第186話 狐火
「ぬぅ、ステータスの上り幅が悪いの……」
メタルスライムと邂逅する度に、イナリちゃんに積極的に経験値を譲るようにしています。
ですが、成長したステータスを確認したイナリちゃんは渋い顔を浮かべていました。
「ほれ、お主らも見てみぃ。役割を考えねばならんの」
それから、私達にもステータス画面を共有。現在の進捗状況について共有します。
【イナリ】
Lv:15
HP:148/148
MP:64/76
物理攻撃:68
物理防御:75
魔法攻撃:57
魔法防御:69
身体加速:124
ふむ、ふむふむ。
……確かに、上がり幅としては私と恵那斗よりも、極端に偏っていると言わざるを得ませんね。
「本当にスピード特化、という感じね……」
「ぬぅ。これでは思うように火力が出せんぞ」
イナリちゃんは不服そうにぼやきながら小太刀の柄を触りました。
1階層ではロクな魔物が出なかったので更に階段を下りました。
なので私達は今、地下2階層で魔物の索敵を行っています。
2階層であれば、まだ大幅なモンスターテーブルの変化はありません。
強いて言えば、ゴブリンの団結力が強くなったのか、より多い群れで出現する可能性が高くなったことでしょうか。
……などと噂をすれば、お出ましですね。
「ギッ」「ギィ」……。
などと、いつもの如く嗜虐性溢れる鳴き声を奏でながらゴブリンの群れが集いました。
今回のゴブリンはどうやら連携体制が取れているタイプのようですね。互いに目配せし合いながら、攻めるタイミングを計っているようにも見えます。
「まあ、必要そうなら言ってくださいねぇ〜」
「こいつらなら大丈夫だろ」
麻衣ちゃんと琴男と言った、年齢詐称組はほとんど保護者ポジションです。後方に下がって、静かに私たちの戦いを見届けていました。
その場にはいるんですけど、レベリング活動には不参加なので、実質いないような扱いです。
まあ2人が戦闘に参加しちゃうと経験値がこっちに回ってこないので。順当です。
イナリちゃんは狐耳をピコピコと躍らせ、そして尻尾を大きく揺らしました。
私達の方を見上げつつ、静かに一人で前に出ます。
軽く左手を横に伸ばし、私達の行動を牽制しつつ話しかけてきました。
「すまんの。今回は儂に任せてくれんか」
「ん、イナリちゃん?」
「ちぃとばかり、ステータス上昇の恩恵を確かめたいのでな?」
そう静かに、諭すように語ってきました。
ですが私は気づいていますよ。
「ようやく真っ当に戦えるかの~♪」
イナリちゃんも、久しぶりにある程度戦えるステータスへと戻ったことが嬉しいのでしょうね。
ステップは軽いですし、鼻歌歌っちゃっていますし。何なら尻尾も大きく揺れています。
なんというか可愛らしい生き物です。
私と恵那斗はちらりと視線を交わしました。
「イナリちゃんご機嫌そうでよかったね」
「ええ。しばらくは彼女のやりたいようにさせてあげましょう」
「ねー」
まるで子供のように扱われていることに気付いたのでしょうね。
私達の会話を聞き取ったであろうイナリちゃんは、少しだけ頬を膨らませていました。
「む、ぬぅ。子ども扱いするでない……」
そうぼやきながらも、イナリちゃんは腰に携えた小太刀を鞘から引き抜きました。
ぎらりと光る刃が見えた瞬間、相対するゴブリンの瞳に滲む警戒の色が強まります。
こんだけボコりがいのあるサンプルを目の前にして、琴ちゃんはお預けを食らっています。
うーん、やっぱり私に譲ってくれませんかねぇ。
琴ちゃん魔法、もう少し開拓したいです。
最近ですね。琴ちゃんにはアイデアの欠片が生まれたんですよ。
なので隙あらば実験したいんですけど。
ですがそんな私の胸中など知る由もないイナリちゃんは、小太刀を引き抜きながら静かに唱えました。
「……“身体強化”」
次の瞬間には、イナリちゃんの全身を纏うように金色の光が淡く纏い始めました。
“身体強化”。
