空の夏2
「大丈夫だった?頬?」
赤杉は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
私は軽く頷いただけだった。
頭の中を流れる映像はきっと私だけが気にしてる。
普通なら何も思わないのに。
「ごめんな。特進科はいつもピリピリだからさ。あいつらは特に色々起こす奴らでさ、もう…」
「全然ピリピリしてないじゃん。」
私は赤杉の言いかけた言葉を差し置いてつぶやいた。
本当はこんなことが言いたいんじゃない。
そんなのわかってる。
何をそんなに私は怒ってるの?
何を求めているの?
「え?」
赤杉は少し驚いた顔をしながらつぶやいた。
ねぇ、私は何を考えてるのかな?
一体何をしようとしてるのかな?
どうしたらいいんだろう?
「楽しそうに女の子と話してたじゃん。すごくのんびりしてたじゃない。」
私は鋭く睨んだ。
きっとさっきの女子みたいにしてればきっと気楽なのに。
きっと今、見たことも無い顔をしている。
何か…
変…
「そ、それは…」
「あんたを見てるとさ。」
私は赤杉が何かを言いかけた言葉を最後まで聞かずに言い返した。
私、何考えてるんだろう。
何かバカみたい。
何に怒ってるのかな?
何に悔しがってるのかな?
この答えは何だろう。
何処にいけば見つけられる?
どこかに答えはあるの?
「あんたを見てると…すごいイライラするんだよね。」
バカだ。
変だ。
悔しい。
私は歯を食い縛った。
本当はこんなことを言いたいんじゃないのに。
自分が不様でしょうがない。
こんな私は自分でも知らなかった。
私は何かしたいんだろう?
自分が自分じゃないみたい。
頬を伝う無数の雫。
冷たくて、重くて、まるで石みたいに感じた。
フワッ
「ねぇ、君言ってることとやってることが違うよ?」
背中に、首に、体全体に人のあたたかさを感じた。
真夏だというのに、暑いと感じなかった。
とても不思議になった。
人とはこんなにあたたかいものだったのだろうか。
いつから人と触れ合っていないだろうか。
いつからこの感触を忘れていただろうか。
また、大粒の涙が頬を伝った。
溢れ出す涙。
さっきまであんなに冷たくて重かったのに。
いつの間にか、温かくなっていた。
ねぇ、少しは欲張ってもいいかな?
少しはわがままな私も表に出してもいいかな?
今日だけ、わがままでいさせて欲しいとこのときかすかに願っていた。
・ ・ ・ ・ ・
数分後…
「あのときはね、あの人と生徒会のことで話し合っていただけだから。だから、全然気にしなくていいのに。」
赤杉は余裕な笑みを浮かべながら言った。
問題を解いているかのように楽しそうな赤杉。
私は笑っている赤杉を一回睨んだ。
その満面の笑みは何だ!!
私はそう尋ねたかった。
「別に。気にしてなんか無いもん。」
私はムスッとした顔で言い放った。
本当はすごく気にしていたけど。
恥ずかしいから、それは内緒。
言ったらまたこの人は調子に乗るだろうし。
私はきっと今変わり始めてる。
何でか?
そんなの決まってる。
赤杉に逢ったから。
見つけた。
本当の私でいられる場所。
・ ・ ・ ・ ・
帰り道…
「夏ー!!一緒に帰ろー!!」
女友達が私を誘ってきた。
女友達はみんな笑顔。
でもね、私は本当の笑顔では笑えない。
満面の笑みはできない。
だって、帰っても私の居場所が無いから。
この際、いっそのこと一人暮らしでもしてみようか。
私は時々考える。
「うん!!いいよー!!」
私はいつも同じように返事をする。
でも、なんだか今日は心が弾んでる。
何でそうなってるのかは、もうわかる。
もう少しだけ、がんばってみようかな?
それとも、待っていようかな?
君が私の気持ちに気づくのを。
・ ・ ・ ・ ・
翌日…
「あついー。」
私はダラダラと汗を流しながらダラダラと歩いていた。
まだ一時間しかたってないというのにものすごい汗をかいた。
今日も三十度を越えるらしい。
でも、冷たくて寂しい自分の家よりはきっとこっちのほうが温かくて居心地がいい。
それに。
ガチャッ
私は待っていましたかのように音がしたほうをみた。
腕に見回りという腕章。
ハンカチで汗を拭きながら屋上に入ってきたのは赤杉。
相変わらずな顔立ちで、美男である。
水もしたたるいい男?
