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空の夏  作者: 春月桜
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空の夏4

「あなたはどうして隠れているの?」


 いきなり目の前に現れたのは、赤杉のお母様の蓮奈さんだった。


 私はあいた口がふさがらなかった。


「な、何でここに?」


 私は放心状態になりかけながら蓮奈さんに尋ねた。


 顔がひきつってしょうがない。


 普通に考えてこの真っ暗の中でベンチの影に隠れている人を見つけるなんてすごく難しいことだ。


「夜中に悠がいきなりドタバタし始めて、どうしたの?ってきいたら、夏がいないんだ!!!って汗をかいて焦ってたから、びっくりしちゃった。一緒に探してたの。」


 私は驚くだけだった。


 本当は心の中では嬉しくてしょうがない。


 でも、それは外に出せない。


 恥ずかしいし、何よりも価値観が違う。


 私はきっと一生この言葉をだまし続けるだろう。


 きっと違う。


 この気持ちはそんな意味じゃないって。


 すべてを否定するだろう。


「初めて見たわよ。あんなに焦ってる姿。でも、ちょっと安心したわ。」


 蓮奈さんは綺麗な微笑みを見せながら言った。


 私は首をかしげながら聞き入っていた。


 少しでも赤杉のことが知れるかもしれない。


 少しでも赤杉を近くで感じられるかもしれない。


 そう思ったから。


 そう、思えたから。


「あの子は小さい頃から我慢し続けてきたから。あんまり私やお父さんには自分を出そうとしなかったの。でも、すごくびっくりしたわ。何かの大事なものをなくしたみたいな真っ青な顔して焦っていたわ。だから、それでわかったわ。あなたはあの子に必要なのかもしれないって。」


 私の頬から公園に生えている雑草に一粒雫が落ちた。


 きっと嬉しすぎたんだ。


 私は泣き虫だ。


 泣いているときにいつも心にしまう言葉。


 でも、今だけは。


 そう思った。


 ギュッ


 蓮奈さんが私のことを強く抱きしめてくれた。


 あったかい。


 そう感じた。


 私は食い縛っていた歯を少しだけ緩めた。


 こぼれる泣き声。


 でも、今はあまり気にならなかった。


「悠だけでも、何があったか話してあげて。きっと、ちゃんと聞いてくれるから。悠に少しでも心を預けたら?」


 耳元で優しく囁く蓮奈さんの声は綺麗で歴史に残る人の誰かの名言よりも言葉が心に響いた気がした。


 私を包み込んだあたたかさはまるで生まれた子供が初めて母親に抱きしめられたときのようだった。


 本当は母親はこうであるべきなのだ。


 でも、私の母は違った。


 抱きしめてくれるどころか触ってもくれなかった。


 その寂しさが今は心からにじみ出てきている。


 この寂しさはいつか消えるだろうか。


 この傷は癒えるときはくるだろうか。


 このことはずっと考えてきた。


 でも、もうきっと大丈夫。


 きっと。


・ ・ ・ ・ ・


 私は蓮奈さんのぬくもりで寝てしまっていた。


「よかった。」


 蓮奈さんの腕の中でぐっすりと寝ている私に赤杉は声をかけた。


 一気に力が抜けたらしく座り込んで大きくため息を一つついた。


 蓮奈さんはその光景を見て。


「あなたを変えたのはこの子でしょ?本当に人間らしくなったわね。私達には全然見せない面をいっぱい持ってたのね。気づけなくてごめんね。」


 蓮奈さんは寂しそうに謝った。


 きっと心の中では複雑な気持ちをしているに違いない。


 十数年も親子をしているのだから、他の子に知らない表情を見せているなんて。


 いろんな気持ちが生まれるだろう。


 赤杉はそんな蓮奈さんのことを見つめて。


「俺はずっと我慢してきた。保育園のときも小学校のときも中学校のときも、今だって。ずっと我慢してきた。今の俺はこの子が必要なのかはまだわからない。いつも振り回されるしめんどくさいものに絡まれてる時に助けないといけないし。でも、いないとすごく心配になるし。いるとすごく嬉しくなる。だから、すごく大切なんだ。俺の動かすものは必ずこの子だから。失いたくない。」


 赤杉は寝ている私の髪を優しく撫でながらそう言った。


 何かを求めるように。


 触れた手はあたたかくて。


 寝ている私にも少しだけわかった気がした。


 ねぇ、少しでも君に近づけたかな?


