空の夏3
私は疲れ果て、どこかわからない道で、座って寝た。
あちこちが痛い。
そう感じた。
だけど、もう、あの家には行きたくないと思った。
いくらフカフカの高級ベットでも、いくら大きな家でも、いくら最高級の食べ物でも、私には関係ない。
ただ、一つだけあって欲しいものがある。
家族という思いあってくれる人達だ。
地面は少し暖かいけど…
頬を伝う涙は冷たかった。
「あれ?夏?」
私の頭に優しく降り注ぐこの声は、私の今一番求めていた人。
私はゆっくりと頭を上げた。
少し滲んでいるけど。
でも、はっきりとその人の顔だけは映った。
「赤杉?」
私はかすかにそうつぶやいた。
腫れているに違いない目は重く感じる。
「こんなとこでそんな格好して、何があったんだよ??!!」
赤杉は焦った様子で私の肩を握った。
その肩を握っている手は優しくてあたたかかった。
待ってたよ。
もしかしたら、いるかなと思った。
よかった。
君に逢えた。
「赤杉…に…逢え…た。」
私はそう言って目を閉じた。
赤杉の胸を借りて深く眠りについた。
こんなに安らげたのは初めてかもしれない。
あのときと同じでまた、頬を伝う雫は温かくなっていた。
ねぇ、私はどうしたら幸せになれる?
・ ・ ・ ・ ・
私はゆっくり目を開いた。
温かい。
感じたことのない感覚だった。
ああ、何でか、わかった。
君がいたからだね。
「ん?あ、起きたか。」
赤杉は薄っすら目を開いて私の状態を確認した。
人が温かいと君に教えられたとき、とても安心したんだ。
冷たい環境で育ってきた私を受け入れてくれたのも君だから。
それが、また、嬉しいんだ。
「うん。って、あ、ごめん!!!!」
私は赤杉と同じベットに一緒に寝ていたから、焦りながらベットから降りた。
頬は真っ赤にゆであがった。
「何そんなに赤くなってるの?昨日過ごした仲じゃない。」
赤杉はニヤニヤと何かを企んでいるかのような顔をして私に言った。
え?
昨日?
私は焦って体のあちこち見たり触ったりした。
「ぷっ。あはははははははははは。ごめんごめん。嘘だよ。何もしてないよ。さあーて、厚木さんは何を考えていたのかな?」
赤杉は意地悪な顔をして私のことをからかってきた。
私は頬を膨らませて怒った。
本当はこのとき嬉しかったんだ。
初めて見せてくれた表情が鮮やかだった。
君はわかったかな?
・ ・ ・ ・ ・
今日は土曜日だったため、都合がよかった。
何回も赤杉にどうしたんだと問われた。
でも、私は応えられなかった。
本当はちゃんと言いたいんだけど。
そんなことで逃げてる自分を認めたくなくて意地を張ってる。
「なあー、そろそろ。教えてよ。何で、あんなとこにいたのか。」
赤杉はこの言葉を三十回くらい言ったと思う。
心配そうな顔をしているから、私はもっと言えなくなる。
心配させたくない。
この言葉が言い訳だ。
もう、あの冷たいベットで眠るのは嫌。
ただそれだけだ。
でも、いつまでもここでお世話になるわけにもいかない。
これからどうしたらいいんだろう?
・ ・ ・ ・ ・
「ベット俺と一緒は嫌だと思うから。別のベットを用意させたから、これで寝て。」
赤杉がそう言って差し出された高級なベット。
フワフワで温かそうなのに、触ってみるととても冷たい。
私はその高級なベットをずっと見つめていた。
思い出がよみがえってくる。
喧嘩ばっかりだった本当のお父さんとお母さん。
仲良くしすぎる血が繋がっていないお父さんと弟と血が繋がってるはずなのに私を自分の子と自覚しないお母さん。
いつの間にか頬を伝う涙。
お願いだから。
溢れ出す涙。
「………お願い…だから…」
いきなり泣き出した私を見て驚いている赤杉に細くて今にも消えそうな声で言った。
ずっと言いたかった。
冷たい空間から抜け出したかった。
いつの間にか自分の気持ちが言えなくなってた。
「…お願いだから、一人にしないで……」
私は座り込んだ。
何回拭っても、何回も溢れ出す涙。
きっと今まで我慢してきたものが全部あふれ出ているのだろう。
お母さんはいつも忙しそうで、やっと話せたと思ったら何かよそよそしくて。
いつも自分の帰るところを探していた。
ねぇ、私はこの日まで、わがままを言わなかったよ?
