窓の外の廃村4
僕達は音楽室へと移動した。思った通り、音楽室の鍵も開いていた。中へはいると、梨郷が話していた通りの間取りと家具類の配置。
例のカーテンは開いていない。
「やっぱり繋がってないのかしら」
僕はガラス戸へ歩み寄ってカーテンを開いた。もちろん、そこは廃村などではない。資料室から見た光景と同じ、夜のグラウンドである。ふと、ガラス戸に汚れがついていることに気づいた。
「なぁ、半分だけ閉まってたっていうことは、この隙間から見えたんだな?」
梨郷の話だけでは分からなかったが、ガラス戸の半分を隠すと幅は1メートル前後か。
「そうそう」
「見た子は近づいて確認してないんだよな?」
「怖くなって逃げたって。どう、何かわかった?」
「ああ、わかった」
「そう、わか……ぇぇっ!?」
「答え合わせが出来る状態じゃないから、ただの予想でしか話せないけどそれでも良いか?」
「聞く聞く!」
僕は一息吐いて、
「確かお前、地理で資料ビデオを見たって言ってたよな」
「それが、どうしたの?」
「その時に聞いたんじゃないか。廃村って言葉を」
梨郷は少し考え込んで、
「言われてみればそうかも……。先生が山奥には廃村が多くてって言ってた気がする!」
てことは、その言葉は六年生が言ったんじゃないな。梨郷が無意識にその言葉を口にして、広まってしまったんだ。
それにしても先生、か。
「それで? それが関係あるの?」
「いや、僕が知りたかっただけだ。じゃあ、本題だけど、六年生が見たのは液晶テレビの映像だ」
「……は? そんなの見間違えるはずが」
「六年生はよく確認せずにすぐに逃げてきたんだよな? なのに誰もいない、真っ暗な村の跡が見えたんだろ? ベランダには高い手すりがあるし、普通外は見えない、以上のことを考えても、液晶テレビを窓に張りつけて見せた映像なんだ。その映像は資料室のDVDなのか自分で撮ってきたのかはわからないけどな」
「確かに真っ暗なら見えないわよね。そっか、テレビの映像なら光ってるから暗くても見えるのね。でも、張りつけるって……そんな」
「テレビにはガムテープを剥がしたような跡があった。そして、ここのガラス戸にも」
「あ……ほんとね」
「間違いない。カーテンの隙間はテレビに合わせて調節したんだろう。もしかすると縦に二台合わせたのかもな。だから、一台だけ擦れたような跡があったんだ。ベランダにセットするときに横にしたんだろう」
そうすることで、地上と空を写し出せる。
「えぇー……。わざわざ資料室から運んだってこと?」
「ああ」
テレビはそうだが、延長コードを通じて電気を送っていたのは資料室のコンセントだ。ベランダからなら可能だ。
「なんで、そんなこと」
うーん、予想はつくんだけど、言いづらいな。
「まぁ、イタズラじゃないか? 最初は音楽室に忘れ物があったから、取りに来た人を驚かせようと思って。今日は仕掛ける前に逃げたみたいだけどな」
「なんで私達相手に仕掛けなかったのかしら?」
「渡り廊下のドアのノブの下に変な機械が付いてたんだ。ドアを開けると、知らせてくれるようなセンサーだったんだろ。非常階段から入ったから仕掛けが間に合わなかったんだよ」
「そういうことなのね……。そうね。納得出来るかも」
「先生にこの事を話して、全校生徒にイタズラをしないよう注意してもらった方が良いぞ。言っておくけど、犯人探しはしない方がいい。この仕掛けを作った奴は先生からの注意で止めるはずだからな」
「え、ええ。わかったわ」
梨郷に解決方法を提案するとさっさり納得したのだった。僕はというと……やっぱりイタズラの犯人に直接注意することにする。
警備員室まで戻ってくると、警備員は完全に眠りこけていた。
とりあえず起こして、戻ってきたことを告げる。そこですかさず、服をまさぐる演技。
「あれ。スマホ、置いてきたか?」
「へ? あ、そういえば帰りはライトをつけてなかったわね」
暗闇に目が慣れてたからな。
「悪い、ちょっと取ってくるから、梨郷はここで待ってろ。任せて良いですか?」
「ああ、構わんよ。そこにでも座ってな」
眠りこけていたにも関わらず、冷たい緑茶を紙コップに注いで梨郷へと渡してくれる。意外に気が利く人だ。でも、すぐに寝るっていう。
「じゃあ、行ってくる」
パイプ椅子に座った梨郷が見上げてくる。
「一人で大丈夫なの?」
「ああ、勝手に帰るなよ。危ないから」
「帰らないわよっ、もうっ」
僕は再び資料室へと向かった。
◯
僕はスマホのライトをたよりに資料室へと戻り、戸を開けた。
「まだいますよね?」
そう呼び掛けるが、返事はない。
「あなたの生徒は連れてきてませんよ。先生」
物音がした。見落としていた棚と棚の間からゆっくりと出てくる。どうやら棚と後ろの壁との間に隙間があるらしく、そこに隠れていたらしい。
腕まくりをしたワイシャツにズボン姿。僕が言ったように彼が梨郷に地理を教えていた教師なのだろう。まだ二十代かな。
「君、高校生?」
警戒するような声に僕は頷く。
「梨郷……今居梨郷の連れです」
「さっきのは今居さんか……」
梨郷の担任の先生みたいだな。では、単刀直入に。
「なんであんなイタズラを?」
梨郷の担任は躊躇うように、
「資料室の……噂をどうにか消したかったんだ」
「話し声がするっていう奴ですね。それで音楽室にあんな凝った仕掛けを作ったんですか」
「その様子だと全部わかってるんだね」
「資料室で何か、あまり生徒に見られたくないことをしていて、それを聞かれてしまったんですね」
つまりは探検していたという野球部員のことだ。
「……ああ。頼む、このことは」
「ええ、言わないですよ。ただ、梨郷の方から話があると思うので、生徒に注意を促して、先生自身ももう止めて下さいね」
担任は肩を落とした。
「ああ、わかった。せっかく至福の時間だったんだんだけどな。そうだ、最後に君も見て行く?」
僕は思わず顔を引きつらせた。
「いや、正気ですか?」
見てくってことはやっぱりこの人、ここでちょっとヤバいものを視聴していたのか。
「アニメは嫌い? 今時の高校生はアニメ好きも結構いるって聞いたけど」
弾むような声に、僕はぽかんとしてしまった。
「アニメ、ですか?」
「そう、特に変身ヒロインが好きでね! 奥さんに内緒でここで見てたんだ」
あー……そういうことか。
「あれ、どうしたの? 子供っぽすぎて引いてる?」
「いや、そのむしろアダルトなものかと思ったので」
「あっはは。ないない。小学校でそんなの見たくないよ」
まぁ、確かに。この人、脱力系の影響を撒き散らす人なのか。
「まあいいや。ありがとう。今度はネットカフェとかで見るよ」
「……そうですね。ここでよりは良いんじゃないですか」
担任は毎日は無理だなーとか言いながらため息を吐いている。
まぁとにかく、本当の意味で解決だ。彼の尊厳を守るため、梨郷には話さないでおこう。




