第170話 オッサン共
さて、お久しぶりの琴ちゃん解説をしますね。
長らく解説することが無かったので、何を話していいのか分かりませんがっ。まあ、話している内に主題が見えてくるでしょう、と言うことで琴ちゃんは取りあえず語ってみるんですよっ。
それが琴ちゃんの流儀です。何かアクションを起こして、リアクションを受け取らなければ何も始まりませんから。
いよいよ、待ちに待ったレベルアップ研修。一部のお熱な冒険者からすれば待ちに待った祭典のような研修です。
リポップの関係から、年に一度しか開催されません。
このような研修が作られるに至ったのは、とっても面倒な事情があったからです。
と言うのもですね。まあ、シンプルな理由ですよ。
そりゃあ、経験値が沢山手に入る魔物ばかりが出るダンジョンなんて、誰もが籠もりたいものじゃないですか。乱獲したいものじゃないですか。
黎明期のダンジョン攻略することが、冒険者の格を決定づけていた時代ですよ?そりゃあダンジョンの中でモンスターの奪い合いです。
まあ、経験値が沢山手に入るモンスターというのは、メタルスライムという金属に近い粘液製の皮膜に被われた個体のことを現しているのですが。1年単位というリポップの関係から、ある程度刈り尽くしてしまうと終わりなんですよ。
そんな限られた個体の経験値を独り占めしようと、まあ冒険者間で争い合いました。
で、何が起こるかというとですね。
考えてみてくださいよ。
限られた魔物に対して、冒険者の数はすごく多いんです。
はい。
お互いに冒険者の数を減らそうとしました。
つまり殺し合いです。
物騒です。おい法律仕事しろ。
どうせ冒険者が死んだところでダンジョンに取り込まれてしまうので、殺人の証拠さえも残りません。
なので殺して母体数を減らすことは、ある意味理に適った行動でもありました。
歴史には残らない、冒険者界隈の闇です。当然現代の教科書には残っていません。
研修前に渡されたパンフレットにも「より集中して経験値を獲得できるようにする為、年に一度の研修として開催するに至りました」みたいなことしか書いていませんからね。あっっっっっさい文章。
歴史の闇に屠られた裏話です。綺麗な社会の裏側というのはいつだって泥臭いものです。
私だって、そりゃあ経験値を効率よく稼げるのなら……と思って、研修会場になる前に潜ったことはありましたよ。
ですけど、冒険者人口の多かった黎明期においては、正直……普通のダンジョンに潜っている方が経験値効率は良かったです。
まあ他の冒険者に命は狙われるわ、足止めのトラップは仕掛けられているわ、はっきり言ってストレスでしたね。
琴ちゃんは思うんですよ。
綺麗事ほど、この世で最も汚い言葉は無いって。
綺麗な見た目で飾られたものほど、薄暗い何かを内包しているものです。
そしてその実は、当事者しか知る由が無いのです。世の中、そんなもんです。
ま、薄暗い話はこれくらいにしましょう。
過去を語ることほどつまらないものはありませんから。
それよりも今ですよ今!
メタルスライムというのは、弾性に富んだ金属性の身体を上手にコントロールできないんです。
なので真っ直ぐに飛んだと思ったら明後日の方向にどっかへ飛んでいっちゃいます。私達の攻撃を予知して、回避しようとすればどこかへ消えていきます。
どうやら通常個体よりも、大気の流れを感じ取る能力に優れているらしいんですよね。そう言う部分も含めて、たちが悪いと思います。
ゲームだとよく「メタルスライムは 逃げ出した!▼」という表示が出ると思います。
ですが現実のメタルスライムは逃げているという自覚すらありません。自分の身体をコントロールできないので、気付いたら私達の前から姿を消しているだけです。
儚い存在ですね。いざ言語化するとシュールで面白いです。
でも油断すると私達の方向に飛んできます。鼻に当たるとめちゃくちゃ痛いので、そこは気をつけなければなりません。
私も昔、メタルスライムの突進攻撃で鼻を骨折したことがあります。真っ赤なお鼻のトナカイさんになりました。
顔面はNGですよ。顔面セーフとか、ドッジボールじゃ無いんですから。
……さて。
前置きが長くなってしまいましたね。
どうやら、今回レベルアップ研修合宿を行う場所というのは、少し僻地のところにあるみたいです。
私達……特に、イナリちゃんの存在は表に出せません。
狐耳と尻尾が存在感を如実に示している影響で、あんまり大々的に動けないんですよね。おじいちゃんの生活に支援が必要な理由です。
イナリちゃんがパーティとして参加していない日はその限りではありませんが、今回の研修では話が違ってきます。
と言うわけで、私達は今。
都心部から離れた場所へと、電車で向かっています。
駅を跨ぐにつれて、電車内から人が消えていきます。車窓からはビル群が消え、やがて草木の生い茂る景色のみが残りました。
気付けば、電車内には私達しか残っていませんでした。
「私達だけ追い出された気分……」
「まあ、訳ありだものね」
「悪いことしてないのに、何だかのけ者にされた気分だよ」
