第169話 胸の高鳴り
ことちーがまた変な状況を作り出してた。
や、まあなんというか……いつものことだなあって思うけど、今回は次元が違った。
いや、何?
"女性化の呪い"に掛かる前の自分を連れてくるって。
どこからツッコめば良いんだろう。
えっと、“女性化の呪い”に掛かったのって47歳男性って言ってたよね?
連れてきた、田中 琴男さんという人……。
見た目が18歳とかそこら辺にしか見えないんだけど。
存在自体でツッコみポイントを増やすのはことちーと同じだな。
第一印象は「スカした中二病」って感じ。
一匹狼やってる俺格好いい、とか本気で思ってそう。距離感詰めるのに慣れてなさそう。
で、まあそんな琴男さん……は、模擬店ではしゃぎまくってることちーを遠目に見て嬉しそうに微笑んでた。
どこにでもなく……でも無く、どちらかというと隣に立っている私の反応を期待するように呟いた。
「なんというかな、琴が幸せそうにしてるだけで救われるんだよ」
「……琴男さんは、良い学生生活を送れなかったんですか?」
この質問を発してから、「聞いて良かったのかな」と小さな後悔が生まれた。
相手にとって嫌な気持ちを思い出させる質問だったらどうしよう、とシーソーで宙に浮いた時のような漫然とした不安がこみ上げる。
だけど、琴男さんは「ははっ」と吹き出すような笑みを浮かべた。
ちょっとだけ、子供みたいで可愛らしい笑顔だと思った。
「良い学生生活か、そうだな……いつもサボって、穴場だった準備室でずっとゲームしたりしてたな」
「……不良じゃないですか?」
「学校に迷惑を掛けてないんだから良いだろ。健全な不良だよ」
「不良に健全も不健全もないですよ……」
つい、溜め息が漏れた。
まともな返事が返ってこないところにことちーと共通点を感じる。こんな部分で「ああことちーと同じ価値観なんだな」という気分にさせないで欲しい。
多分、ことちーは悪ふざけで「お兄ちゃん」と呼んでいるだけなのだろうけど、まあはっきり言って似合ってる。
やりとりだけ見れば、本当の兄妹だ。
ことちー、自分の外見が可愛いこと分かってるみたいな節あるんだよな。元が男性だからかもしれないけど。
その可愛い部分を余さず利用していくのがことちーらしいというか、なんというか……。
ちなみにそんな可愛らしいことちーは模擬店をはしごしている最中、時々男子高校生から話し掛けられてた。
「あ、あのっ。君……どこのクラスの子?」
「んぇっ……あー……外部からです。この学校の人じゃないです、この制服も借り物です」
「外部の子なんだ……そ、その。良ければ、後でお茶でも……」
「お茶……あー。ダンジョンなら付いていきますけど……」
「ダンジョン?」
お願いことちー。余計なことを言わないで。ほら、男子高校生が訝しげに首を傾げてる。
しばらく間を置いた後、「大丈夫です」とか言って、そそくさと退散する男子生徒の姿が見えた。
ほら、ことちー。
他の生徒に天然爆弾であることをバレる前に戻っておいで。
せっかく楽しそうにしてるところを邪魔できないのは難しいところだね。うん。
琴男さんはそんなことちーの様子に、呆れた様子に溜め息を零す。
「……あいつの相手、大変だろ」
「え?」
まさか唐突にそんなことを聞かれるとは思わず、腑抜けた生返事を返すことしか出来なかった。
だけど、琴男さんは私の生返事を肯定と捉えたのか、その間違えた前提のまま話を続ける。
「あいつは、自分の感情の出し方が下手くそだった。異災で両親を失って、自分の感情表出の方法さえ分からなくなってな」
「……そう、ですか」
曖昧な返事を返すしか出来なかった。
彼は自覚していないのだろうか。
まさしく、田中 琴のベースは彼自身であることに。
自分自身の話を田中 琴という存在に置き換えて語っていることに。
だけど、話を遮る気にはならなかった。
ことちーが伝えることの無かった、価値観のベースに少しでも近づきたかったから。
さも自分が田中 琴とは別の存在であるという前提の元、彼は話を続ける。
「それまで自分勝手に生きてきたものだから、他人を頼るという選択肢も知らなくて。自分の存在によって、他人に迷惑を掛けるのが怖かった」
「……恵那、斗さん……とは?」
あえて、ことちーの奥さん――現在は彼氏である恵那さんのことを、”恵那斗さん”と呼び直す。
彼の中で、恵那さんは男性の姿へと認識が変わっているのだろうから。
ことちーの話の断片からつなぎ合わせれば、恵那斗さんとは男性時代にはあまり良い関係では無かったみたい。
きっと、恵那斗さんとまともに向き合う機会も持たないままに女性の姿へと変化したのだろう。
「……ふぅ」
琴男さんは静かに、仰々しく空を仰いだ。
……そういうところが中二病だと思うんだけどな。
「恵那……あいつには、散々悪いことをした。今になって後悔しても、もう遅いがな……」
「……」
ことちーの話をしているはずが、気付けば琴男さん自身の話に移行していた。だけど、あえてそれにも指摘はしない。
