第167話 ベテランに見られない
「あーっ!ことちーだっ!」
「むきゅ……ちょ、ちょっとやめてよ恥ずかしいっ」
「んー……ふにふにで可愛いなあ。本当に47歳男性?」
「47歳男性だよ……あの、ちょっと離れよう?」
「やーだっ」
「うう……」
さて、私は突然ゆあちーに呼び出されました。本当に唐突ですね。
研修前日のシフトが休日で良かったです。イナリちゃんに睨まれながらも研修前の準備も済ませているので、心置きなく休日を堪能できるというものです。
ですけどこれは予想外ですよ。
まさか、ゆあちーに文化祭へ誘われるとは思いませんでした。
そんな私ですが、早々にゆあちーに抱き着かれています。
なんだか彼女の着こんだカーディガンから、洗剤の良い匂いがします。カーディガン越しの柔らかい感触には自覚してはいけません。あと自分の胸のサイズとも比べてはいけません。敗北感が……。
ゆあちーに頬を揉みしだかれ、どうすることも出来なかったのですが……そんな時に助け船が現れました。
私の左側に立っていた人物は、静かにゆあちーを咎めます。
「おい、土屋。琴が困ってるだろ。その辺にしておいてやれ」
お兄ちゃんこと、田中 琴男です。私の本来の肉体です。
私が呼びました。
相も変わらず安っぽいパーカーを着込んだ彼は、呆れたように腰に手を当ててため息をついています。
「……え?」
ゆあちーは私の男性時の姿など知る機会もないので、訝しげに目を細めます。
そう言えば初対面でしたねこの2人。
「……どちら様ですか?」
「この不出来な妹の保護者代理」
おい琴男。人を指差すな。
「……んん?妹?ことちーの中身47歳だよね、どこからお兄さんが生えてきたの?」
「まあな……色々とあるんだよ」
琴男が早々に説明を諦めました。ちょっと。
“お兄さんが生えてきた”という言い回しがシュールですね。
ですけどすごく説明が難しいです!田中 琴男という存在が世界にとってややこしすぎるんですよ。
「“女性化の呪い”の影響で私の魂はメタトロンへと移行しました。残った田中 琴男の肉体が魔王に依り代として選ばれたことによって、全盛期の若い肉体を取り戻して現世に降り立ちました」
……と、端的に説明するとこうなります。本当に端的ですかこれ??
あまりにも納得の出来ない原理法則ばかり書き連ねているので、現代に生きる一般人の理解を超えている気しかしないです。
「お兄ちゃん、ゆあちーが困ってる。ちゃんと説明してよ」
「出来ると思うか?説明なんて」
「それをするのはお兄ちゃんの仕事でしょ」
「お前がやれよ。友達だろ」
「琴男が増えた、なんて説明できるわけないじゃん」
「まあ……間違ってはないけどな」
あまりにも難易度の高いクエストを受注したので、お兄ちゃんと作戦会議を行っていた時です。
私達の会話を聞いていたゆあちーは琴男をじっと見て、それから首をこてんと傾げました。相も変わらず仕草が可愛らしいです。
「……えっと、ことちーの元の姿……ってことですか?」
「まあ、つまりはそういうことだ。こいつ1人で行かせる訳にはいかなかったからな、恵那斗に頼まれた」
「なんだか色々とツッコミたい所が多いんですけど」
「別に俺はいない扱いで構わない。琴と好きに遊んで来たらいい」
琴男はそう告げた後、静かに1歩後ろに下がろうとしました。
まーた人の輪から離れようとしますねこのお兄ちゃんは。
ですけどそれは琴ちゃんが許しませんよ!