時折話には触れる機会の多い魔法ですね。
骨格筋の収縮を助ける魔法、と説明するのが早いでしょう。筋繊維の密度をより集中させることによって、人為的に超人体質に近い状況を作り出すことができます。
厳密に言えば、この“身体強化”という魔法は雷属性に分類されます。筋肉を意図的に収縮させるのだって、雷属性の基本魔法である“雷撃”の応用だったりします。
私達の中では基本的に“雷撃”の使い手はいませんね。強いて言えば、雷属性を主体として立ちまわっていた三上パパが使えたんですけど。
琴ちゃんウェポンの機能をフル活用した“琴ちゃんスラッシュ”がちょっと近いかな? というくらいです。
結構魔法ってメカニズムで紐解くと奥深いんですよ。
状態異常魔法も、バフ魔法も。人体解剖に沿って構築されるものです。
そして“アイテムボックス”に代表されるような魔法の会得難易度が高いのは、現代知識の応用が何一つ効かない。いわば、ダンジョン特有の概念のみでしかメカニズムの説明が付けられない技術だからなんですね。
……どうして、私に“アイテムボックス”を教えてくれた清水先輩。彼は“アイテムボックス”を会得できたのか。という疑問が出てきてしまいますが。
やめましょう。今の話はそこにありません。
話を戻します。
“身体強化”が付与されているというのは可視化がされやすいもので、全身に金色の光が纏い始めるんですね。
私が扱う魔法である“魔素放出”における白銀のオーラと対比みたいになっていますが、偶然です。
元々が雷属性なので。放出した紫電の欠片が大気中に乱反射した結果、金色のオーラに見えているだけです。なので今のイナリちゃんに触るとピリピリしますよ。スーパー銭湯の電気風呂くらい。
「ほっ」
そんなイナリちゃんは低く姿勢を構えたかと思うと、勢いのままに大地を蹴り上げました。
元々が小柄な身体なので、どれだけ強く蹴り上げようとも軽い足音しか響かないんですけどね。子供用スニーカーの可愛らしい足音と共に、イナリちゃんは瞬く間にゴブリンへと距離を縮めます。
「ギッ……」
「お主も“ゴブリンショット”の弾丸にはならんか?」
イナリちゃんは肉薄した身でそう囁いたかと思うと、抜き身の小太刀で真横一文字に切り払いました。
切り裂く銀色の軌跡は、ゴブリンの喉元に刻まれます。
「ギ? ギ……」
自らの喉元に刻まれた異変を感じ取る前に、ずるりと血液が滴ります。正常に換気を出来なくなった気道から漏れ出す空気が、ゴブリンの血液中から酸素を奪っていきます。
「ギ、カッ……」
どしゃりと崩れ落ちるゴブリン。
イナリちゃんはそれを見届ける前に、既にその場から離れていました。
ひらりと翻す小柄な体。長年積み重ねてきた熟練の技術は、幼い女の子の身体となっても腐ることはありません。
「ほれっ」
1体。
「温いの」
2体。
「儂の敵ではないのぅ」
3体。
イナリちゃんが駆け抜ける度に舞い散る鮮血。ですが彼女はその鮮血が飛び散る頃には既にその場を離れています。
まるで全てを予期したような立ち回りには、ゴブリンは適応することが出来ません。
その立ち振る舞いは、低ステータスであることを忘れさせるほどに鮮やかです。
瞬く間に仲間全員を屠られたゴブリンは、歯をガチガチと震わせながらイナリちゃんを睨んでいました。
「ギッ……ギィ……」
本来、ゴブリンというのは臆病な性格なんです。優れた存在である上位種となれば話は別なんですけどね。
自分の存在が矮小で、情けない存在を心のどこかで自覚している。ですがそんな不安を群れることによって誤魔化しているのが、ゴブリンという生き物です。
群れることで優位だと勘違いしているんですよ。
ですけど、仲間達を屠ってしまえばなんとまあ……情けない仕草なんですかね。
腰は引け、震えた両手でゴブリンダガーを握っています。
イナリちゃんはそんなゴブリンへと、静かに歩み寄りました。