それよりも、気になるところがあったから。
まるで、恵那さんを亡き者として扱っていることに。
琴男さんの話に意識が向く度に、徐々に周囲の声が遠ざかっていくような気分となる。
賑やかな声の響き渡る文化祭における空気感の中、私達の居る場所だけが切り取られたような気分となる。
「恵那斗さんとは、まだ……会話出来ますよね?」
「恵那斗とは、な。恵那は……俺に寄り添ってくれた、あいつはもう。この世界にはいない」
「……そう、ですか」
「悪い、せっかくの華やかな日なんだ。土屋の気分を害したくない、これ以上は止めておこう」
私の表情を悟ったのか、琴男さんは申し訳なさそうな顔色を浮かべて口を閉ざしてしまった。
彼が俯いた拍子に、くせ毛の髪に目元が隠れる。口元は自嘲気味に歪み、それすらも隠すように私に背を向けた。
……恐らく、彼はことちーの影のような存在なのかな、と思った。
全ての人間関係は、ことちーの元へと集約したからだ。
ことちーが“女性化の呪い”になったことを、周囲の人々は受け入れた。
しかしその一方で、どう言う経緯なのかは知らないが……遅れて琴男さんがこの世界に現れた。
その時には既に、彼の居場所はどこにも残されていなかったんだ。
それこそ、長い月日隣にいたはずの恵那さんでさえ。
やり直す機会を得たことちーとは違い、琴男さんにはやり直す機会を得られなかった。
異災によって両親を失った上で、今度は長年寄り添ってくれた妻さえも自らの側から離れた。
彼の側には、もう誰も居ない。
ことちーが光なら、琴男さんは影のような存在だ。
そう改めて彼の境遇を知った瞬間、零れるものがあった。
「……あ」
「お、おいっ。土屋、どうした。何故お前が泣くんだ」
「す、すみません。なんでも……」
自分でも上手く説明が付かないまま、頬から滴る涙。
それはどれだけ拭えども、溢れてくる。
もしかすると、彼の境遇にどこかシンパシーを感じていたからかも知れない。
私も、中学の頃に病気で父親を喪ったから。
何の前触れも無く、父親と話すきっかけを無くしたのは私だって同じだ。
あの日、こう話していれば何かが違っただろうか。何かが変わっただろうか。そんな二度と取り戻すことの出来ない後悔を抱えながらも、生きるしか無いから。
琴男さんは特に残酷なまでに、それを形として突きつけられる。ことちーと仲の良い恵那斗さんという光景として。
飄々としているように見えて、内に抱える心の傷が……少しだけ、見えた気がした。
「お、おい。ティッシュ要るか?な、なぁ……」
そんな中。
女性の対応になれていないのか、琴男さんはオロオロとしている。
あまりにも情けなく映る彼の様子が、とてもおかしく見えた。
いつからか、がやがやと生徒達が賑やかに移動している声が聞こえた。
気付けば、どうやら劇の時間が近づいていたようだ。
もはや学校特有の文化のようなものなのだが、3学年は各クラスごとに劇を発表することとなっている。恐らく、その前準備のようなものだろう。
上級生と思われる学生達が、専用の小道具を持って移動しているのが視界の隅に映った。
その中には大がかりな道具もあり、持ち運びに苦戦している様子だ。
不安定に小道具の先端が、風に大きく揺れる。
右に、左に。
そして。
「あっ!」
という男子学生の声が聞こえたかと思うと、視界に映ったのは私の方向へと倒れ込んでくる大がかりな小道具。木材を組み合わせて作り上げたであろう小道具が、重力に沿って勢いよく倒れ込んでくる。
「え?」
ダンジョンに潜り、ステータスが反映されている時ならいざ知らず。今の私は、ステータスによる何の身体能力強化も得ていない生身の人間だ。
直撃すれば、大怪我は免れない。
そこまで分かっているのに、とっさのことで身体が動かない。
危機的状況に陥って、脳がスパークしたように情報処理を加速させる。スローペースになった世界の中で、唯一。
「……"封魔の鎧"」
琴男さんだけが、私を庇うべく動いていた。
静かに開く口が、そう言葉を刻む。
次の瞬間。
纏う漆黒のオーラが、琴男さんの輪郭をなぞるように生み出される。
伸ばした身体から延長するオーラが、優しく小道具を受け止めた。
「……っと」
そのオーラをひた隠しにするように、代わりに右手をあてがい、重そうに苦悶を浮かべる……演技をしていた。
世界の時間が元通りになったのは、その時だ。
私を庇ってくれた琴男さんへと、小道具をうっかり傾けてしまった原因と思われる男子生徒が駆け寄った。
琴男さんは困った顔を浮かべながら、小道具の影から頭だけを覗かせる。
「すっ、すみません。怪我はありませんでしたか?」
「ああ、大丈夫だ。気をつけろ……あ、小道具は大丈夫か?」
「あ、い、いえいえ!そんな、申し訳ありません……」
琴男さんの気に掛ける声など、十分に届いていなかっただろう。
男子生徒はぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げながら、その場を後にした。
