茅部家と大浴場の怪7
僕と梨郷は玄関へ行ってみることにした。廊下を歩きながら、梨郷が床をしきりに気にしている。
「なんだよ、どうした?」
「んー。露天風呂から水を叩くみたいな音がしてたのよね。だから犯人は服が濡れてるんじゃないかしら? 廊下に水が落ちてるとか」
「服から滴り落ちるほど濡れてるってことはないと思うぞ。ほら」
僕が指で示すと、梨郷はドアへ視線を向ける。
「何よ?」
「もっと下だ」
注目するのは三和土である。
「ん……?」
「コンクリートで固めてあるから、水を垂らすと後が残るだろ?」
雨の降り始めを思い出してもらえればいい。当然だが、乾いたアスファルトに水を垂らすと色が変わるのだ。
「あ! つまり、玄関は使ってないのね?」
「そいつが濡れてれば使ってない。ちなみに」
僕はサンダルを履いて、三和土に降り、玄関の戸に手をかけた。
うん、やっぱり。
「濡れてなくてもここは通ってないな。鍵がかかってる。うちの玄関は鍵がないと外から鍵をかけられないようになってるから」
「そ、その鍵取られたんじゃない?」
「僕は持ってるぞ」
ズボンにつけておいたベルトにつけておいた鍵を見せる。
「後は父と母が一つづつ。赤津さんも持ってる。後は予備。全部で五つだな」
「そんなにあるなら、誰かのが盗まれてるんじゃ……」
「なら確認するか?」
まず、父と母にメールを送り、風呂近くの窓などを調べた。すべて施錠されていたので、窓からも逃げてはいないだろう。
それから台所で洗い物をしていた赤津さんの元へ。
「あら、どうしたの?」
エプロンで手を拭いて、歩み寄ってくる。
「赤津さん、玄関の鍵持ってる?」
「ええ」
ポケットから猫のキーホルダーがつけられた鍵を取り出す。
「どうかしたの?」
赤津さんは不思議そうに首を傾げる。
「あのっ」
まさに意を決して、って感じだな。この人見知りのお子さまは。
「予備の鍵はなくなってませんか?」
「予備鍵? えーと」
赤津さんは台所のそばにあるドアへ入って行った。僕も続く。小部屋には壁に埋め込まれている金庫が一つ。
「なくなってないわよ? ほら」
見せられたのは黒い紐に結ばれた鍵だった。丁度そのタイミングで父や母からメールが来たが、やはり何者かに盗られたわけではないようだ。
「鍵がどうかした?」
「露天風呂で、変な人を見たんです!」
いちいち叫ばなくても良いんだけど。
「……泥棒、かしら……?」
赤津さんは眉を寄せて頬に手を当てる。
「……いや。多分違うと思う。入られた形跡はないし」
これは付き合いが長いからこそ言えることなんだけど、赤津さんの反応が普段と違う。
僕の場合、梨郷に『不審者を見た』と言われても一回では信じない。これまでも思いっきり振り回されてるからな。確認して初めて『半信半疑』の状態になるわけだ。
でも、赤津さんは違う。こういう時、冷静に『泥棒かしら?』なんて言う人ではないのだ。客である梨郷が不審者を見たとあれば真っ先に心配するはず。
言うまでもなく、赤津さんは何かを知ってるな。




