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第187話 身体に宿った記憶

「我は、皆を守るという宿命がある……」


 辺り一帯を、灼熱の業火が焼き尽くす。青々と晴れ渡っていたはずの空は、地上の炎を反映させているのだろうか。紅蓮の空へと、色を変えてしまっていた。

 あちこちから立ち込める黒煙が世界を埋め尽くす。


 その黒煙の下に、どれほどの死体が転がっているのだろうか。


 皆を、世界に住まう皆を。助けなければならない。


「我は……動かねば……我は、我は……」


 助けたいはずの皆の元へと、足を運ぶ。

 このような時だけは小柄な体躯が非常に恨めしい。


 全速力で駆け抜けたいところであったが、今となっては我も全身に大怪我を負った身。無理に動けばより己の身体を傷つける結果にしかならない。


 ……駆け抜けたところで、守る皆はもう居ないのだが……。

 そんな、あまりにも当たり前で。残酷な真実が刃となって、心を締め付ける。


「……うぐっ、う、うう……」


 我は思わず、ぺたりと地面にへたり込んだ。長い尻尾が砂埃に汚されるが、もはやそれさえどうでもよかった。

 もう、何もかも終わったのだ。

 全ては業火に焼かれ、無に帰った。


 守りたかった日々も、大切な居場所も、何もかも。

 魔王が奪い去ってしまったから。


 そんな虚無に広がる、小さな声を聞いた。


「……おかあさん、どこぉ……」

「……っ!」

 

 ちらりと周囲を見渡せば、すぐに泣きじゃくっている子供が見えた。


 煤に汚れた両手で顔を拭っている。

 目元が汚れるであろうに、幼い子供はそれでも涙を拭うことを止めようとはしなかった。


「おかあさん、おかあ……さ……ん……っ」


 我と同じように地面にへたり込んだその幼子は、大声で我が母を呼び続けていた。

 だが、恐らく。


 その母も、瓦礫の山の中か。

 あるいは、積み重なった死体の山のどこかに、紛れ込んでいるのか。


 いずれにせよ……残酷な真実となることは明確であろう。


「……ぐっ」

 

 我はそのような幼子へと、歩み寄る。

 全身に刻まれた傷を堪えつつ、それでも懸命に。我の辿る足跡に血液が滴るが、もはやそのようなこともどうでもよかった。

 ようやく幼子の元へと辿り着いた我は、ボロボロの尻尾で静かに抱き寄せる。

 

「……大丈夫。大丈夫だ」

「あ、狐のおねーちゃん……ほ、本当?」

「ああ、心配するでない。世界を救う勇者様が……立ち向かってくれるはずだ……」


 その言葉に、何の保証もない。

 本来であれば無責任な発言として、淘汰されるべき内容かも知れない。


 だけれど、子供に希望を持って欲しかった。

 それだけ、だったのに。


「よか、った……」

「……おい?」

 

 そんな子供にも、希望は無かった。

 見えなかっただけで、そこには大きく刻まれていた。


「……そんな……」


 子供の胸元には、大きな傷があった。


 ドクドクと流れる血液が、確実に子供の体温を奪っていく。瓦礫と砂埃に汚れた大地が、更に汚されていく。

 

 そんな中で、子供は手を空に伸ばした。

 目は虚ろとなり、焦点はどこにも合っていない。

 

「お主……腹が……」

「……へへ……おかあさん、おかあさんが、見える、よ……」

「馬鹿者が! 気を確かに持たんか!」

「た、だ……い……ま……」


 その言葉を最期に。

 子供の手は、静かに地面に沈んだ。


「……愚か者め……死んでは何にもならんだろうが」


 我は、静かに子供を横たえた。

 このような残酷な真実など、誰が受け入れることができるだろうか。


 もう……未来など、どこにもない。

 終わっても良い。終わらせても……良い。


 それから、静かに虚空を仰いだ。

 空には魔族と思われる人型の異形が空を舞っていた。


 どうやら、人間の亡骸を魔王が利用して構築した存在らしい。

 全く、本当に末恐ろしいことを考えるものだ。

 そのような倫理の理を外れ、手段を選ばないからこそ——奴らは、魔物だった。

 

