茅部家と大浴場の怪6
びびりまくる梨郷と一緒に暖簾をくぐって脱衣所へ入るが、そこには誰もいなかった。棚の一番下の籠の中にあるのは梨郷の着替えだろうか。
当然だが、その他の籠は空で、誰かが服を脱いで入った様子はなかった。もちろん、服を着たまま浴室へ入っていた可能性もあるのでなんとも言えないけど。
「ほら、誰もいないみたいだぞ。早く着替えろ」
「うー……」
梨郷は恐る恐る籠に手を伸ばした。すると、何やらはっとした様子で僕を振り返る。
「ちょっと、こっち見ないでよ」
「あー、わかったわかった。僕は中見てくるから」
僕はひらひらと手を振って、浴室の硝子戸に手を伸ばした。すると、
「ぃっ」
冷たっ。
視線を落とすと、お風呂マットがびっしょりと濡れていた。
まったく。あいつ、相当驚いて出てきたんだな。
改めて戸を開け、湯気が漂う浴室へと足を踏み入れる。
もちろん、誰もいない。いや、何か見たのは露天風呂だったか?
僕は浴室を通って、露天風呂の戸の前へ。
「あーっ」
着替え終えたらしい梨郷がペタペタと走ってきた。
「おい。危ないから走るな」
「うるさいわね! あんたが置いていくからでしょ?」
着替え見るなっつったのはそっちだろうが。
「まったく、尚は。さ……さっしが悪いのよね」
また覚えたての言葉を。
「じゃあ、ほら、先に行け」
僕が親指で露天風呂の戸を指すと、動きを止めた。
「な、尚の方が戸に近いじゃない」
「何センチの世界だろ。まったく」
僕は露天風呂の戸を横にスライドさせて、外へと出た。うん、凸凹の石畳、所々溜まった水に触れると冷たいな。
それはそれとして、
「……何もいないぞ?」
岩の浴槽の中にはもちろん、その周りに人の気配はない。外から見えないように植えてある木々、つまり林の中にも入ってみたが、特におかしなところはなかった。
ちなみにこの林をまっすぐ抜けると、うちの屋敷を囲む塀に突き当たる。中庭からは回り込めないようになっているので、林を抜けて外へ逃げるのは無理だ。塀はそこまで高くないので越えたりよじ登ることは可能だが、外に掘りがあるからな。
無用な問答が面倒なので、最初から梨郷にはそう伝える。
「じゃ、じゃあ、さっきの人はどこへ消えたの?」
「そりゃ、お前が飛び出して行ったから、その間に堂々と出口から露天風呂を出たんだろ」
「だったら、玄関から逃げたの?」
「そうなるな。僕がいた客間は、露天風呂を中心とするなら、玄関と真逆だ。逃げるのは簡単だろ」
「なんで冷静なのよ! それじゃあ、完全にふほうし……不法? 侵入でしょ!?」
梨郷の焦りように失念していた。確かに。
逃げた侵入者は何者だ?