私は小さく笑った。
こんなこと言ったら君は笑うかな?赤杉。
「相変わらず熱いねーって。何してんの?」
赤杉は私が広げていた問題集を覗いてきた。
私は赤杉が来るまで暇だなと思ったのでやってもよくわからない勉強をしていた。
教科は数学でよくわからないので無理矢理な式だった。
「何この式。見たこと無い解き方してるね。」
赤杉は私の式を見た途端にしんなことを言い放った。
ムカッ
私は無理矢理やったから式があっていないのもよくわかっている。
でも、人にそういうのを指摘されるのが嫌いなほうなので。
いつも腹を立ててしまう。
「だって、わかんないんだもん。」
私は頬を膨らませた。
こんなふうに逆ギレすることが多いのだ。
本当はこんなことで気にしたくは無いのだが、何故だか腹が立つのだ。
「じゃあ、教えてあげるよ。」
赤杉は笑ってそう言った。
私は赤杉の顔を一度みて。
「本当に?」
私は目を輝かせて言った。
本当は誰かに教わったりしたかった。
でも、小さい頃から私の両親は喧嘩ばっかりで、教わるとごろじゃなかった。
寂しくて寂しくてしょうがなかった。
「うん。喜んで。俺も復習できるし。」
赤杉は笑顔で引き受けてくれた。
私の期待はどんどん膨れる。
嫌だ。
期待させないで。
きっと傷つくから。
特進科と普通科という壁は分厚くて、きっと破ることができない。
現実を突きつけられるとき、私は泣く事しかできないから。
お願いだから、この関係が壊れないで欲しい。
・ ・ ・ ・ ・
「ありがとう、やっとわかったよ。」
私は本当の笑顔でお礼を言えた。
耳には風の音。
だんだんと早くなる鼓動。
狭まる君と私の唇の距離。
え?
後数センチで触れそうだったとき。
ブー…ブー…ブー…
赤杉の携帯のバイブが鳴った。
私と赤杉の距離は一気に離れた。
「はい。」
赤杉は何もなかったような顔をして電話に出た。
え?
今の何?
赤杉は何をしようとしたの?
「わかった。ありがとう。」
赤杉はそう言って電話を切った。
いつもどうりの顔で。
「それじゃ、時間だから。バイバイ。」
赤杉は手を振って笑って行ってしまった。
何だろう。
いつもの顔なのに。
いつもの顔なのに…
とても、悲しそうな顔をしていたような気がする。
何を隠しているの?
・ ・ ・ ・ ・
俺は息苦しくてしょうがない。
「悠、お前は私の会社を継ぐ後継者だ。ミスは絶対に許されないんだ。しっかりしてくれよ。」
父さんに何回も言われた言葉。
本当は自分の好きなようにしたかった。
でも、それは許されなかった。
普通の保育園で遊んでいても、怪我をさせないために俺だけ教室で遊ばせたり。
いつも大人の目が冷たく俺だけに向けられていた。
俺は何もかも他の人と違って、とても不愉快なのだ。
それでも、父さんは俺の言い分を聞いてくれない。
お前は私の会社を受け継がなければならないのだ。と言って何も聞いてくれない。
そして、何よりも、結婚を選ばせてもらえない。
俺にはいろんな女が寄ってくる。
成績優秀スポーツ万能、大企業の御曹子でおまけにルックスが高評価。
そりゃ、女が寄ってくるのも無理は無いと思うが。
別にそんなやつら俺以外にもたくさんいる。
俺は自分が嫌いでしょうがない。
両親のいいなりになって、自分を押し殺して。
ただ単に、僕じゃないか。
そんな自分には自信がない。
どうやったら、自分を持てるのかよくわからない。
そんなことを考えながらずっと人生を歩んできた。
でも、ある日、出会ったんだ。
本当はちゃんと自分のことを言いたいのに言えないから、表情や行動に出してしまう子。
とても、愛くるしくて、愛しい。
そんなふうに初めて思う子を見つけた。
その子は俺と同じ何かを持っているような気がしている。
初めて人を守りたいと思った。
でも、俺には無理だ。
俺が、その子が、同じ身分だったら。
どんなに嬉しかったか。
この関係がいつまでも続いて欲しい。
かすかにそう願っている。
君はどう思ってる?
・ ・ ・ ・ ・
ガチャッ
「でさー…」
「あははははは。」
家に入るとそんな楽しそうな声が聞こえてくる。
ただいま。
その言葉が喉の奥で止まる。
私はいなくていい存在。
そんなふうに自分を追い込んでしまうのは、きっと自分の存在に気づいてくれない親への悲しみだと思う。
私は何も言わず、音も立てずに二階に上がろうとしたときだった。
・・
「ねぇ、パパ、今度三人で海に行きましょう?」
お母さんそう言ったのがドア越しに聞こえた。
私は足が止まった。
時間が止まったように感じた。
息苦しい。
「夏はどうするんだ?」
お父さんと名乗っている男の人がお母さんに聞いていた。
何それ。
私はその三人には入ってないの?
「あの子はいいのよ。きっと一人のほうが好きだろうし。あの子全然しゃべらなくて怖いのよね。」
この一言で私は家を出ることにした。
この一言は普通は親が言うセリフではないと思った。
でも、「冗談」の一言も聞こえなかった。
一人が好きなんじゃない。
全然しゃべらないんじゃない。
いつも一人なんだ。
いつもしゃべられなくなるんだ。
勝手に私の言い分も聞かずに決めないでよ。
頬を伝う大粒の雫。
痛くなるほど食い縛っている歯。
熱くなるほど握り締めている拳。
暗くて、あまり見えない夜の道は。
一人ということをもっと感じさせた。
夏なのに、私の大好きで暑い夏のはずなのに。
今は冷たいと思える。
・ ・ ・ ・ ・
誰か、私を必要としてくれる人はいるのか。
私はこのままどうすればいいのだろうか。
ただ、ただ、鼻をすする音しか聞こえなかった。
・ ・ ・ ・ ・
次に続く…




