第166話 特別会場
「ふむ、特殊個体の正体が冒険者の死骸、とな」
イナリちゃん宅へと帰宅した私達は、早々に特殊個体の正体について話をしました。
ちなみにお兄ちゃんは三上パパの家に帰りました。……帰りました、という言い回しで良いのかは分かりませんが。
イナリちゃんは「むぅ」と険しい顔をして、顎に手を当てています。
静かに尻尾が波を描くように左右に揺れていました。
それから一つ頷いて、私と視線を交えます。
「うむ、死者を冒涜しておるようでどうにも気に食わん話じゃの」
「イナリちゃんは特殊個体と戦うのに、躊躇いはありますか?」
恵那斗にしたのと同様に、私はそう質問を投げかけます。
一応、今後の冒険者業に関わる話なので意思決定についてはきちんと確認を取っておかなければなりませんからね。
覚悟の確認は大事です。
そんな壮大な話じゃなくて、今後の業務的な意味で。
また情報が纏まり次第、全日本冒険者協会から全体を通して改めて報告がされるようですが。
安全管理が重要視されるようになった、まあ正直言えば生温い環境下となってしまった世界なので……辞める人も少なくないのでは、と私は思っています。
魔物の姿とは言え、「人間の命を奪う」と解釈する人物も少なくないでしょうし。恵那斗が一瞬特殊個体との戦いに迷いを生んだ理由も、それでしたからね。
ただでさえ少ない冒険者人口だというのに、また面倒が増えました。
冒険者という存在を社会人と同一にしたこのご時世が悪い。
ですがイナリちゃんは、じっと幼い顔立ちを向けたまま口を開きました。
「阿呆。むしろ腹が立っておるわ。死骸を道具とするなど、あってはならんことじゃからな」
「……う」
「弔ってあげるのが筋というものじゃろ……のぅ、琴ちゃんや。なんで頭を抱えているのじゃ?」
「なんでもないです……」
うう。“死骸を道具とするなどあってはならない”という言葉が、私にぶっ刺さります。ダイレクトアタックです。
琴ちゃんはこの間、“アイテムボックス”からゴブリンを射出する“ゴブリンショット”を生み出したところなので。
思いっきり死骸を道具にしてます。本当にすみません。
「琴、“死骸を道具にするのはダメ”よ」
「……琴ちゃんは何も知らないもん」
「“ゴブリンショット”」
「うぐっ」
恵那斗が冷ややかな目でこっちを見てきます。うう、視線が遺体です。間違えました、痛いです。
“アイテムボックス”の仕様をフルに活用した琴ちゃん魔法新シリーズの“ゴブリンショット”ですが、ゴブリンを倒さないと死骸が確保できないというのが難点ですね。
ゴブリンを”アイテムボックス”で押しつぶしながらぶっ放すという性質を持つので、1発でゴブリンの死骸が駄目になっちゃうんですよ。
“ゴブリンショット”でぶっ放されたゴブリンの死骸が円柱みたいになっていて笑っちゃいました。ちょうど雑巾を絞ったらあんな形になると思います。
MPコストで言えば、相当に軽く済むんですけど……まあ、弾数に限りはありますし、倫理観は度外視ですね。
特殊個体のことに関しては本当に偉そうなこと言えません。すみません、こんな冒険者で。
私の態度が変わった理由を悟ったイナリちゃんは、呆れたようにため息を吐きました。
それから、彼女もじっと私を冷ややかな目で見てきます。
やめましょう、2人して冷めた目でこっちを見るの。
「琴ちゃんや、お前さん……特殊個体のことを言えないのぅ」
「だ、だって。使えるものは余さず使いたいじゃないですかっ」
「全く……お前さんと居ると基準が壊れるわい」
「や、やめましょう。この話は」
私がそう観念したように両手を上げると、イナリちゃんは「はぁ……」ともう一度大きくため息を吐きました。まるで私を責め立てているようなため息に耳が痛いです。
「まあ、特殊個体の件はこれ以上語ってもどうしようもないじゃろ。戦えるか戦えないかは、実際に剣を交えてみんと分からんよ」
「確かに……それも、そうですね」
「業務時間外まで仕事のことなど考えていたくないわい。それよか、明後日のレベルアップ研修の準備は済んだのかの?」
耳が痛い話が終わったかと思ったら、また耳の痛い別の話をしてきたんですけどこの狐っ娘!
