第165話 琴ちゃんキック
「恵那斗、そこ。そこの宝箱忘れずに取って」
「Aボタンだったかしら?」
「うん。あ、敵来てる!私スキル使うから。素材集めといて」
「分かった……待って、増援来たわ。さすがに無理よ」
「えー!うわ、アイテム消えちゃうじゃん……」
内勤業務の終わった私達は、他の冒険者の邪魔になってはいけないのでギルド内に建てられた休憩所で過ごしていました。今は持ち込んでいたゲーム機で、恵那斗と一緒にゲームをしています。
仕事終わりなので誰にも文句は言わせません。琴ちゃんはしっかりと記録をしました。偉いでしょ。
え?ギルド内でゲームするなんてご法度だって?うるさいなー、琴ちゃんはちゃんと冒険者として戦えるんです。実績を持っているからこそ文句は言わせませんよっ。
まあ休憩所として建てられたスペースだって、今は私達しかいないのですが。
休憩所には何度も使われた痕跡のある将棋盤やオセロ、果ては雀卓まで、様々な娯楽が配置されています。冒険者の憩いの場です。
ありとあらゆる形で冒険者を確保しようという執念が垣間見えますね。私達にとってはこういう部分も冒険者を続ける魅力ですが、視点を変えれば社会の闇です。考えてはいけません。
良いじゃないですか、毎日命のやり取りをしているんですよ。
ギルド内でゲームをすることだって許してください。琴ちゃんは毎日頑張っているんです。……何ですかその目は。文句あるんですか、琴ちゃんキックしますよっ?
ちなみにイナリちゃんだけのけ者にするのは申し訳なかったので、今はビデオ通話を繋いでいます。
私達がゲームしている姿を楽しそうに眺めているイナリちゃんの姿が写りました。頬杖をついてにこにこしていますね。癒されます。
あ、イナリちゃんにはまだ特殊個体の話はしてません。帰ってからする予定です。
『お前さんらが仲良さそうにしているだけで、なんというかのぅ……救われる気分じゃわい』
「イナリちゃんも参加するー?私の部屋にゲーム機あると思いますよ」
『儂はゲームに疎いから大丈夫じゃの。お前さんらを見ているだけで十分じゃよ……というか、お前さんはどれだけゲーム機を持ってるんじゃ』
「皆で遊べる台数は持ってますよっ、いつでも言ってくださいね」
『……何というか、本当に自由じゃの。お主は』
「んふふ」
ふふんっ。高収入の使い道はこういうところで光るんですよっ。
冒険者は給料という面から生活の質が保証されるので、漫画やゲーム機に存分にお金を使うことくらいなんてことないです。
琴ちゃんの給料は娯楽費に費やしています。がっつり使う時で10万円くらいは飛びますね。えへへ。
あ、でも最近は衣服代にも少しずつお金を使うようにはなりました。さすがにね。
恵那斗は基本的に、美容や健康管理にお金を使っているそうです。真面目ー。
口調さえ誤魔化せば、普通にモデルと言っても通じるくらいのイケメンなんですよね。一周回って胡散臭く見えてしまうのが、本人も気にしているようですが。
ずっと前にギルドの連絡班である早川さんに言われた「ラブコメでヒロインにちょっかい掛けてくるけど、最終的に主人公にボロ負けして逆上して暴力でヒロインを屈服させようとする系のイケメン」とかいう例えに未だにスリップダメージを受けているそうです。
私の彼氏になんてこと言っているんでしょうか。例えが具体的すぎてちょっと嫌ですね。
実際の恵那斗は暴力で屈服どころか、あまりにもピュアですよ。男子中学生並みのメンタリティ。ちょっと手段を選ばないところがあるだけです。
そんな中、最近のイナリちゃんはペット用品をよく見るようになりました。
狐という生物がそもそもイヌ科なので、犬の飼い方について調べているようです。なんというか、一番苦労していそうですね。この間、ドラム式洗濯機の上に脱脂綿が置かれているのを見ました。お風呂の時、耳に湯が入るのを避ける為の対策だそうです。
体質は人間のそれなので、玉ねぎとかチョコレートを食べても問題が無いのが、不幸中の幸いというかです。
この間、イナリちゃん用にペットブラシを買いました。目を輝かせてすごく喜んでました。可愛い。