罪悪感に顔を曇らせながら遠ざかっていく男子生徒を見送りながら、琴男さんはちらりとこちらに向けた。
どこかいたずら染みた笑みが幼く、可愛く見えた。
「……今、見たよな。さっきの魔法」
「琴男さん、あなたは……?」
私の問いには答えず、琴男さんは人差し指を自身の口に添えた。
「琴には、内緒だぞ」
「……っ!」
「好奇心旺盛なあいつには知られたくないんだ」
「……そ、そう、で、すか……」
何故か分からないが、その笑みを向けられた瞬間。
胸の鼓動が、一層強まった気がした。
今まで体験したことの無い胸の高鳴りに、思わず困惑した。
ち、違う。
これは、唐突に倒れ込んできた小道具が直撃しそうになってびっくりしただけ。
決して、ドキドキしているという訳じゃあ……。
「ゆあちーっ!大丈夫ー!?」
「ことっ……」
「さっきゆあちーのところに何か倒れかけてるのが見えて、びっくりして来たんだけど……」
さっきのトラブルが見えたのだろう。ことちーが小走りで駆け寄ってきた。
制服姿のことちーは、誰がどう見ても47歳男性には見えない。可愛らしい女の子にしか見えない。
……そして、そこに飄々と佇む琴男さんも、同じくだ。
どのような原理かは分からないが、彼も同様に私とそう年の変わらない姿をしている。
「う、うん。琴男さんが助けてくれて……」
「あっ、そうなんだ。お兄ちゃんやるね」
私の返事に、ことちーはちょっとだけつまらなさそうに口を尖らせた。
そんな言葉を受け取った琴男さんは、照れくさそうに肩をすくめる。
「琴の友達なんだ、怪我させるわけにはいかないだろ」
「まあ、怪我させてたら怒ってたけど。ありがとうね」
「感情のこもってない感謝の言葉だなお前。どういたしまして」
他愛も無い会話を繰り広げている田中兄妹。や、色々と違うのだけど、兄妹という括りで良い気がする。
ただ、私は正直なところ助けて貰ったというのに不服だった。
琴の友達。
琴男さんは、私のことをそう扱っていた。
まだ知り合って初日だというのだから仕方ないのだが、私はまだ……彼にとっては土屋 由愛という一個人として扱われていないのだ。
その事実をさらりと知らされて、少しだけムッとした。
そうだ。
田中 琴男という人物には、ずっと寄り添ってくれていたはずの妻はいない。同じ境遇に陥った彼の妻が、琴の隣に寄り添っているから。
つまり、彼は不本意な形として孤独の身となったのだ。
そんな孤独な彼に、一体誰が寄り添えるというのだろう。
少しでも……彼に近づきたい。
微かにこみ上げた想いが、小さな炎を生み出した気がした。
☆
文化祭を堪能した後、家に帰ったんですけど。
ゆあちーからまた、メッセージが届いていました。
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【yua♥】
[ことちー
今日は来てくれてありがとう]17:51
[あの
少し聞きたいんだけどね]17:52
[琴男さんの
連絡先って
貰えたりする?]18:07
[いや
あの
変な意味じゃなくって笑笑]18:07
[撮った写真とかやりとりしたいから
お願い笑笑]18:08
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「……あー」
……えっと。
琴ちゃんの連想能力が、変な方向に働いています。
まず、第一に。
ゆあちーが会って間もない琴男の連絡先を知ろうと思うのでしょうか。
少なくとも私の知るゆあちーは、男性に対して慎重な考え方を持っているように思います。
なんの疑いもなく、男性に誤解を与えるような行動をする人物には見えません。
それで、ですよ。
メッセージ送信時間が妙に空いているんですよ。
本題に入るまで、おおよそ15分のスパンが作られています。
ゆあちーは元々メッセージの返事が早い方です。
魔法使い研修終わりの時は、大体1~2分くらいでメッセージが返ってきていました。現代っ子です。
そんなゆあちーが、本題に入るまでに時間を要したんです。
明らかに本題に入ることをためらっているというか、緊張しているのが見えて取れますね。
で、本題となる「連絡先を貰えたりする?」という質問の次です。
1分と経たずに、言い訳がましくメッセージが続いています。ご丁寧に「笑」で誤魔化したような文面と共にです。
撮った写真をやり取りしたいのなら、私経由でも問題はないはずです。
不必要に接点の少ない男性との連絡先を増やすような人物には見えません。
そんな連想ゲームが導く答えは1つなのですが。
正直、私はその答えを正しいと思いたくありません。
……止めといた方が良いですよ?
お兄ちゃんは。
琴ちゃんの心境はすごく複雑です。
「琴、スマホを睨んでどうしたの?そろそろ目を休めた方が良いんじゃないかしら」
「……恵那斗ぉ……ゆあちーの恋を終わらせるには、どうしたら良いと思う?」
「……琴は、何を言っているのかしら」
「私、これどうしたら良いんだよぉ……」