・ ・ ・ ・ ・


 次の日、私は学校を休んだ。


 行く気がしないというよりも今は誰とも逢いたくないから。


 ついさっき、赤杉が朝食を食べて部屋を出て行った。


 きっともう歩いているだろう。


 いつもの道を。


 私は止まったまま。


 一歩出るのがとても怖い。


 そう思っている。


 ただの言い訳なのはわかる。


 でも、この足が一歩踏み出そうとしないかぎり、私は動けない。


 何回も玄関の廊下を行ったりきたりしている。


 本当は外の空気を吸いたい。


 本当は友達としゃべりたい。


 でも、足が動こうとしてくれない。


 どうしたらいいんだろう?


 私はずっとうつむいていた。


 そのときだった。


「誰だ?お前は。」


 黒ブチの眼鏡をかけている男性が私のことを驚きながら見つめていた。


 誰だろ?


 見たことのない人。


「誰か!!!こいつをつかまえろー!!!泥棒だー!!!」


 いきなりその男性は大声でそう叫んだ。


 私はあわあわとうろたえるだけだった。


 どうしよう!!!


 困ったことになった。


 ダダダダダダ…


 いきなり大勢の執事やらコックやら清掃員やらいろんな人が私を取り囲んだ。


「お父さん?朝からなんの騒ぎ?」


 後ろから蓮奈さんがその男性の隣にきて目をこすった。


 お父さん?


 私は首をかしげた。


 今お父さんって言ったよね?


「あら、みんな血相変えてどうしたの?」


 蓮奈さんはまだ、この状態をわかってないみたいで、状態を眺めていた。


「知らない奴がいたから、泥棒だと叫んだ。」


 その男性は自慢しているかのように胸を張ってそう言った。


 おてがらだろ?と蓮奈さんにいばっているようにも見えた。


 思わず笑いそうになった。


 何だかよくわからない人。


 その状態を蓮奈さんは数秒見て。


「あははははははははははは……」


 お腹を抱えながら大笑いをした。


 中々その笑いがやまないことは言うまでもない。


 数分後。


「そういえばお父さんに紹介してなかったのよね。この人は私の夫=悠のお父さん赤杉 努《つとむ》です。簡単に言って一家の大黒柱。そして、お父さん、この子は悠のお友達の厚木 夏さん。」


 赤杉のお父さんの努さんは何かにしろ堅苦しいオーラがあるため少し恐怖感を覚えた。


 でも、さっきの自慢げに言った言葉は可愛いと思った。


 そして、何か心に引っかかるんだ。


「よろしく。」


 努さんは無表情で私にそう言ってきた。


 私は多少怯えながらも。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 私からも高級で艶やかなテーブルに額がくっつきそうなくらい深くお辞儀をした。


 複雑な思いが心の中をよぎった。


 この人には何かを感じる。


 そう、思った。


・ ・ ・ ・ ・


 ガチャッ


「お帰りなさいませ悠様。」


 赤杉に歳老いた男性の執事がそうお辞儀をした。


 赤杉はそのいつもの光景に笑って応えた。


「ただいま。」


 そう言って赤杉はリビングに向かった。


 いつものことだ。


 ガチャッ


 赤杉はリビングに通じている扉を開けた。


 茶色くて丁度よく艶がある。


 取っ手は金色の金属である。


 そんな洋風の扉を開けた瞬間だった。


「と、父さん?仕事は?」


 私は少し動揺している赤杉を見つめた。


 どこかぎこちない赤杉に驚いた。


 何故、「と」という言葉が詰まったのかよくわからなかった。


「ああ、少し、時間に余裕が持てたからな。家族の時間も取ろうと思ってな。」


 優しそうに笑った努さん。


 でも、その笑顔には、本当の優しさがなかったような気がした。


 どこかにひっかかるこのもやもやはどうして、この心に表れるんだろう。


 私は自分の胸に手を当てながら考えた。


「…そう。よかったね。ゆっくりしてよ。」


 赤杉はそう言って笑顔を見せながら自分の部屋に戻ろうとした。


 やっぱり違う。


 私と一緒にいるときに笑ってる笑顔と、努さんと話してるときの笑顔が全然違う。


 すごく。


 何かが行き詰る。


 吐く息が吸う息が、全てが苦しくてしょうがない。


「待て。悠、お前のこの友人は特進科なんだろうな?」


 努さんは自分の部屋へ行こうとしていた赤杉の手首を掴みながら訪ねてきた。


 私は一気に大きい重りを乗せられた感覚になった。


 現実に引き戻される感触は何回も味わってきた。


 でも、この現実は特に重い。


 赤杉は努さんの目を逸らしながらつぶやいた。


「普通科だよ。」


 赤杉は重くその言葉を吐き出した。


 赤杉はその言葉を言うときにどう思った?


