第171話 ロマンがゴミ
「……魔法使い研修会場よりも……何だか、わくわくしない」
「琴、思ってもそういうことを言わないの」
「えーっ。だって、だって……」
さて、私達は電車での長旅を経て、レベルアップ研修会場へと到着致しました。
日本全国にて同時期に開催される、大規模イベントとも言うべきレベルアップ研修。
研修という名目こそ付いていますが、冒険者という職業につき、日々魔物と戦っている私達にとっては一大イベントです。
魔物討伐業務を行う上で、今回の研修には冒険者の積極的な参加を推奨されています。
と言うのもレベルアップし、ステータスが向上すればそれだけ今後の業務が捗るからなんですよね。どの企業も納品効率が最優先みたいなところはあります。
黎明期では冒険者側が主体となってレベルアップを積極的に行っていたものですが、現代ではどちらかというとギルドの方から推奨されるようになっています。
レベルの高い冒険者を数多く確保している、というのはギルドにとっても宣伝効果となりますので。
現在はイナリちゃんとなった、金山さんを手放したギルドというのは本当に惜しいことをしていると思います。神童というレッテルよりも、断然価値のある冒険者ですよイナリちゃんは。
まあ、少しだけ現実の話をするとですね。
冒険者が「レベルを上げたい!」って主体的に参加するのは良いんですよ。ですが、相手から「レベルを上げろ」強要されると何だかやる気って無くなりますよね。
なので、昔よりもレベルアップに意欲的な冒険者というのは少なくなった印象があります。うーん、時代……。
たまに部長が「最近の若者はレベルを上げようとする意欲が低いよ。なっていない」と嘆いています。
やめましょう、冒険者はロマンある職業で無くてはならないんです。夢をぶち壊すな。
狩られる対象であるメタルスライムからすれば、狩られる機会が少なくなってラッキー!なのかもしれませんが……。
なんというか、創作と現実ってやっぱり違いますよね。私達が思い描いた空想はどこにもありません。結局は社会人です。ぶっちゃけカスです。
……ダメですね。
つい職場に対する愚痴がこぼれてしまいます。琴ちゃんは悪くないです。
どれもこれも社会が悪い。社会のせいだっ。
ついつい愚痴が零れる原因は明らかです。
目の前の研修に使われる予定の宿泊施設が悪いんです。
だってですよ。
私達だけ、隔離される形とは言え。
これはあまりにもじゃないですか。訴えるぞ全日本冒険者協会。
「……何ここ。お化け屋敷?」
研修会場は宿泊施設の隣にある、洞窟型のダンジョンです。
もうその時点でテンションは駄々下がりです。琴ちゃんと相性が良くありません。はっきり言ってゴミです。
“琴ちゃんキャノン”はこの時点で厳禁となりました。酸素が燃え尽きてしまうので。楽しくない……。
そして、ダンジョンの隣に立つのは恐らく冒険者が宿泊できるように建てられた、木造建築の宿泊施設です。
窓ガラス越しに、こぢんまりとした大食堂が見えます。入口は広く作られており、開放的な空間には見えます。
ですけど、何というのか……古くさいんですよ。年期を感じさせる木製の柱は風化しており、ところどころに削れた跡がありました。大丈夫ですか、この施設。
施設の入口には「冒険者専用施設」と、時代を感じさせる可読性重視の看板が立てかけられています。洗練なんて単語とは一切無縁です。
終わった。終わりました。
ロマンがゴミです。
周囲のどこを見渡しても、来た道以外は木々に囲まれています。生い茂る草原こそキチンと整備され、コンクリートで舗装こそされています。
ですけど、そのコンクリートの舗装も最後にしたの、何年前ですか?ってレベルでボロボロです。ヒビは入っていますし、何ならその隙間から雑草が伸びています。逞しいですね。引っこ抜きたいです。
「琴の表情が灰色になってるわね……」
「何一つロマンを感じない……」
恵那斗が私の表情を見てそんなことを言ってきました。
多分、私の感情を表現する上で適切な言い回しだと思います。
私の全身を真っ白に塗り替えて、線で表現された影だけ残っているような絵面になっていると思います。今の私。
うーん、大事な研修なんですけど帰りたくなってきました。
そんな私を差し置いて、琴男が一足先に宿泊施設へと入っていきます。
彼の隣に並ぶように、イナリちゃんもちょこちょこと小走りで移動しています。
「どうせ5日の辛抱だろ。最低限の宿泊機能があるのなら俺は文句言わねえよ」