小柄な体躯ながら、その全身からあふれ出る気迫。彼女の背後には、まるで巨大な怪物が宿っているようにも見えます。
「群れることを間違いとは言わん。じゃが……個を磨くことを怠れば、こうなることは自明の理であったろうに」
それからイナリちゃんは、静かに小太刀を高く振りかざしました。
最後に残ったゴブリンへと、救いとも取れる一撃を解き放とうとしているようです。
ですが、次の瞬間でした。
「……ぬぅっ……?」
「ん? イナリちゃん?」
イナリちゃんは訝しげに顔をしかめました。
ですがそれは束の間のことでした。
「……」
突如として、スイッチが切り替わったかのように人が変わりました。
大きな変化があった訳ではありません。
ですが確実に、空気だけが変わったんです。
それからイナリちゃんは、静かに口を紡ぎました。
どこか、あどけない少女の声で。
「——“狐火”」
——それは、聞いたことのない魔法でした。
イナリちゃんを取り囲むように、青白い炎が浮かび上がります。
——それは、魔法では発現しない炎の色でした。
イナリちゃんはまるで導かれるように、静かに小太刀を振り下ろしました。
彼女の動きに従って、“狐火”と称する魔法は弾丸の如くゴブリンへと降り注ぎます。
「……散れ。哀れなる命よ」
まるでイナリちゃんから発せられたとは思えない、静かな言葉と共に放たれた“狐火”。
「ギッ——」
青白い炎は、ゴブリンを飲み込みます。
苦悶の声すら上げることも出来ず。喉元を焼かれ、掻きむしるように両手を喉にあてがっていました。
手に持ったダガーが床に零れ落ちます。
近づく死の動作を、イナリちゃんは冷ややかに見据えていました。
「……一体、これは……」
突如として引き起こされる不可解な現象に、その言葉だけをかろうじて発することが出来ました。
異世界関連の現象であることを理解した私には、好奇心よりも不安の方が強くなってしまいます。
少なくとも、今ゴブリンと対峙しているのは私達の知るイナリちゃんではありません。
彼女は一体……何なのでしょうか。
……っと、いけませんね。
知る材料なら目の前に存在しているではありませんか。
「あのっ、あなたは……っ」
急いで私が、イナリちゃんに憑依している“何か”への接触を図ろうとした時でした。
彼女はちらりと私の方へと振り返り、「はて?」と言った表情で首を傾げました。
「……ぬ? 琴ちゃんや、どうしたのかのぅ?」
「……へ?」
「なんというかの。一瞬意識が飛んだような気がしたんじゃが……ぬぅ」
その時にはすでに、イナリちゃんに憑依していたなにかは姿を消してしまっていました。
私の前に対峙しているのは……イナリちゃんという、ただ可愛くてすごいだけの冒険者。
“狐火”などという不可解な魔法を解き放った人物ではありません。
「……」
私の幻覚・幻聴だったのでしょうか?
そう思いましたが、現実としてそれは存在していたようです。
ちらりと視線を送れば、存在するのは横たわる黒焦げのゴブリンの死骸。
少なくとも私の“炎弾”では、このように黒焦げにすることは出来ません。消し炭になら出来るんですけどね。
毎度毎度、こんな実験台にさせられるゴブリンが可哀想でなりません。ちょっと面白いですけど。
イナリちゃんは「うーん……」と納得がいかなさそうに首をひねっていました。日に日に子供ムーブが似合う女の子になりつつありますねこの子も。
「……いよいよ、花開く……か」
琴男は私達の様子を見守りながら、そうボソッと意味深な言葉を発していました。
私達に何かしらの解釈をして欲しいんでしょうけど、私がいる限りそういう雰囲気を保てないのは分かっていますよね?
単にカッコつけたいだけらしいです。
花開くも何も「体に秘められた力が残されている」みたいなことを言ったのは琴男ですからね。
すっとぼけるのも大概にして欲しいです。
まあ私もすっとぼけることはありますけど。えへへ。




