窓の外の廃村3
夜中、三階の資料室の前を通ると複数人の話し声が聞こえてくる。その怪談は窓の外の廃村の噂が流行る前は持ちきりだったらしい。幼い子供の声だったり、女性や男性、老人の声も聞こえる。しかし、戸には鍵がかかっていて中には誰もいないという。
僕は校舎の横に設けられている螺旋状の非常階段の前で足を止めた。
「それ、最初は誰が聞いたんだ?」
「えっと、確か五年生の野球部の部員。部活が終わった後に暗くなった校舎を探検してたんだって」
「そこから広まったのか……。ちなみに音楽室の噂のほうが後か?」
「順番的にはそうなるわね」
関連性があるのか?
「確か音楽室も三階だったよな?」
「そうだけど、何か関係あるの?」
「まだわからない」
僕達は螺旋階段で校舎三階まで上る。非常口から中へ入ると、廊下は真っ暗だった。非常灯の明かりだけが先に見える。
案の定、梨郷が僕にしがみついてきた。
「行くぞ」
「うう、暗い」
「当たり前だろ」
「そうだ、電気点けましょ! 許可をもらって入ってきてるんだから」
「そんなことしたら、廃村は現れないんじゃないか?」
「う……」
僕はスマホのライトを起動させた。しかし、心もとない。懐中電灯を持ってくればよかったかもしれない。
「で、音楽室は?」
「一番奥の部屋。その手前が資料室よ」
僕達は廊下を歩きだした。侵入しているわけではないので堂々としていて良いのだが、なんとなくそろそろと足を進める。
「ひっ」
僕の腕にしがみついている梨郷が短く声を上げた。
「ななななにか、きき、聞こえない?」
「ん?」
耳をすますと、確かに何か音が。いや、話し声? ごにょごにょというった感じで聞き取りづらいが確かに人の声のようだ。
丁度理科室を通りすぎた。
「この先は資料室と音楽室しかないわよ……?」
噂通りなら、資料室から聞こえてきてるのか? こういう場合、近づくと声が止んだりするんだよな。
よし、一か八か。
僕は走り出した。
「ちょっ!?」
梨郷の焦る声が聞こえたが、気にしない。廊下を駆け抜けて、資料室のルームプレートを確認し、戸を勢いよく開けた。
「……」
声は止んでしまっていた。
真っ暗な資料室の広さは普通の教室ほど。教卓、ホワイトボード、長テーブル、パイプ椅子などが並んでいる。そして教室の後ろの方の台に液晶テレビがいくつか。棚に収まっているのは資料映像のテープ、DVD、本など。
僕が小学生の時もそうだったが、ここで直接授業をすることもあるのだ。部屋の隅、上の方に設けられているテレビかプロジェクタで映像を流すこともある。
「尚ぉ~」
追い付いてきた梨郷がしがみついてきた。
「何考えてるのよ! いきなりいなくならないでよ」
「数メートル離れただけだろ」
お化け怖い癖にこんなところまで来るから。この矛盾した反応はなんなんだ。
「それより、何かいたの?」
梨郷が資料室を覗くが、見ての通り。
「なんだ、びっくりした。聞き間違いだったのね」
「……どこかに隠れたのかもな」
「誰が?」
「今聞こえてた声の主だ」
「そ、それって幽霊……ってこと?」
「いや、人間だろ。明らかに」
「うそよ! この部屋に隠れられるところないじゃない」
確かに身を隠せそうな場所はない。教卓か液晶テレビの後ろだったら行けそうか?
僕は資料室へ足を踏み入れた。スマホのライトで教卓と液晶テレビを調べる。もちろん、隠れている人物はいなかった。
「や、やっぱり誰もいないのよ。これは絶対霊の」
「資料室の鍵が開いてたんだぞ?」
梨郷はキョトンとした。
「開いてたから何……? 霊が開けたんでしょ?」
「え、お前の中の霊ってやつはわざわざ鍵を開けて部屋の中へ入るのか?」
「色んな種類がいるでしょ!」
どんな種類だ。
気を取り直して、僕は三台の液晶テレビを順々に照らしていく。
「これは何に使ってるんだ?」
僕の時はなかったな。
「教室で資料映像? を見るときに持ってくの。教室のテレビは古いから、DVDが映らなくて」
どんだけ古いんだよ……。そういえば、僕の頃は古いビデオテープを映してた。DVDが普及する前のメディアらしいからな。
「それで液晶テレビを教室に」
DVDプレイヤーが内蔵されているタイプなんだろうな。DVD用ならアンテナとかいらないだろうし。42型か。
ふと僕は液晶テレビの脚の部分にライトを当てた。縛られた延長コードが置かれている。そして下から上へライトを移動させて行く。
「これはなんだ?」
テレビの枠、右側全体に何かを擦ったような傷がついている。その一面だけのようだ。まるでこの面を下にして地面を引きずったような。
「ほんと、どうやってついたの? この傷」
さらに調べると裏側にガムテープを剥がした跡のようなものが。
しかし、他のテレビに異常はない。これだけだ。
確か隣が音楽室だったよな。
「梨郷、この部屋のコンセントの位置はわかるか?」
「えっと、確かそこに」
梨郷が最初に指を指したのは、ベランダ近くの壁だった。後は教卓のそばにあるらしい。
僕は歩み寄ってベランダのカーテンを開いた。
「尚!?」
窓の外は異世界ではなく、学校のグラウンドだった。街灯がポツポツとついているが、完全に夜の闇が呑み込んでいる。
ガラス戸を開けると、生暖かい風が吹き込んできた。
ベランダは各部屋ごとに独立していて、隣の音楽室のそれも見えた。だが、飛び移るのは難しそうだ。出来なくはないだろうが、少し遠い。物を投げ込んだりするのは簡単にできるだろう。
「きょ、今日は異世界へ繋がってないのかしら?」
最初から繋がってないと思うぞ。
「……音楽室に行ってみるか」
「ここは良いの?」
「ああ」
はっきり言って、資料室と音楽室、廃村と話声の噂は繋がっている。そして、今回は犯人がいる。意図的にこの現象を起こしている存在が。