「ふむ。そうじゃの、儂も別に苦ではないわい」
「段差に気をつけろよ。子供の身体じゃあ感覚も違うんだからさ」
「ぬぅ! 琴男君まで儂を子供扱いしおってに……」
「当たり前だろ。自分の身体のリーチくらいちゃんと把握しろっての、アンタなら十分に重要性くらい理解してるだろ」
「……ぬ」
軋む木目の床を踏みならしながら、姿を消していく2人。
さすがにここまで来た以上、私達も行かなければ話が進みませんね。
モチベーションは上がりませんが。
「恵那斗、行くよ」
「顔が死んでるわよ……」
「魔法使い研修の時はもっとさ、すごかったんだよ。何でもあったのに……」
「元々使う予定じゃなかった会場なんだから、仕方ないじゃない」
「お兄ちゃん……ホントふざけないでよ……」
文句をぶー垂れながら、恵那斗と研修会場に足を運びます。
恐らく、全国各地の一般的な冒険者は豪勢な研修会場でレベリングを行っているんでしょうね。
あー羨ましいな。良いですよね充実した環境下で堅実に力を付けることが出来て。
琴男め。
研修予定会場の魔物を勝手に刈り尽くしやがって、許せん。
にしてもどうやって、防犯カメラとか見張りの人とか配置されている研修会場に潜入したんでしょうね?"身体強化"の魔法を使うだけでは明らかに出力不足です。
というか、私はロマンを突き詰めて”魔素放出”で身体能力を強化させる手段を選んだので、そもそも”身体強化”を会得していません。
琴男だって、ずっとぼっちだったんですから会得するきっかけすら無いはずです。
コスパ良く、尚且つ効率の良い身体強化技術を新たに会得したとかですかね。私に教えてくれませんか、それ。
ちなみに琴ちゃんコラムとしてお話ししますが、"身体強化"とは筋肉の密度を意図的に収縮させることをメカニズムとしています。
人為的に超人体質を作るんですね。
なのである程度”身体強化”を極めれば、かなり強力な身体能力を会得することが出来ます。黎明期の時代には"身体強化"を付与しすぎて、戦闘中は外見が棒人間みたいになっている冒険者だっていましたし。おもろ。
という訳で本題に戻ります。
渋々、琴男とイナリちゃんの後を追うように私達もダンジョンに併設された宿泊施設へと足を運びました。
多分私達より先に付いているはずの、全日本冒険者協会所属の麻衣ちゃんを待たせても悪いですからね。
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既に玄関口には琴男のスニーカーと、イナリちゃんの子供用靴、それに少し高そうなブーツが並べて置かれていました。
和服ですけど、イナリちゃんは下駄を履きません。下駄と言えば、サンダルフォンですね。え?違う?
まあ、そんなことはさておきましょう。
良くも悪くも、外観通りです。意外性なんてどこにもありません。
不思議空間に繋がって、豪華絢爛な装飾が施された場所に……とか無いんですか? あまりにもロマンが欠乏しています。
いつの時代から残っている建物なのでしょうか? 風化した木目が削れて、塗装がはげています。私は147cmとか言う低身長なので問題ありませんが、180cm近い恵那斗は時々天井に頭をぶつけそうになっていました。
天井が低いです。現代だったら考えられません。昔の武士が小刀を持っていたというのも納得の狭い建物です。
「……油断するとすぐに頭をぶつけそうだわ」
「気をつけてね。お兄ちゃんならどれだけ頭をぶつけて良いんだけど」
「さすがに可哀想よ」
恵那斗は優しいですね。琴男なんてイレギュラーな存在なんですから、別に雑に扱ったって良いんですよ。
魔王なんて明らかに悪そうな存在、どれだけこき使ってもセーフです。さあキビキビ働けよお兄ちゃん。
まあ歴史を感じますし、どこか懐かしい気分にはなります。おじいちゃんの家に来た時みたいです。
周囲を見渡せば、ダンジョンの歴史を纏めた書物が1カ所に並べられているのが見えました。かと思えば、台所だって完備しています。
まるで歴史館と民宿が1体化したような施設ですね。
あ、将棋盤置いてるの見えた。でもゲーム機とかは無さそう。
一応私は、魔石も持ってきましたし、アイテムボックスの中に娯楽セットも完備してきたので時間潰しの対策だってバッチリです。持ってきて良かったー。
えっ?「全部”アイテムボックス”に入れればそもそもスーツケースとか持ち歩かなくて良くないか?」って?