テーブルの上には全日本冒険者協会から配布された“レベルアップ研修のすゝめ”というしおりが置かれています。まあまあページ数有りますね。
魔物の生態とか、ダンジョンの構造とか、研修に必要な情報がびっしりと書き記されています。
昨今は研修資料をスマホ内のデータで配布することも増えましたが、イナリちゃんはわざわざ配布されたpdfデータをプリントアウトしたようです。紙媒体の方が全体的に情報を見やすいからですって。
イナリちゃんは子供用椅子の上に立ち上がり、テーブル上に置かれた冊子を手に取りました。
そのまま、じっと私の回答を待ち続けます。
……あー。
「……お、終わってますよ」
「目が泳いでおるぞ阿呆」
「うぐっ」
うう、あっさり見抜かれてしまいました。さすがイナリちゃん、洞察力が容赦ないです。
正直駄々をこねたい気分ではありますが、イナリちゃんから殺気を飛ばしてきそうな気配を感じます。
イナリちゃんは「しっしっ」と邪険にするように私を追い払いました。
「ほれ、早う準備せんか」
「うう……そういうイナリちゃんは終わったのですか」
少しでもイナリちゃんの弱みに付け込もうと、恨めがましく睨みましたが……。
イナリちゃんは「むふー」という擬音が似合いそうなほどに勝ち誇った顔をこちらに向けていました。呪いに掛かったイナリちゃん、表情豊かで可愛らしいです。
「当たり前じゃろ、でなけりゃ言っておらんわ」
「ううう……」
「ほれ、粗を探そうとしても無駄じゃ。早う支度せい」
「はぁい……」
ちぇー。相も変わらずイナリちゃんは厳しいです。
恵那斗は私の下着をまともに見ることが出来ないほどに純粋なので、私が自分で準備するしかありません。
恵那斗も元女性なのに。それとこれとは話が違うんでしょうか。
渋々立ち上がってリビングへ移動します。イナリちゃん専用のリモートワーク用のデスクに身体をぶつけないように気を付けながら、引き出しを開きます。
イナリちゃん専用のせんべい布団を軽く避けて、奥へと手を伸ばすと魔法使い研修の時にも使ったキャリーバッグが出てきました。
キャリーバッグを開いた状態で放置し、私は自室に置いている下着類やら着替えの類を雑に持ってきます。恵那斗は開いた文庫本に顔を突っ込んでいました。上下逆さになってますよ。
「イナリちゃんー、会場ってコインランドリーありますよね?」
私が質問を投げかけると、イナリちゃんは「待っとれ」と返事した後、支給された資料に目を通していきます。
「うむ、どうやらあるようじゃの。装備類はギルドの方から届けてくれるらしいからの、生活用品だけで良いぞ」
「ありがとうございますー」
何気に大事なこと教えてくれましたね。
基本的に冒険者の装備って嵩張ることが多いので、人によってはポーターを依頼したりします。
ですがたいていの場合ではギルドから人員を派遣して研修会場まで直接もって言ってくれるので、研修会場で使う装備が無い、というトラブルを避けられるのはありがたいですね。
まあ、私みたいに”アイテムボックス”が扱える冒険者であれば装備を忘れるというトラブルはありませんし。そもそも、研修会場から装備の貸し出しだって行っています。
ですが当然、普段からの装備で研修するが望ましいです。革の鎧とひらひらのワンピースとじゃ動き方の感覚が全然違うので。
「そう言えば研修ってお兄ちゃんも来るんでしたっけ」
「儂らのレベリングを手伝ってくれるみたいじゃの。メタルスライム以外の敵を倒しておいてくれるらしいぞ」
「ふーん。こき使われてるなあ」
「文句ひとつ言わずに働いてくれる琴男君は立派じゃの。ほれ、お前さんも見習わんかい」
「私だって琴男ですぅー」
「琴ちゃんよりも何百倍も立派じゃが」
「む、んんん……!」
なんでイナリちゃんも恵那斗も、琴男ばっかり高く評価しているんでしょう。琴ちゃんは不服です。
魔王とか言ういかにもな存在が宿っているんですから、ちょっとくらいこき使っても良いと思うんですよ。それくらいやってもバチは当たりません。
何なら、琴男がいるおかげで清水 大輝とかいう先輩魔族と出会えるかもしれませんし!
