃:74

魔法防御:120

身体加速:230



「“狐火”1回でMP5使う、と言ったところかのぅ」

「それなりに使えそうですね」

「うむ。威力も申し分なし、戦闘の補助には使えるやもしれんな」


 イナリちゃんは再び、私達に自分のステータスを共有してくれました。

 身体加速が異常なほどに高いことも加味すると、“狐火”による戦闘補助は非常に有用ですね。

 

 しかし、それはそれとしてですが……イナリちゃんの残りMPを考えると、そろそろ帰宅した方が良さそうです。

 私は後方にいる麻衣ちゃんの方へと振り返りました。


「麻衣ちゃん、そろそろ戻ろうと思うけど……大丈夫?」

「んっ? あっ、そうですねぇ。戻りますか」


 麻衣ちゃんは研修そっちのけで、メモを取っていたようです。私の問いかけに生返事をした後、ハッとしたようですね。

 慌てて首を横に振って、苦笑を漏らしていました。


「ご、ごめんねぇ。琴ちゃん達の戦闘がスムーズなもんだから、自分の仕事に集中させて貰っちゃったよぅ……」

「ううん、大丈夫。忙しいもんね」

「うん。そうなんだよぅ……最近は琴ちゃんみたいな“異世界案件”がねぇ……」

「ああー……」


 うーん、罪悪感とでもいうんでしょうか。

 今度は私が曖昧な返事をすることしかできませんでした。


 私達が悪い……や、悪くないんですけど。不本意な形なんですけど。

 確かに、私達の情報って全日本冒険者協会が必死に集めたいであろう情報ですからね。

 

 魔王の力がどの程度の危険性を要しているのか、とか徹底的に情報を集めなければいけません。

 で、もし万が一琴男の身体から魔法が解き放たれた時の危険性については本当に予想がつきません。


 麻衣ちゃんは微かに怒りと、不安の入り混じった顔で顔を伏せます。揺れる黒髪が、彼女の目元を隠しました。

 絵面だけで見れば可愛いというよりも綺麗よりなんですけどね。年齢がですね。

 

 ……なんでいつも、麻衣ちゃんは私の心を読んでくるんでしょう。

 あの、無感情で見つめないでもらって良いですか。睨まれるより怖いです。



 ……しかし、異世界案件というのは面倒ですね。

 今回の研修の中で、私達呪い三人衆は異世界について、真相を知らなければならないようですから。

 

「……」


 現に、イナリちゃんの表情が曇ってしまっていますし。

 彼女は私達の中で、真っ先に何かしらの記憶を引き出されたようです。


 戻ったら、少し話を聞いてみましょう。


 ----


 ダンジョンから戻った私達は、着替えと手洗いを済ませて再び宿泊施設に戻りました。

 いつものように大広間でそれぞれの場所を確保しながら、休息の時間を取ります。


 私は寝そべって支給された食事の中に入っていたスナック菓子をポリポリと摘まみながらも、自堕落に過ごします。なんだかカップ麺が1つ多く減っている気がします。元から少なかったかな?

 そんな中で神妙な表情を浮かべていたイナリちゃんは、静かに話を切り出しました。


「……のぅ、少し……聞いてくれるか」

 

 彼女は座布団の上で正座しつつ俯いていました。握る拳が、袴に大きな皺を作ります。

 私は寝そべっていた状態から体を起こし、指先に付着したスナック菓子の欠片を舐めて拭いました。それから、イナリちゃんへと話の導線を作ります。


「……記憶を、取り戻したんです?」


 そう問いかけると、イナリちゃんは一瞬目をぱちくりと(しばた)きました。それから間を置いて、コクリと頷きます。


「うむ、この身体の記憶……というのじゃろうか」


 イナリちゃんの言葉に、場の空気がシンと静まりました。

 みんな、彼女の続く言葉を待っているようにも見えます。


 彼女の顔色は……不安に押しつぶされそうで。

 それでいて覚悟の決まったような、年相応の女の子と言った様子にも見えますね。


「……うむ。思い出した、というのかは分からんが……早々に話しておいた方が良いじゃろ」

「……聞かせてください。私も、恵那斗も、他人事じゃありません」

「元よりそのつもりじゃよ……しかし、琴男君よ」


 イナリちゃんは、それから壁にもたれた距離を取っていた琴男へと視線を向けました。

 

 いつものことですが、琴男は話の輪に入らないという意思表示をするように、自ら距離を置いている気がします。

 ……しかし、なんとなく。理由は分かりますよ。


 私も、きっと……同じです。

 イナリちゃんは、申し訳なさそうに。けれども、明確な意思をもって言葉を発しました。

 

「すまぬ。お主が悪いわけではないのじゃが……儂は、お前さんに敵意しか向けられん」

「……だろうな」


 琴男は、その言葉を予想していたのでしょうか。

 自嘲染みたような、諦めたような……どこか、寂しげな表情を浮かべていました。


 その話題の切り出しに驚いたのは、唯一このメンバーの中で異世界に干渉できない存在である麻衣ちゃんです。


「……えっと、イナリちゃん? どうしました、喧嘩?」

「うぬ……違うのじゃよ。ぬ、そうじゃ……花宮さんや」

「あっ、え? はい」

「ボイスレコーダーを用意してくれんか。儂の……“白狐”に関わる記憶を、早いうちに語っておきたいのでな」


 話を切り出したイナリちゃんの表情は、真剣そのものでした。

 彼女が冗談で言っている訳ではないと理解した麻衣ちゃんは、強く頷いた後仕事用に持って来ていたであろうギチギチに資料が詰め込まれたスーツケースを手元に手繰り寄せました。