すかさず琴男のパーカーの右手側の袖を掴み、風景に同化しようとするのを防ぎます。
「お兄ちゃんもせっかくだから楽しみなよ。ロクな学生生活送ってないんだよ、私達」
「……あー、まあ。それはそうだけどさ……悪いだろ、なんか」
「ゆあちーもそれでいいよね、お兄ちゃん連れて歩いて」
私はそうゆあちーへと目配せします。
すると彼女も私の意図を理解したのか、私とは反対に左側の袖を掴みました。
「はーい。ことちーのお兄ちゃんも強制連行でーす」
「はっ、お、おいっ。やめろお前ら、俺は納得してないぞ。放せっ」
「駄目でーすっ、こんな可愛い妹さんのわがままを無視するんですかー?」
「こんな妹持った覚えなんかねぇ! ああもうっ、マジで止めろっ」
琴男は魔王の力によってダンジョン外でもステータスが上昇しているので、下手に抵抗すると私達を怪我させかねません。
もちろんそれを本人も分かっているので抵抗が出来ないんですよね。
琴ちゃんはそこまで織り込み済みです。
琴男が抵抗できないのを分かった上で、ゆあちーに手伝ってもらいました。
ちなみに私達の遠巻きをやり取りに見ていた、どこぞの男子高校生諸君は羨ましそうに琴男を見ていました。
傍から見たら美少女2人に囲まれるハーレムですもんね。わかる、わかりますよ。
琴男、誇れ。お前はハーレムの渦中にいる。
あ、そういえばなんですけど。
恵那斗とイナリちゃんとは今日は別行動です。
せっかくの休みだし、ということで2人で水族館に行っているようですね。
イナリちゃん、変装セットを手に入れてからニコニコすることが増えました。可愛いです。
☆
「恵那斗君や! エイの裏側ってこうなっておるのか! グロテスクじゃのぅ」
「イナリちゃん、はしゃがないの。帽子ズレてるわよ」
「ぬ、ぬぅ……すまぬ。にしても幻想的じゃのう、ずっと見ていても飽きぬわい」
「あ、イナリちゃん。もうすぐイルカショーあるみたいよ、行く?」
「行く! 場所はどこじゃっ。早う地図を見せんかっ」
「ああもうっ、イナリちゃんも随分と琴に感化されているじゃない……」
☆
……琴男を連れてきたまでは良かったんですよ。
ですが今度は私が、ゆあちーに連行されてしまいました。
「琴ちゃん、こっち」
「……やだ」
連れてこられた先は、恐らくゆあちーの教室と思われる場所です。ガラス越しに見えるんですよ、爛々と目を輝かせた女子生徒さん達が。
嫌な予感しかしません。
「だめでーすっ」
「むきゃっ」
ゆあちーは無慈悲です。
逃げようとした私の両肩を抑え、そのまま教室内へとぽんと放り込みました。
まるで餌に群がる金魚でした。
私を待っていた女子生徒達は、一同に私を取り囲みます。んぇぇ……。
「わあー!待ってた!」
「可愛い!」
なんというか「きゃー」とか黄色い悲鳴が聞こえます。いたたまれないです。ちょっと?
女性陣が私を取り囲んで、興味津々に全身を見渡してきます。希少動物か何かですか私は。
「由愛ちゃんの言ってたのってこの子? 可愛い!」
「ねえこの髪って地毛? すごい、サラサラだぁ!」
「琴ちゃんって言うんだっけ。制服着てみない? 着たいよね? さえちゃーん! 制服余ってたよね、持って来て!」
「はいはーいっ、ちょっと取ってくる!」
ゆあちーが分身したような気分です。
私は女子高生に取り囲まれ、もみくちゃにされています。
輪から離れたゆあちーは「うんうん」とまるで師匠か何かのように達観した顔で頷いていました。
……ハメやがったな。
「ゆあちー……」
じっとゆあちーへと視線を送ってみますが、彼女は親指を立てて「ぐっ」とグッドサインを送ってきました。ぐっ、じゃないんですよ。
「一度連れて来たかったんだ! ことちーに考える余裕を与えたくなかったから、ごめん!」
「悪びれてない顔してる……」
してやられました。
確かに、ゆあちーなら文化祭に外部の人間を誘えることが分かった時点で、早々に誘ってきそうなものです。
なのに前日までその情報を与えなかったのはそういうことですか!
私の推測能力を信頼した上で、だまし討ちを仕掛けて来たようです。トラップに掛かりました、うう。
成す術もなく受け入れることしかできないのですが、せめてもの仕返しにともう一度ゆあちーを睨みます。
ですがゆあちーは「可愛いなぁ」とほっこりした笑みを返してくるだけでした。まるで効いていませんね??