一度お話してみたかったんですよねー。
感動の再会と言えば再会なんでしょうけど、琴ちゃんとしては興味がそそられる話でもあります。
魔族って何でしょうか!どうして元人間の清水先輩が魔族になっちゃったんでしょうか!
”アイテムボックス”にどうやって格納されているのでしょうか、私の”アイテムボックス”にも格納できるのでしょうか!
とっ捕まえて沢山試したいことがあるんですよ。
なので琴男を餌に呼び寄せてもらうとしましょう。怖くないよー、おいでおいで。
文句こそ垂れていましたが、少しずつ片付けも済んできました。
最後に、念のために恵那斗へと確認しておきます。
「恵那斗、研修は私達だけ特別会場なんだっけ」
「ん?そうよ、イナリちゃんの存在は表に出せないもの」
「そっかー、なんだか申し訳ないな」
恵那斗が回答してくれた通りなんですけど。
今回私達がレベルアップ研修を行う会場というのは、皆が攻略する研修会場とは違うところなんですよ。
というのも、まあ“呪い三人衆”という存在が基本的には隠された存在なので。
狐っ娘であるイナリちゃんの存在など、特に表舞台に出すことは出来ません。田中夫妻だけなら、まだ誤魔化しが効いたんですけどね。
その為に今回、特別に全日本冒険者協会から予備会場として準備されていたダンジョンを貸し出してくれました。
予備として置かれていたところなので、当然メタルスライムなどの経験値が多いモンスターの出現割合は他のダンジョンと比較すると大幅に減ります。
だからこそ、琴男のお手伝いが必要という訳ですね。頑張れお兄ちゃん。
まあ、研修以前に「魔物の大多数が倒されていた」というトラブルが生じた為に、既に1つ研修会場が潰されているんですけどね。
そのせいで、全日本冒険者協会は会場の確保に大忙しだったそうです。
誰のせいでしょうね。
ねー、お兄ちゃん。
魔王を抑え込む為とは言え、1人で経験値を独占してさぞかし気持ちよかったでしょうね。ねー?
☆
「っぶし!」
「あ?琴男、風邪かァ?」
「……いや、なんでもない。なんか寒気した」
「季節の変わり目なんだからよォ、気を付けろよ」
「ああ、悪いな三上」
「ったくよォ、お前が素直だと気持ち悪ィわ」
「ははっ、知ってるよ」
☆
「おー……わったぁ!」
琴ちゃんはようやくレベルアップ研修までの準備を終えました。
何だか疲れたので、いつもの居場所であるソファに寝転がります。仰向けになった状態のまま、何の気も無しにスマホを開きます。スリープモードが解除され、恵那斗と一緒に取ったプリクラがホーム画面に映し出されました。
それから何の意味もなくメッセージアプリを開きます。
通知が1件来ていました。
「あ、ゆあちーからか」
夏休みが明けて学業に戻っているゆあちーからですね。
ギルドを辞めた訳ではなく、名義は残っていますが……文化祭の準備などで忙しいようです。もうそんな時期か。
ダンジョン攻略に参加してくれることはありますが、勉学に励んでいるようで最近はめっきりシフトが重ならなくなりました。
冒険者の世界では神童ですが、頭脳としては一般的な学生です。
たまに学校帰りに会った時には、授業で分からないことを聞いてきたりしていますね。
ちなみに琴ちゃんは勉強に関しては「勉強を効率よく行う為の勉強を先に覚えた方が良い」というタイプです。連想力大事ですよ。
とりあえず、私は何の気も無しにゆあちーからのメッセージを開きました。
【yua♥】
[ことちー
お仕事お疲れ!笑]18:14
[言うの忘れてたんだけどさ
明日文化祭!
ことちー文化祭に来ない??]18:15
「……へ?」
なんだかとんでもないお誘いを受けている気がします。
学校、ですか?文化祭……ですか?
私47歳ですよ、良いんですか?




