茅部家と大浴場の怪8
赤津さんを疑い始めると、今日の彼女の様子がどことなくおかしかったことに気づいた。注目すべきはキッチンで何かを探していたあの時。
あれは、何を探していたんだろう。僕には言いたくないことだったんだろうけど。
「私、わかっちゃった」
芝居がかった低い声に僕は梨郷を見やった。
「何がだよ?」
「お風呂にいた、人影の正体よ!」
「ん? てことは考えなくて良いのか」
予想外にスピード解決だったな。
「ちょっ、尚は尚でちゃんと考えなさいよ! 何サボろうとしてるの」
「サボってないだろ。で? その正体って?」
僕と戸惑いの表情を浮かべる赤津さんが見守る中、ゆっくりと口を開いた。前も思ったけど、ドラマ風の雰囲気出すのやめろって。
「未だに私に隠してる、尚の妹よ」
赤津さんが瞬時に吹き出した。僕はもうなんて言ったらいいか。
「お風呂に入る時、戸が少し開いてて、お風呂マットがびしょびしょに濡れてたのよね。赤津さんはお手伝いさんだから先に入らないし、尚もまだだったでしょ? きっと先に入った人がいたのよ。それはもう、私達三人以外の誰か。尚の妹しかいないじゃない!」
僕は梨郷の頭に手を置いた。
「言ったろ、僕に妹はいないって」
「うそっ、なんで嘘吐くのよ!」
「あー、ごめんね、梨郷ちゃん。今はいないけど、尚君の妹のナナちゃんていうのは猫なのよ」
梨郷は予想通りぽかんとした。
「ね……こ?」
赤津さんは困ったように笑い、
「尚君が生まれてから少しして飼われた猫なの。尚君は兄弟がいないから、妹だって言って小学生くらいまで可愛がってたのよ」
僕にとっては黒歴史。色々と痛いこと言ってた気がするし。
ん、でもそうか。猫か。
「……それならそうと言えば良いじゃない……。尚のばか」
この話したの、赤津さんだろうが。
「軽々しくばかとか言うな」
「あっ、痛い痛いっ」
梨郷の頭に置いた手を軽くグリグリしてやる、
さて。それはそれとしてだ。
「とりあえず、今回のことはわかった。謎でもなんでもないけどな」
「へ……?」
僕は赤津さんを見やった。
「赤津さん、うちに猫を連れ込んでるだろ?」
「!」
彼女は大きく目を見開いた。それから困ったように笑う。
「え、えーと。わかっちゃった?」
梨郷は僕と赤津さんの顔を交互に見ている。
「赤津さんには前科があるからな。でも今回のは野良猫じゃないだろ?」
赤津さんの猫好きは筋金入りで、前にも野良猫を拾ってきたことがあったのだ。ていうか、『僕の妹』も赤津さんが拾ってきた捨て猫である。
「猫が逃げちゃって、赤津さんがこっそり探してた……ってこと?」
「そうだ。多分、誰かから預かった猫なんだ。だから必死に探してたんだろう。僕に言わなかったのはお客を連れてきていたから。客の前で猫がいなくなったなんて、言えないからな。キッチンにキャットフードみたいのも落ちてたし」
「う……! 尚君、鋭いわねぇ」
鋭いっていうか、赤津さんの性格と行動パターンを知ってるからだ。
「じゃあ、つまり露天風呂のことは」
「まず、逃げ出した猫が大浴場へ侵入したんだ。梨郷はうちへ来た時に誰かが入っていくのを見たんだろ? それが猫だったんだ」
「え、でもあれは誰かの足だったような」
「大浴場の暖簾は長めだから、床から数センチしか離れてない。その下を通っていく猫の体が足に見えたんじゃないか」
「そう言われればそうなのかしら?」
「で、梨郷のその発言を聞いた赤津さんは僕達に食事を出して、洗いものをした後で猫を探しに行ったんだ。梨郷が僕とテレビを見てるのを確認してからな。浴室の中で猫を捕まえて脱衣場の風呂マットで足を拭いている時に梨郷が入ってきたから露天風呂へと逃げ込んだ。そこで猫が暴れでもして、水音が立った。さらに梨郷が露天風呂へ移動して来たから、林の中へ」
「あ……じゃあ、人影は赤津さんで、私が尚のところへ行った時に大浴場から脱出した……ってことね!?」
そう。多分これが、真相なのだ。