呪い三人衆で見ても、それぞれの給料の使い方って全然違うんですよね。皆の生活スタンスが透けて見えます。
本当は帰ってゲームしても良いんですけど、今日はあえてギルドに残って時間を潰していました。
「……はあ」
その理由となる人物が、私達を見るや否やげんなりとした様子でため息を吐きます。
「……職場でゲームするなよお前ら」
「あ、お兄ちゃんお疲れ」
「おー、お前らもな。つか派手な服着てんなお前」
「恵那斗チョイス。可愛いって言ってくれたよ」
「恵那斗に財布選んでもらえば良かったわ」
「は?」
「……なんでもない」
安物のパーカーを着込んだ、だらしない雰囲気を纏ったお兄ちゃん——あっ、田中 琴男です——がこっちにやってきました。
椅子にドカッと腰かけたお兄ちゃんは、「ああー……」とオッサンみたいな声を上げて背中を反らします。
「オッサンみたいだよお兄ちゃん」
「オッサンだろ。47歳だぞ俺」
「それもそっか」
「あ、そうだ。今日先輩と会ったぞ。元気してたわ」
「先輩?」
「先輩。清水 大輝」
「ん?」
雑談の一環で、琴男はさらっとそんなことを言ってきました。
うん、ちょっと待ってください。
私と琴男の共通認識で言うところの「先輩」というのは1人しか思い当たりません。
まあ、“アイテムボックス”という面白い玩具を教えてくれた研究者である清水 大輝先輩ですね。
“アイテムボックス”発見の第一人者です。冒険者という職業に革命を起こした凄い人です。
私にゴブリンと“アイテムボックス”という二大玩具を与えてくれた先輩です。玩具です(強調)
はて。
30年ほど前にダンジョン崩落で命を落としたはずですが。
まあ、思い当たる可能性があるにはあります。
ちょうど麻衣ちゃんと電話したところですし。
「え、特殊個体とかそういう話?」
「違う」
ありゃ。
間髪入れずに否定されちゃいました。
何でこうも、重要な情報を何の溜めも無しに言うんでしょうねこのギルドの人達は。もう少し情緒を大事にしてほしいです。
え?私が言えた義理じゃないだろって?知りません、琴ちゃんは特別なんですよ。
お兄ちゃんはそれから、パーカーのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出しました。電波マークが表示されていないので、回線契約されていない携帯のようです。機種変更で使えなくなった携帯とかでしょうか。
流れるような手つきでスマホを操作したかと思うと、ひとつの画像を表示させました。
「これが証拠」
「ん」
受け取ったスマホの画像が恵那斗と、それとビデオ通話先のイナリちゃんにも見えるように立ち上がって移動します。ですが同時に見せるのは難しいので、私と恵那斗が先にチェックしますが。
画面に映っていたのは、画質がガビガビのダンジョン内の光景でした。お兄ちゃんは身体のどこかに小型カメラを潜ませていたのでしょうか、視点の高さとはちょっと違うアングルから撮影されています。ちょっと琴男の髪の毛が画像内に映っていますし。
神聖な空間にも見える塔型ダンジョンの景色の中で佇むのは、すらりと背筋の伸びた細身の男性でした。
薄こけた灰色の皮膚が特徴的で、着込む衣類はまるでボロボロ。そんな衣服を隠すように、これまたぼろきれのような外套で体を覆っています。
不健康な顔つきを誤魔化すかのように、レンズの取れたフチなし眼鏡を装着しています。
……まあ、認めたくも無いんですけど。
琴男の言っていることは本当のようですね。
「……うーん」
「なんで渋い反応なんだよお前。衝撃情報だろ」
ちょっと衝撃の事実と言えば事実なんですけど、シチュエーションがシチュエーションなので驚く余白が無いです。
ちなみに恵那斗は隣で固唾を呑んでいました。これが普通のリアクションというものです。
「……確かに先輩だね」
「だろ?」
「だろ、じゃなくて。もう少しこう、切迫した顔で言って欲しかったな」
「魔族とか言ってたぞ」
「だからサラッと言わないでほしいな」