もう私に逃げ場はありませんでした。
大人しく女子生徒に囲まれ、学生服を着るしか無かったです。
おのれゆあちー。覚えてろ。
ちなみに琴男は女子の輪に入ることが出来ないので、廊下で立ち往生していました。暇そうに電波の入っていないスマホを触っています。
まあ、客観的に見た琴男はちゃんと身なりさえ整えたらモテると思うんですけどね。
むちゃくちゃ遠回りな自画自賛な気はしますが。だいたい中の上くらいだと思いますよ。
現に廊下で立っている最中に、何人かの女子生徒から声を掛けられているのが見えましたし。
そんな琴男の元へと歩み寄ります。
歩く度、スカートが太ももをぺしぺしと叩く感覚がします。
「お兄ちゃん、お待たせ」
「あー、琴か。戻った……か」
私の方へと振り返った琴男の表情は硬直。目をぱちくりとしばたかせてしまいました。
それから、忙しなく周辺を見渡します。
「……琴はどこに行ったんだ。おい、琴。どこから呼んでるんだ」
「お兄ちゃん、現実から目を逸らさないで。ここに居るよ」
ちょっと、琴男はなにをすっとぼけているのでしょうか。
琴ちゃんキックしたい気分ですけど、さすがにスカートがめくれ上がるのはよろしくないので大人しくします。
ならばと琴ちゃんパンチでもしてやろうかと思いましたが、それもそれで絵面は良くないですからね。ゆあちーには見せてはいけない光景です。
やがて、目の前の現実を受け入れるように、琴男はげんなりとした視線をこっちに向けました。
「お前……誰が元男だって分かんだよそれで」
「着させられちゃったもん。仕方ないでしょ」
「似合ってるのがタチ悪いな」
「私もそう思う」
「少しは謙遜しろよ」
私が身を包んでいるのは、女子高校生の制服です。
上下紺色をベースとしたセーラー服を彩るのは、胸元で揺れる赤色のリボンです。膝程の長さまで下ろしたスカートはひだの形に沿って、ふわりと揺れています。
元々から伸びている銀髪が、紺色のセーラー服と相まってコントラストを生み出していました。
周りの男子高校生の視線がこっちを向いているのが分かります。視線って案外分かりやすいですよね。
ひそひそと「あの子誰?」とか「どこから来た子?」とか話しているのが聞こえます。自己肯定感はちょっと上がりました。
まあ一番面白いリアクションをしてくれそうな琴男は、露骨に嫌そうな顔をしているんですけどね。
「なあ、俺より恵那斗を連れてくるのが正解だっただろ」
「お兄ちゃんならいいリアクションくれるかなーって。あ、スマホで撮っといて、帰ってから恵那斗に見せるから」
そう言って私のスマホを琴男に渡しました。
「お前さ……はぁ……」
ですが琴男はまるで私のスマホを汚いものでも扱うかのように指でつまんで持っています。おい、美少女のスマホだぞ。光栄に思え。
琴男はグチグチとうるさいですね。それでも私ですか。変に真人間になりやがって。
あ、でもどうせですし。
「ゆあちー!一緒に撮ろ!」
「えっ、あ、うんっ」
まさか呼ばれると思っていなかったのか、ゆあちーは慌てて小走りで駆け寄ってきました。
琴男は何気にその姿さえもカメラに収めています。ちょっと、まだ撮れって言っていないんですけど。
ゆあちーと並んだ私は、琴男に声を掛けました。
「お兄ちゃん、ちゃんと撮ってよ?」
「散々人をこき使いやがって……土屋は良いのか?」
「あー……じゃあ、お願いします」
雑談を繰り返しながらも、カメラマン琴男はスマホをこっちに向けてきました。
それに合わせて、ゆあちーは私に密着してきます。頬と頬がぺったりと引っ付きました。
「ちょ、ちょっとゆあちー、近い」
「はーいお兄さん写真撮っちゃって!」
「んむむ……ほら、お兄ちゃん。ちゃんと撮ってよ?」
困惑こそしますが、最近は「また来た」くらいの感覚です。
ゆあちーの行動に慣れてきている自分がいるのも複雑ですね。慣れって怖いです。女の子の思考が定着している気がしないでもないです。
まあいっか……うん。
琴男は困惑しながらも、カメラを構えます。
「ほら、撮るぞ」
そう告げた後、琴男はシャッターを切りました。
かしゃっと音が鳴り響いた後、私は琴男からスマホを受取りました。
「お兄ちゃんありがと」
「おう」
私はゆあちーと一緒に撮った写真を確認します。
「わあー!ことちー可愛い!」
「んぇっ」
開口一番にゆあちーは目を輝かせてそんなことを言いました。
それから嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねながら、私の肩を掴みます。
「ことちー!見えないよっ、全然ベテランに見られないっ!全くダンジョンおじさんに見えないよっ!!」
「嬉しそうに言わないで……??」
さらっとゆあちーが容赦ない言葉の刃を浴びせてきました。
まあ、何一つ否定できないんですけどね。
スマホに映り込んでいるのは、学生服の少女2人です。
困ったように笑う銀髪の女の子。そしてその隣で幸せそうに微笑む、金と黒のメッシュヘアの女の子でした。
確かに改めて見ると、どこからどうみても普通の女の子にしか見えませんね!
全く、ダンジョンというのは末恐ろしいです。
カクヨムからこっちに移すの忘れてて投稿遅れました。
ごめんなさい。




