表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生監督の異世界興行録 ~奴隷市場で拾った役者たちを舞台に上げたら、王国中が客席になった~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/35

第7話:傷は才能だ

 ハインリヒから渡された記録帳は、思ったより分厚かった。

 

 元奴隷たちの名前。出身地。年齢。買取価格。特記事項。


 ページをめくるたびに、ひとつひとつの人生が流れ込んでくる気がした。


 俺はパンをかじりながら読んでいた。


(役者候補か、それ以外か)


 監督人生で最低の選別基準だとはわかっている。


 わかっているが、今はそれしかない。


 ハインリヒが廃業した以上、この人たちの行き先を作るのは俺の仕事だ。


 行き先を作るのに、俺にできることは劇しかない。


 だから選ぶ。役者の目で、全員を。


 革命後の混乱はまだ続いていた。


 奴隷制度が一時停止されたことで、どこに行けばいいかわからなくなった元奴隷たちが、街の各所に()まっていた。


 子どもたちが路地で固まっている。老人が広場の端に座り込んでいる。


 俺はその中を、パンをかじりながら歩いた。


―――


 ルーチェを見つけたのは、廃屋の隅だった。


 小さな体が壁に背をつけて座り込んでいた。


 痩せている。手が膝の上で光っていた。淡い白い光。不安定に明滅している。


 まるでロウソクの炎が風に揺れるようだった。


 俺はその光を見て、足が止まった。


(照明だ)


「ねえ」


 声をかけると、少女がびくりと顔を上げた。おどおどした目。十二歳前後。


「びっくりした……」

「光が出てるね。魔法?」

「……うん。光魔法。でも、うまく制御できなくて」


 少女が視線を落とした。光がぱっと強くなって、すぐ消えた。


「爆発するんだ。失敗すると。前の主人には迷惑しかかけなかった」

「最高じゃん」


 少女がぽかんと顔を上げた。


「照明にぴったりだよ。うちの劇団で光を担当してくれない?」

「……わたし。失敗するよ?」

「爆発したら演出になる。俺が台本を書く」


 少女がしばらく俺を見ていた。子どもが言っている言葉として受け取ってよいのか、迷っている顔だった。


「……名前、聞いてもいい?」

「ルーチェ」

「俺は監督」

「……監督って名前なの?」

「名前みたいなもんだよ」


 ルーチェの手の光が、少しだけ安定した。


 迷いの明滅から、じっとした光へ。その変化を俺は見逃さなかった。


(この子の光は、落ち着くと綺麗(きれい)になる)


「行こう」


 立ち上がって差し出した手を、ルーチェはしばらく見ていた。それから、おずおずと(つか)んだ。


―――


 ベルントを見つけたのはその翌日だった。


 元奴隷たちが仮住まいにしている建物の入口で、男は柱に触れながら何かを(つぶや)いていた。


「この負荷の分散が甘い。柱が三本あれば……いや、二本でも角度次第では……」

「何を見てるの」


 俺が声をかけると男が振り向いた。がっしりした体格。厚い手。口が「は? 誰だ?」という形になった。


「舞台の設計、できる?」

「……え?」

「建物を作るのと、舞台を作るのは同じだよ。構造的に」


 男がまた柱を見た。それから俺を見た。


「俺は元大工で……役者とかじゃないし……」

「役者じゃなくていい。舞台を作る人間が必要なんだ」


 男が黙った。数秒の間があった。


 その間、視線が柱から俺に、また柱に動いた。


「俺、図面の話になると止まらなくなって……迷惑かける」

「迷惑なら歓迎だよ。うちは迷惑な奴しかいないから」


 男がまたしばらく黙った。


「……ベルントといいます」

「俺は監督」


 ベルントが一度だけ深呼吸した。それから図面を取り出した。手書きの設計図が何枚も出てきた。


「……仮設建築の強度計算、いつかしたかったんだ」


(こいつも、ずっと待ってたんだ。自分の図面が何かの役に立つ日を)


 俺は設計図を一枚受け取って、じっと見た。


 素人目にも精巧な作図だとわかる。


 縦横の線に、荷重計算の数字が入っている。


「来週から稽古場の拡張をしたい。この通り頼める?」


 ベルントの目が一瞬だけ輝いた。図面を見る時と同じ目だった。


「……やります」


―――


 稽古場に二人が(そろ)った最初の日。


 移動舞台の前に全員が集まって、俺はルーチェに照明の位置を示した。


「この角度で光を当てて。舞台の右側。グスタフが立つ場所を照らす感じで」

「……やってみる」


 ルーチェが両手を前に出した。光が灯った。


 最初は安定していた。グスタフが舞台に立って構えた。ジャハルが端で腕を組んで見ていた。


 ルーチェの光が、少し揺れた。


「大丈夫だよ。ゆっくりで」


 俺が言った瞬間。


 ぼん、と音がした。


 白い光が爆ぜた。グスタフが吹き飛んだ。遠くまで飛んで、地面に転がった。


 静寂。


 ルーチェが青ざめた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 俺はグスタフが転がった場所を見た。グスタフがゆっくりと起き上がった。(ほこり)まみれの顔で、無言で立った。


「……演出として、アリだな」


 俺は言った。


「アリじゃないです!!」


 ルーチェの声が裏返った。ジャハルが腕を組んだまま噴き出した。母が「まあ……」と静かに言った。ハインリヒが建物の影から(のぞ)いていた顔を引っ込めた。


(それにしても、爆発の光がきれいだった)


 本当にそう思った。あの一瞬の閃光(せんこう)。舞台で使えない光など一つもない。


「もう一回やって」

「え、また爆発するかも」

「わかってるよ。次は爆発するタイミングに台詞を合わせる」


 ルーチェがぽかんとした。グスタフが首筋の埃を払いながら戻ってきた。


「……俺はまた吹き飛ぶのか」

「頼む」


 グスタフが一秒だけ俺を見て、(うなず)いた。片腕の男の、これ以上ない信頼の顔だった。


―――


 夕方、ハインリヒが記録帳を持って現れた。


 顔色が悪かった。胃の方向に手が向かっていた。


「坊主。ゼクト軍事国家が動き出しているらしい」

「知ってる」

「知ってるだと? どこから聞いた」

「通りかかった商人が話してた」


 ハインリヒが額を押さえた。


「革命の余波が広がって、軍事国家が領土拡大の口実にしようとしてる。本気で軍が動けばこの地域は戦場になるぞ」


 俺はパンの最後の一欠けをかじった。


「舞台がある」


 ハインリヒが目を細めた。「それだけか」という顔をしている。


「舞台があれば、人は集まる。人が集まれば話ができる。話ができれば……考える」

「……兵隊を相手に、何をするつもりだ」

「劇を見せるよ」


 ハインリヒが大きく溜め息(ためいき)をついた。胃を押さえた。


「嫌な予感しかしない」

「安心して。ちゃんと台本を書くから」

「そっちの方が嫌なんだよ!!」


 ルーチェの光が夕暮れの空に映えて、(だいだい)色の中に白が混じった。


 ベルントが舞台の端を測定しながら何かをぶつぶつ言っている。


 グスタフが自分の衣装の埃を払っている。


 ジャハルが腕を組んで空を見ている。


 俺はハインリヒの横顔を見た。


 胃を押さえているが、目は記録帳に向かっていた。新しい名前を書き込んでいた。


(ハインリヒ。お前はやっぱり、劇団の人間だ)


 明日の台本に、新しい光の演出を書き加えた。グスタフが吹き飛ぶタイミングに、台詞を合わせて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