「もう、終わりであるな。この世界も」


 我は、そのような魔物に利用されるような存在であってはならない。

 そう覚悟を決した我は、静かに指を鳴らした。


 すると、どこからともかく、青白い熱を帯びた炎が大気中より生み出される。

 我の得意とする魔法である“狐火”だ。


 だが、その向ける先は魔物ではない。

 自分自身だ。


「我が灰燼となれば、魔物も死体を利用できんであろう」


 これは、単なる自害ではない。

 魔物に一矢報いる為の、明確な反逆だ。


 我が生きていたことを、不幸に思え。

 そうほくそ笑みながら、自身へと“狐火”を放とうとした——。



 ——その時だった。


『まだだ。魔王に反逆する為の手立ては、潰えてはいない——』

「……っ!?」


 どこからともなく響く声。

 世界に残された希望の灯火は、未だ絶えずに残っていた。


 

 ☆


 

「……これで最後じゃ」

「ピィッ……」

 

 琴ちゃんのフォローを背に、メタルスライムを屠る度。

 明らかに自分のものではない、誰かの記憶が儂の思考を上書きする。


 自分のものであって、自分のものではない記憶。

 まるで何度も見た映画をもう一巡した時のような、そんな気持ちだった。

 知らない光景であるはずなのに。何故だか、この身体に自然と納まっていく。


(……琴男君の言っておった“身体に宿った記憶”とは……こういうことか)


 邪念を振り払うように首を横に振って、思考を切り替える。

 考えるな、自我を保て。


 最後に残ったメタルスライムを切り伏せた後、儂は小太刀を鞘へ納刀した。

 そして、いつもの流れと言わんばかりにメタルスライムの粘液については花宮ちゃんが回収していく。


「ちょっとドロップ品は回収しますねぇ~」

「うむ。頼むぞ花宮ちゃん」

「……麻衣ちゃんって呼んでも良いんですよぅ?」

「……よ、呼ばんっ」


 花宮ちゃんは儂の頭をポンポンと撫でながら、そう呼びかけてきた。

 皆して儂を子ども扱いしおって。これでも64歳男性、長い月日を生きてきた冒険者であるぞ。



 初日の反省を生かし、メタルスライムの出現が認められなければ早々に次の階へ向かう、という行動計画に変更していた。

 そうでもしなければいつまで経ってもレベルが上がらないからだ。


 琴ちゃんからの提案であったが、特に否定材料も見つからなかった為に儂らはその意見に賛同した。

 何やら、琴ちゃんは焦りを感じているように見えなくもない。


 

 ……彼女なりに、色々と思うことがあるのだろう。

 レベリングを行える機会など、この研修を逃せば来年になってしまう。


 別に来年でも問題は無いのだろうが、琴ちゃんからすれば自由に行動できる機会が先延ばしになってしまう。

 自由に好奇心を発揮できる環境こそ原動力である琴ちゃんにとって、1年という月日はあまりにも長い。


 ……と、それらしい言葉で彼女のフォローを行ったが。

 結局のところは、琴ちゃんのワガママである。

 

 

 ……まあ、レベルアップを行うことが儂らにとってもメリットとなるのは確かであるが。

 業務活動という視点から見ても、高レベルであるほどに受けることのできる仕事の幅が増えるというのは、ありがたいことである。

 

「イナリちゃんも結構レベル上がったんじゃないですかねっ」

「む……そうじゃの。儂も一度確かめてみるかの」

 

 3階層の視認できる範囲のメタルスライムをあらかた屠ったところで、琴ちゃんはそう提案してきた。

 なるほど、彼女の提案に異論はない。

 

 本日だけで、メタルスライムを10匹は狩っただろうか。

 琴ちゃん魔法というのは、名前こそ終わっているが戦闘面においては有用に働いた。彼女のサポートあってこそ、ここまでスムーズに戦うことができたと言っても良いだろう。

 ……まあ、彼女を調子に乗らせてはいけないので、面と向かっては言わないが。

 

 

 本来の研修会場とは異なり、ゴブリンやスライムと言った通常の魔物も同時に出現するという環境が、かえって琴ちゃん魔法を有効に活用できる状況を生み出していた。

 