……そうですね。 ”アイテムボックス”の中がゴミ溜めみたいになってなかったら、私だってそうしていました。
全部ひっくり返して良いんだったら、やりますけどね?
嫌でしょ。宿泊施設がゴブリンの死骸で埋め尽くされるの。地獄絵図の完成です。
……さすがに、研修会場をゴブリンの死骸で埋め尽くすことがあってはいけません。
以前と違うのは、恵那斗やイナリちゃんといった、私の見張り番が何人もいることです。
個室に逃げ込んで“魔力枯渇症候群”でへべれけになることはもう出来ません。……なんですかその目は。琴ちゃんはポーションが嫌いなんです。レベルが上がってMPが増えたので、最近はポーションのお世話になる機会が減ってきました。嬉しい。
「強敵と戦う」というのは「MPをごっそりと使わないと勝てない」ということでもあるので。そういう意味でも、私は強敵と戦いたくありません。
小児用ポーションを私にも恵んでください。イナリちゃんばっかりズルいです。
まあ、そんな愚痴はさておき。
宿泊施設の各部屋を巡っていると、見知った尻尾が見えてきました。
やっぱり存在感が明らかに違いますね。ウェーブを描くように、左右に揺れているのは金色の尻尾です。
「あっ、イナリちゃん居た」
「ぬ、琴ちゃんと恵那斗君か」
「お兄ちゃんは?」
「そこで倒れておるぞ」
「ん?」
なんというか、イナリちゃんの視線が呆れかえっているような気がします。はて、何があったのでしょうか。
それから私達の関心を誘導するように、イナリちゃんはある方向へと視線を向けました。
ですが廊下の壁に視界を阻まれて、イナリちゃんの示す方向が分かりません。なのでひょこっと部屋の中へと顔を覗かせます。
そこには。
「……いってぇ……」
頭を押さえて蹲っているお兄ちゃんが居ました。
はて? 何をしたのでしょうか。
身長が180㎝近い恵那斗が当たるか当たらないか、くらいの天井の高さなんです。170㎝前半の琴男では天井に頭をぶつけることは無いはずなんですが。
そんな疑問を悟ったのでしょう。イナリちゃんはわざとらしく大きなため息を吐きました。
「そこの馬鹿がの。“天井に手が届くんじゃないか”と好奇心をひけらかしての。軽くジャンプしてみたんじゃ」
「あー、うん。分かります」
「分からないでよいわい……。でな、琴男君と言えばの、ダンジョン外でもMPが使えるじゃろ」
「……なるほど。バカですね、お兄ちゃん」
「こんな妹にまで馬鹿扱いされる琴男君は不憫じゃの」
そう言って、呆れかえったようにイナリちゃんはそっぽを向きました。
あれ?
なんだかシームレスに私の悪口に移行しませんでしたか!?
誰が“こんな妹”ですか。
ムカついたのでイナリちゃんの耳を揉みしだいてやりました。
「んひゃあ!」
という可愛らしい悲鳴と共に、顔を真っ赤にしてこっちを睨んできました。うんうん、目元が潤んでいて愛らしいです。
ダンジョン外でMPが使えること。
つまり、ダンジョン外でもステータス強化効果が得られるということです。
で、琴男と言えばレベルが100を超えた、相当に優秀な冒険者なんですよ。ムカつくけど事実です。本来は私が持っていたはずの名誉だったんですけどね?
なので当然。加算されるステータスだって、相当に大きいはずです。
……ジャンプ力を誤りましたね。
どんまい、お兄ちゃん。
ちょっと撮らせてもらお。スマホのカメラロール行きです。