琴男は重要そうな情報をまるで雑談のひとつみたいに言うもんですから、恵那斗と通話先のイナリちゃんが微妙な表情を浮かべてしまっています。
ほらー。せっかくの衝撃を与えるはずの情報が、カスみたいなリアクションになっちゃったじゃないですか。
あ、イナリちゃんにはまだ画像を見せていませんでしたね。
「あ、ごめんなさいイナリちゃん。これが私の先輩です」
そう画面を見せながら語ったものの、イナリちゃんは困ったように愛想笑いを浮かべるのみでした。
『いや、先輩です……じゃなくてのぅ。死んだとか言っていなかったかの。崩落に巻き込まれて』
「私もそう聞いていたんですけどね。ほらお兄ちゃん説明して、情緒が追い付かない」
という訳で、私は琴男の前に立ちあがってそう促します。ちょっとした圧掛けですね。
正直感情的には「あ、あの先輩が生きていたなんて」というよりも、「ここまで説明したんなら先に全部説明しろ」という気持ちの方が強いです。
死んだと思っていた先輩の復活ですが、琴ちゃんとしては驚きは比較的少ないですね。
もはや何が起こるか分からないダンジョンなんですもん。
ほら早く説明しろダメお兄ちゃん。“アイテムボックス”にゴキブリの死骸入れるぞ。
……と、催促したは良いですが。
琴男お兄ちゃんも「あー」とか言葉を濁して視線を逸らしました。
「……いや、俺もあんまり大した話してないんだ」
「へ?」
「俺も、清水先輩が生きていたって事実と、魔族になったって話と、“アイテムボックス”みたいなゲートから出て来たってことしか見てない」
「琴ちゃんキック!」
「おわっ!あっぶねえなお前何すんだ!」
それでも田中 琴男ですかダメお兄ちゃん!
琴男の股間目掛けて琴ちゃんキックをかましたものですが、琴男は素早い判断で飛び跳ねて回避してきました。くそっ、ステータスが微かに反映されるという魔王の能力を利用しやがったなこいつ。
引きつった表情で股間を抑えながら、琴男は言い訳がましくわめきます。
「や、冒険者なら理解できるだろ。ギルドに早く魔族のこととか連絡しとかないと、何かあってからじゃ遅いしさ。な、だから殺さずにまずは情報収集をと思ってな」
「……本心は?」
「……報告事項を増やしたくなか」
「琴ちゃんキック!!」
「ぐふっ!!」
ムカついたのでもう一発琴ちゃんキックを喰らわせました。
今度はしっかりと命中させました。そう簡単に逃がしはしませんよ、琴ちゃんは執念深いんです。
せっかく色々と面白そうな話が出ているというのに、どうしてそれだけの情報しか持ち帰ってこなかったんですか!
琴ちゃんは受け身の情報には興味がありません。
琴男がプルプルと股間を抑えて涙目になってます。ウケる。
「お兄ちゃん、論外だよ。それは論外」
「っ……おま、お前……それでも元男か……論外はお前だろ」
「何か言った?」
「……何でもないです」
うーん、確かに色々と深堀したい情報ではあるんですけど。
琴男の持ち帰った情報では何も心が躍らないんですよね。せめて、清水先輩の股間目掛けて“琴ちゃんレーザー”をぶっ放すとか。“アイテムボックス”から出て来たって言うのなら“解除魔法”で帰ろうとするのを妨げて嫌がらせするとか、それくらいはやって欲しかったです。
まあ“解除魔法”に関して言えば、私も覚えていませんけどね。えへへ。
琴男なら“琴ちゃんレーザー”レベルのことは出来たでしょうに。ステータス高いんですから、石礫ブン投げるだけでもレーザー光線並みの破壊力は出せるはずです。何してるんですか琴男。
なんで驚いただけでのこのこと帰って来てるんですか。
せっかくの実験材料を逃しやがって。
「琴……蹴るのは止めなさい……」
ちなみに一連のやり取りを見ていた恵那斗は股間を抑えて引きつった笑みを浮かべていました。その表情には、琴男に対する同情が浮かんでいるように見えないこともないです。
恵那斗は蹴る予定はないから安心して。まあ、喧嘩したらどうするか分からないですが。
めちゃくちゃ個人的なことですがSwitch2届きました。ポケモンぽこあやります。(作者)