「何でそんな奴と関わっている。お前まで、悪くなるぞ?」


 努さんは怖い顔をして赤杉のことを止めようとした。


 わかってた。


 つりあわないこともわかる。


 私と関わってたら悪くなることもわかる。


 でも。


 でも、一秒でも長く赤杉と一緒にいたかったんだ。


「厚木さんと言ったね。」


 努さんはさっきの無表情のまま私に向かってそう聞いてきた。


「はい。」


「帰ってくれ。」


 そう言われた瞬間に氷のように冷たい何かを感じた。


 そんなことが言われるのなんてわかってたつもりだった。


 覚悟を決めていたはずだった。


 でも、もう無理だろう。


 私の居場所はもうどこにもなくなった。


 私はゆっくりと立ち、リビングから廊下に出た。


 重たい足取り。


 苦しい呼吸。


 光が見えない明日。


 全てが暗闇で、全てが悲しみで、全てが冷たくて。


 ガチャッ


 私は玄関の扉を開けた。


 開けた途端に生ぬるい風が髪をなびかせる。


 もう辺りは真っ暗だった。


 何も見えない私に似てる。


 私がすごく頭がよければ。


 私がすごく運動ができれば。


 私が大金持ちだったら。


 私が家族と仲がよかったら。


 どんなに幸せだっただろう。


 どんなに毎日が楽しくなっただろう。


 もし、そうだったら。


 こんなに苦しむこともなかったのに!!!!


 私は自分を苦しめた。


 自分を封じ込んだ。


・ ・ ・ ・ ・


 バタン…


 静かにそう閉まった扉。


 その音はまるで俺の心を切り裂くようだった。


 また俺から遠ざかるのか?


 また俺を心配させるのか?


 俺はもうこりごりだ。


 こんな不安定な状態は。


 まだ、お前から何で家を出てきたのかを聞いてないじゃないか。


 まだ、お前の好きなものも嫌いなものも何も知らないじゃないか。


 だから、まだ。


 行かないでくれ!!!


 俺が走り出そうとしたときだった。


 グッ


 強い力で腕が引っ張られた。


「どこに行く!!あいつとはもう一切関わるな!!!」


 父さんが俺の後姿にそう叫んだ。


 いつもそうだ。


 俺の話も聞かずに自分の言いなりにさせてきた。


 でも!!!


「俺はあんたの奴隷じゃない!!!!いい加減に自分の醜さに気づけよ!!!!やっとわかったんだ!!!!俺にはあいつが必要なんだ!!!!」


 俺はそう言って、飛び出した。


 ずっと、言いたかった言葉がこんなあっさり出せることに驚いた。


 心の中に隠していた思い。


 やっと出せた。


 足が痛い。


 喉の奥が押しつぶされる感覚がした。


 どんどん早くなっていく鼓動。


 筋肉痛になりそうなくらい振っている拳は汗じみている。


 視界が暗いから全然視界が広がらなくて、気配を感じ取ることしかできなかった。


 少しでもはやく。


 君に触れたいと思っていた。


 本当はもう自分の心に答えはあったんだ。


 「これは何だ?」と問われたら必ず答えられた。


 だけど、自分の立場から色々批判をされることはわかっていたから嫌だった。


 でも、よく考えて、俺はただの言い逃れだったのかもしれない。


 本当は俺よりもあの子のほうが傷ついていたのではないだろうか。


・ ・ ・ ・ ・


 俺の立場はなんのためにあるのだろう?


 ずっと探してきた答えはどこかにあるのか?


 そもそも、探してきたことなどあっただろうか?


 あの子にあった時点で、もう。


 逃れられない蜘蛛の巣にひっかかったことはわかっていたのかもしれない…


・ ・ ・ ・ ・


 次に続く…













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