 それから資料を撒き散らしながら、中から1つのボイスレコーダーを取り出します。

 ……資料の整理をする余裕がないくらい、忙しいのでしょうか。


 麻衣ちゃんはボイスレコーダーが正常に作動するか、簡単にテストを行った後に頷きました。


「うん、大丈夫ですよぅ。ゆっくりと語ってください」

「うむ、かたじけない……では、始めるとするかの」


 イナリちゃんは深呼吸した後、静かに。


 その身体に隠された“真相の欠片”を語り始めました。


 -

 --

 ---

 ----


 うむ……いきなりすまんの。

 じゃが、早うに語っておいた方が良いと思ったのでな。

 琴ちゃんも、恵那斗君……いいや、違う。


 メタトロンと、ワーウルフ。お主らは紛れもなく、当事者じゃ。


 はて、いざ語り出すとなれば何から話し出せば良いのか分からん。

 じゃがこれだけは言える。


 琴男君に宿ったとかいう、魔王の魂かの。


 あれは、儂らの想像を絶する破壊力を有する存在じゃ。

 この身体がな、本能的に理解しているのじゃよ。琴男君に宿った、魔王の断片を感じ取っておる。


 ……映画を見ておるような気分じゃ。

 自我は儂、金山 米治に残っておるのは幸いじゃの。


 この感覚を説明するのは難しいが……何と言うのか。人生の価値観を大きく変えるような創作物と出会った時のような、もう、それを知る前に戻れん時のような……そんな感覚じゃ。

 儂は「それが存在する」という価値観でしか、もう話が出来ん。


 ……すまん。前置きが長くなったの。

 

 この白狐の肉体が思い出した記憶はの、いわば「守れなかった記憶」じゃ。

 目の前で子供の命が潰える様を、ただ無力な白狐は見届けることしかできなかった。


 分かるかの。

 救ってあげたいのに、救う手立てもない。

 それどころか、救ったとてどこに逃げ込めば安心なのかも分からない。辺り一面は火の海で、生きていたであろう命が、ただ道端に転がっておる。

 最低限の導線を作ろうと思い、ゴミのように退けられた死体の山が積み重なった……そんな通路を、白狐は歩いておった。


 いつだって、この身体は無力じゃよ。

 のぅ、琴ちゃんや。覚えておろう……、儂が、一度心臓を貫かれた三上の心臓を復元できず。死を見守ることしか出来んかったことを。

 

 

 ……すまんの。抱きしめてもろうて……この身体はな、色々と抱えておるんじゃよ。

 儂は自分のことしか考えることが出来ておらなんだ。

 自分が外に出られないというのは辛い、今までの生活が出来ないのは辛い。

 

 じゃが、この身体の本来の持ち主は……もっと、過酷な世界を生きておったんじゃの。


 白狐自身は、魔王に干渉しとらんようじゃ。

 魔王が放った魔物が、魔族が……辺り一帯を血の海に染めおった。

 

 助けての声も、度重なる悲鳴も、儂に出来るのは聞き届けて、耳を塞ぐ。それだけだったらしいよの。


 儂は……白狐としての責任を背負うべきなのか。

 金山 米治としての日々を過ごすべきなのか、正直……分からん。


 すまぬ、こんな葛藤を聞かせてな。

 じゃが……儂と同じ境遇である田中夫妻にも考えてほしいのじゃよ。いずれ同じ景色を見る者としての。


 お主らにとって、最善の結末とは……何じゃろうな。

 儂も正直、分からなくなってしもうた。


 

 1人でこんな真相を抱え込むには……あまりにも、この身体は小さい……。

 口頭でしか、魔王の危機を語れんのはもどかしいことじゃ。


 魔王が現れることへのリスクだけ話しても、上はまともに動かんということはよう分かっておる。対応というのは、得てして後手に回るものじゃ。徹底的に対策を取る、など出来はせん。

 じゃがな、魔王に関しては後手での対応というのは不可能じゃ。


 現れた、その時点で……世界は、破滅する。


 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ……かの?

 じゃが、そのいずれも積み重ねることが出来んのであれば、どうすることも出来ん。

 ……白狐を愚者とは、言いたくないのでな。

 

 ……正しく、呪いじゃよ。これは。

 もう、これを知ってしまった以上……ただの日常には、戻れそうもないからの。


 すまん、水を貰っても良いか。

 んぐっ。……ふぅ……理路整然と纏めるというのは難しいのぅ。

 儂も全てを語れた気はせん。


 特に……かつて、琴男君の妻であった恵那斗君。お主は特に、魔王の器として存在する琴男君とどう向き合っていくべきか……考えるべきじゃ。

 琴ちゃんは味方じゃが、琴男君は敵である。その意味を、よく考えてほしい。


 ぬ、これで良いのかのぅ。

 麻衣ちゃんや、ボイスレコーダーを切っても構わんぞ。


 少し、儂は風に当たってくるわい。

 なんというかのぅ、今は1人にさせてくれんか……。


 らしくないことを言っておると言うのは分かっておる。じゃが、自分でもどうすべきか分からんのでな……。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 転生もの作品でわりとある『前世は社会人だったのに、子供に産まれ変わってから精神が幼くなった→魂が肉体の年齢に引っ張られるから』という場合が有りますが、イナリちゃんもとい金山さんも…
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