 弾丸となるゴブリンを確保することが出来る。

 魔素を付着させることのできるスライムの粘液だって、その場で調達可能。


 言語化すればかなり酷い魔法発動条件ではあるが、実用性に優れている以上儂は何も言えない。

 実際に琴ちゃんのおかげで撃破効率も高まっているからのぅ……。


 それに、昨日琴男と軽く交わした言葉が脳裏を過ぎる。



 ——お前らの身体は、“異世界の産物”だ。レベルが上がるほどに、異世界に近づく。その身体の記憶が、取り戻されるはずだぜ。思い出した時は……いや、その時になればわかるだろうよ。



 と、言っていた。

 ちらりと琴男に視線を向ければ、彼はばつが悪そうにそっぽを向いた。


「……ぬ?」


 その仕草が何を意味するのかは分からない。

 だが、ひとまずは現状把握を優先するとしよう。


 

 ……心のどこかに。

 琴男の姿へと、激しい嫌悪感を抱いている自分がいた。

 そんな自分を無視しながら。

 


 ついで、帯に結び付けた巾着袋に触れる。

 その中から、儂らの存在証明となる冒険者証を取り出した。

 

 儂は冒険者証を眼前に持ち上げ、それから冒険者共通の合言葉を唱えた。


「ステータス・オープン」


 すると、眼前に“幻惑魔法”を介してステータス画面が構築されていく。

 特にメカニズムについては把握していない方が精神衛生上は良いのかもしれないのだろうが。黎明期においては……状態異常魔法を使った技術というのに、偏見を持った冒険者も多かったのでな。

 

 【イナリ】

Lv:24

HP:174/174

MP:25/105

物理攻撃:121

物理防御:100

魔法攻撃:74

魔法防御:120

身体加速:230



「……ステータスの上り幅が酷いのぅ」


 正直な本音を零しつつも、儂は全員へとステータス画面の共有を行う。

 そのステータスを確認した恵那斗も、困ったように苦笑いを浮かべていた。


「……思ったよりも上がらないわね。“身体加速(素早さ)”だけは高いのだけれど」

「ぬぅ……力で押すことが出来んのは厳しいの」


 正直なところ、相当に厳しいステータスの伸び方だ。

 これでは男性時代のように、物理攻撃をフルに生かした一撃必殺を放つことが出来ない。


 やはり、全てを万遍なく手に入れようとする方が傲慢なのだろうか。



 儂は縋るように、琴ちゃんへと視線を送る。

 彼女は物思いに耽るように、儂が送信したステータス画面をまじまじと見つめていた。


 琴ちゃんの突拍子もないアイデアなら、儂のステータス傾向から新たな戦い方を模索してくれるのではないか、と。

 

 しばらく間を置いたのち、彼女は「うん」と頷いた。


「なるほど、なるほど……面白いことができるかもしれないですね。イナリちゃんほどの身体加速を持つ冒険者、初めて見ました」


 琴ちゃんはまじまじと興味深そうに顎に手を当てる。

 思慮深い彼女はじっとステータス画面に目を向けつつも、ぶつぶつと何かを呟いていた。


 それから、じっと儂へとつぶらな瞳を向けてきた。


「それに……イナリちゃん、どうですか? “狐火”は出せそうですか?」


 ……“狐火”?

 一体それはどういう魔法だ、使えるわけが無かろう、とすぐに否定しようとした。

 だが、そんな意思とはよそに儂の口は動く。


「……使えるぞ」


 この白狐の身体が、それを肯定した。


 どういう訳か、儂にはそのような能力を使えるらしい。

 当事者である儂が理解していないのは不思議な話ではあるが。


 ……しかし、心当たりはある。

 琴ちゃんにも似たような状況が起きていたからだ。


 琴ちゃんがパパと呼ぶ、三上 健吾の命が奪われた時。彼女に誰かの意思が宿ったかと思うと、突如として三上の命は取り戻された。

 儂自身も理解していない、この身体の力が実在するのだろう。

 

「なるほど、分かりました」


 儂の返事を聞いた琴ちゃんは、コクリと頷く。

 それから、突拍子もない提案をしてきた。


 笑顔で。


「イナリちゃん」

「ぬ?」

「イナリちゃんは……弾丸になるつもりは、無いですか?」

「え、嫌じゃが」

「え?」

「えっ」


 儂にゴブリンショットの弾丸になれと言うのじゃろうか?

 遠回しに死ねって言われているようなもんじゃが。


 え、何じゃこの子。

 怖い。

 物騒。


 ナチュラルな笑顔で言うもんじゃから、怖すぎてちょっと涙が出てきてしまった。

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