運転手以外誰も居ないのを良いことに、ぽつりと自らが置かれた境遇に対して愚痴をこぼします。恵那斗はそんな私の愚痴を拾いながらも、苦笑いを浮かべつつフォローの言葉を入れてくれました。
そんな状況を生み出してしまった原因とも言えるイナリちゃんは、明らかに申し訳なさそうに俯いてしまいました。
「ぬぅ……すまんの。儂のせいで……」
意味も無くイナリちゃんを責め立てるつもりでも無かったので、私は慌てて彼女のフォローに入ります。
「あ、え、ごめんなさいっ。そう言う意味で言ったんじゃ無いですよっ」
「人間の形を保てれば良かったんじゃがの……呪いというのは非常に厄介じゃわい。ううむ……」
うう、責任を押しつけるつもりは無かったのですがイナリちゃんの元気がなくなっちゃいました。
キャスケットとリュックサックに隠れて分かりませんが、狐耳と尻尾もしおれてしまっていると思います。
ちなみにイナリちゃんはリュックサックが嵩張るので、今はドア近くに配置された手すりへと捕まって立っています。テンションが下がったイナリちゃんは、まるでいじけた子供みたいですね。
この頃、64歳おじいちゃんの面影が最近はどこかに消えている気がします。
異災で家庭を失ったのはイナリちゃんも同様なので、家族というものに安心感を覚えている……と言うのもあるのかも知れませんが。
他人からの評価に、知らず知らずのうちに精神が変わっているのかも知れないですね。
私も人のことは言えませんし。
私だってもう、認めざるを得ませんからね。
女性の精神に、かなりの割合で適応している自分がいますから。
そんなタイミングで琴男が現れたものですから、私は男性の精神へと戻る機会を失ったように思います。
まあ、さすがにいじけているイナリちゃんを放ってはおけません。中身はどうあれ、見た目としては幼い女の子なので。
あの。
先に言っておきます。
中身年齢のことは、一旦忘れましょう。
「イナリちゃん、おいで」
「ぬ?」
私は両手を広げ、イナリちゃんを誘い込みました。
するとイナリちゃんは「はて?」と言わんばかりに首を傾げてから、じっと私の顔を見てきます。
それから、小さな歩幅でよたよたと近寄ってきたかと思うと、私の胸元にダイブしてきました。
ダイブするというよりかは倒れ込む、という表現が適切ですね。ぽすんと布が擦れる音が響きます。
和服を着込んだイナリちゃんが、もぞもぞと私の胸元で動き回ります。ちょっとだけくすぐったいです。
「ん……すまんのぅ。何となくな、心細いんじゃ」
「大丈夫ですよ、分かってます」
「……落ち着くの……」
そんなイナリちゃんが愛らしいので、つい頭を撫でちゃいました。
イナリちゃんはいつもの如く耳が弱いので、私の手のひらが耳に当たる度に「んぅ……」という可愛らしい声と共に全身が硬直します。やはり嗜虐心のそそられる狐っ娘ですね。
まあやり過ぎるのも可哀想ですし、程々にしておきますが。
……これが64歳男性ですか?ないな……。
ゆあちーの気持ちが徐々に分かってきました。
これだけ愛くるしかったらイナリちゃんの実年齢とか、正直どうでも良いですね。癒やされます。
……という、私達の空気を一切読まない人物がいました。
彼は呆れた様子でため息を付きながら、皮肉たっぷりの言葉を浴びせました。
「おい、何してんだ47歳と64歳のオッサン共が」
「……ぬ……!」
向かいの座席に座っていた琴男が、呆れたように太ももに肘を立てて頬杖を突きながら、そう声を掛けてきます。
容赦ない言葉を浴びせられたイナリちゃんは、ばつが悪そうに怖ず怖ずと私から身体を離しました。それから、力なく項垂れたまま座席にぴょんと飛び移ります。リュックサックが邪魔なので、ほとんど縁に腰掛ける形になっていますが。
琴男は空気を読まないですね。
「お兄ちゃん、せっかくイナリちゃんを慰めてたんだから水を差さないでよ」
「俺が複雑な胸中になるんだよ。つか恵那斗も何か言えよ……」
まるで責任を押しつけるように、琴男は次に恵那斗へと視線を向けました。
琴男からすれば、元妻である恵那斗ですが。彼は穏やかな笑みを浮かべながら、私へと視線を向けました。
相も変わらず端整な顔立ちなので、やっぱりドキッとします。格好いいよね、恵那斗。
「まあ良いじゃない。琴は自由な環境でこそ輝くものよ」
「お前はとことん琴に甘いよな。もう少し厳しく行くべきだろ、こいつは」
「”お兄ちゃん”としては、やっぱり琴の将来が気になるかしら」
「……っあー……うるさいな。彼氏がちゃんとしろよ。ろくな大人にならないぞ」
「琴男が言うと、かなり説得力が出るわね」
「ぐ……」
恵那斗が皮肉を込めて、そう言い返すと琴男は黙りこくってしまいました。
ろくな大人にならなかったからこそ、冷め切った家庭環境を生み出す要因となった琴男。
その当事者である恵那斗からばっさりと切り捨てられては、もうどうすることも出来ません。
「あー」と力なく、琴男は空を仰ぐしか出来ませんでした。
なんというか、ギクシャクした関係ですね。
せめて外見上は男性同士なので、どうにか仲良くやってほしいものです。
そんなぐだぐだな関係のまま、私達はレベルアップ研修の会場へと向かっていきます。