だから…だから今だけは。
私のわがままも聞いて。
そう思っていたとき。
フワッ
あのときの温かさが伝わってきた。
赤杉の体温が私に伝わってくる。
赤杉は私のことを優しく抱きしめてくれた。
きっと私が泣いた訳は知らないだろう。
でも、きっと気づいたのかもしれない。
この日はそれ以上は私に何も聞かなかった。
でも、ただ一言。
「一緒に寝ようか。」
そう言って私と一緒に寝てくれた。
もちろん、何もされはしない。
でも、ちょっとだけ期待していたのは内緒。
伝わる体温、伝わる寝息。
あたたかいのは君が隣にいるからかもしれない。
もうきっと自分の気持ちにわかってる。
でも、こんなときに言うのは嫌だから、もう少したったら言うね。
初めて気づけたこの言葉。
・ ・ ・ ・ ・
朝に開ける目に映るものはとても鮮やかで綺麗だった。
隣には君がいて、広い肩をゆっくり揺らして呼吸をしている。
私の額に少しかかる君の息。
味わったことの無いあたたかさ。
チュッ
私は軽く頬にキスをした。
恥ずかしくて言えない言葉の代わりに。
寝ているからできること。
本当はちゃんと言いたいけど。
君とつりあうことができないから。
きっと言えない。
私が裕福な家だったら。
この人が普通の家の人だったら。
何回もそう考えた。
そんなことはただの言い訳なのかもしれない。
でも、この関係がくずれることも嫌なのも確かだ。
だから、ここで止まっているしかない。
迷い道で動けなくなっている旅人みたいだ。
自分でも情けないと思う。
そんなことを色々と考えていたとき。
「あら?始めて見る子ね。」
いきなり目の前にきた綺麗な女性は私のことを見ながら言ってきた。
私はいきなり目の前に人がきたことがすごい驚きだったため…
「きゃー!!!」
私は叫んだ。
心臓がものすごい音を立てながら驚いているのを感じた。
「あら、ごめんなさいね。驚かせちゃったかしら。」
綺麗な女性は透き通るような綺麗な声で私に心配している顔をかしげている。
その光景はすごく落ち着いていて何か安心できるものを持っていた。
「うるさいなー。いきなりなんだ?夏。」
赤杉は私の叫び声で起きたみたいで目をこすっていた。
「悠。」
綺麗な女性は赤杉の耳元でそう囁いた。
赤杉は体をおおきくびくつかせたがため息を深くついてこう言った。
「驚かさないでよ。母さん。」
え?
私は一瞬動きを止めた。
この人って。
赤杉のお母さん???
腰に届きそうなくらい長くて黒い髪の毛。
少しパーマがかかっている。
眉毛も綺麗に整っていてまつ毛も長くて多い。
瞳は綺麗な黒い目をしている。
鼻は少し高くて唇は丁度よい厚さで桃色。
肌はとても白くてびっくりした。
首や手足などは細くてくびれがはっきりと見えた。
きっと誰もが憧れる女性だと思う。
よくよく見てみれば確かに赤杉が似ているのはわかる。
そのときだった。
見えない境界線が私と赤杉の間にできていたのを感じた。
楽しそうにじゃれてる赤杉のお母様と赤杉。
なんて温かそうなんだろう。
そう思った。
こんなにも人の違いが見えるなんて。
また重く圧し掛かる重り。
胸が締め付けられる。
そんな痛みが苦しい。
「?。夏、大丈夫?」
赤杉は私の顔を心配そうに覗き込みながら尋ねてきた。
私はハッと我に返った。
「う、うん。大丈夫。」
私は無理矢理笑いながら言った。
やっぱりどこにも私の居場所は無いのかも。
私は諦めかけた。
・ ・ ・ ・ ・
「母さんはいつここに?」
広いリビングでの食事。
私は始めてだ。
昨日はずっと赤杉が部屋まで食事を持ってきてくれていた。
だから、赤杉の部屋以外にくるのははじめてたっだ。
手には汗を握り、高鳴る鼓動。
少し緊張している私に気づいた赤杉は「大丈夫。気を楽にしてくれていいから。」そう囁いてくれた。
「ついさっきよ。一番最初にあなたに逢いたかったのよ。悠。」
赤杉のお母様は綺麗な顔をフンワリと緩めて笑った。
なんて綺麗な人なんだろうと思った。
私とは大違い。
足元にも及ばない。
そう感じた。
「はいはい。その言葉は帰ってきたときに必ずきく言葉なんだからもういいよ。あ、紹介するよ。母さん、俺と高校が一緒の厚木 夏さん。夏、こっちは俺の母。赤杉 蓮奈。」
赤杉はお母さんを紹介してくれた。
赤杉が紹介した後にそっとお母様がお辞儀をしてくださったので、私も慌ててお辞儀をした。
綺麗な黒い目。
それは何か見通しているかのように微笑んでいた。
微笑みはまるで緩い陽だまりのよう。
優しくて温かくて、私のお母さんとは何かが違った。
赤杉は何かもが幸せだと未来が見える。
私はこのとき、決心した。
ここには居ちゃいけない。
ここから出なきゃ。
・ ・ ・ ・ ・
私はこの夜、赤杉が完全に寝たとき。
ゆっくりベットから降りた。
「今まで一緒にいてくれてありがとう。バイバイ。」
私はぐっすりと熟睡している赤杉の耳元でそう囁いた。
ありったけの感謝を込めて。
届いたかな?
私はゆっくり静かにこの家を出た。
これからどうしよう。
私は蒸し暑いアスファルトの道路をゆっくり歩いていた。
着ていたワンピースはまだ赤杉の家の匂いが残っていた。
私の居場所はどこにもない。
きっとそう。
私は眠くなったのでどこかわからない遠い公園のベンチで足を休ませることにした。
暗くてすごく怖かったけど、夏の暑さが少しだけやわらげてくれた。
目がどんどん重くなっていく。
ここで寝たら、明日はいつもどおりくるのかな?
ここで目をつぶったら、安らかに眠れるのかな?
ここで人生を諦めたら…
私はここまで考えてこれ以上考えないようにした。
きっと自分のもうほとんど残っていない心をもっと消してしまう。
ああ、どうしたらいいんだろう。
私はそう考えながら雲一つない生ぬるい風の吹き渡る空を見つめていた。
そのときだった。
「おーい、夏ー!!!どこだー!!!」
耳に響いた声に私は体を反応させた。
私は息を飲みベンチの影に隠れた。
・ ・ ・ ・ ・
私の居場所ってどこ?
君はどうしてそんなに私に優しくしてくれるの?
知ってる?
その優しさは人をもっと傷つけるんだよ?
・ ・ ・ ・ ・
次に続く…




