第34話:最後の台本
全員を集めた。
稽古場に椅子を並べた。劇団の全員が座った。
ジャハル、グスタフ、ルーチェ、ベルント、アネリーゼ、メルセア、ローレンツ、クラウス、フィン、スラムの子どもたち、クラウスの団員。
エーリカも来た。ハインリヒが帳面を持って端に立った。母が、いつもの場所に座っていた。
俺は全員の前に立った。
「次の台本の話をする」
静かになった。
「今度作るのは、この劇団の話だ」
誰も声を出さなかった。
「お前たちが今まで演じた役じゃない。お前たち自身の話だ。劇の中でお前たちが、お前たち自身を演じる」
ジャハルが「どういう意味だ」という顔をした。グスタフが「飯食ったか」という顔とは違う顔をした。珍しい顔だった。
「俺は今まで、お前たちの話を台本にしてきた。ジャハルの怒り、グスタフの傷、母の記憶、ハインリヒの過去、ローレンツの贖罪。全部、舞台のどこかに入っていた。でも今度は隠さないで全部出す。この劇団の人間が、本当のことを舞台で語る劇だ」
フィンが手を挙げた。
「監督! 俺のことも入る!?」
「入る」
「俺どんな話をすればいい?」
「お前が一番欲しかったもの、言えるか」
フィンが少し考えた。一秒だった。
「きらきらしたもの!!」
「それが台本の最初の台詞になる」
フィンが「やった!!」と言った。
隣の子どもたちが「俺たちも?!」と声を上げた。
「全員入る」と俺は告げる。
全員が「やった!!」と言った。
一番小さい子がよくわからないまま「やった!!」と叫んだ。また笑われた。
―――
台本を書くために、一人ずつ話を聞いた。
まずジャハルに聞いた。
「俺の話なら知ってるだろ」とジャハルが言った。
「全部じゃない。お前が自由になった後、最初に思ったことは?」俺が聞いた。
ジャハルが少し間を置いた。「怖かった」と言った。
「自由が怖かった。自由になったら、何をすればいいかわからなかった。それが怖かった」
その言葉を台本に入れた。
グスタフに聞いた。
「俺の話はお前に全部話した」とグスタフは言った。
「テオバルトが来た夜、一番思ったことは」と俺が聞いた。
「飯食わせたかった」
「テオバルトに?」
「あいつは昔から飯を食わなかった。また痩せてたから」とグスタフが言った。その言葉を台本に入れた。
ハインリヒに聞いた。
「俺の話は前にしてやっただろ」とハインリヒ。
「帳面を最初につけた日のことを聞かせてくれ」
ハインリヒが少し動きを止めた。
「商人になった最初の日だ。客が払ってくれた金を数えて、帳面に書いた。その時に、俺は奴隷じゃなくなったと思った。金じゃない。書いた時に、そう思った」
その言葉を台本の中心に置いた。
ローレンツに聞いた。
「ユールの後の話は聞くな」とローレンツが言った。
「ユールの前の話を聞きたい。海賊をやっていた時、一番楽しかったことは」
「海の夜明け」
「誰もいない海で、夜明けを見ている時が好きだった。あの明るさは、どこに行っても同じだったから」その言葉を台本に入れた。
メルセアに聞いた。
「歌を教えることは怖い?」と俺が聞いた。
「歌を聞かせることは怖い。教えることは……怖くない。不思議ね」
「なんで?」
「歌を聞かせると届いてしまうから。教えると、その人の声になるから」その答えを台本のメルセアの台詞にした。
クラウスに聞いた。
「はした金の話は舞台でやったろ」とクラウス。
「盗賊をやめた後、初めて正直な仕事をした日のことを聞かせてくれ」
クラウスが傷だらけの顔で笑った。
「怒鳴られなかった。その日初めて、怒鳴られなかった。それだけで、なんか拍子抜けした」その言葉を台本に入れた。
アネリーゼに聞いた。
「王妃になった日のことを聞かせてくれ」と俺が聞いた。
アネリーゼが「わたしに聞くの」という顔をした。
「わたくし……あの日、本当に怖かったの。奴隷の劇団で演じた経験がなければ、ルートヴィヒの前に立てなかったと思う。舞台で何度も死にかけた経験が、あの日わたしを立たせた」その台詞をそのまま台本に入れた。
ルーチェとベルントにも聞いた。
フィンの子どもたちからも聞いた。
全員から何かが来た。
―――
台本が出来たのは五日後の夜だった。
タイトルは「劇団の歌」にした。副題はつけなかった。
全員分を通読した。一人一人の言葉が、この劇団の歴史の順番に並んでいた。
最初がジャハルの怒りで、最後がフィンの「きらきらしてる!!」だった。
母を呼んだ。
「読んでくれ」
母が台本を受け取った。静かに読み始めた。
俺はパンをかじりながら待った。
母が最後のページを閉じた。俺を見た。
「わたしの台詞は?」
「入ってないよ」
「なぜ」
「あなたのことは俺が書く。全員の話を聞いて、最後に母のことだけは俺が書く。なぜならあなたの話は、俺が一番近くで見てきたから」
母が台本を胸に抱えた。
「どんなことを書くの」
「まだ書いてない。でも、一行目だけ決まってる」
「聞かせて」
「奴隷市で、子どもが泣いた。澄んだ声で。その声を聞いて、もう少しだけ生きようと思った」
母が少しの間、動かなかった。
「……それはわたしの台詞ね」
「うん」
「わたしが、わたし自身の台詞を言えばいいの?」
「言える?」
母が静かに「言える」と言った。
確信があった。最初からそう言うとわかっていた。
この人が言えないことは、この劇団には存在しない。
―――
翌朝、通し稽古をやった。
台本を全員が初めて読んだ。自分の台詞が出てくると、みんなが少し止まった。
ジャハルが「怖かった」という台詞を声に出した瞬間、隣にいたグスタフが「飯食ったか」と小声で言った。
ジャハルが「今は食ってる」と小声で言い返した。台本外の会話だったが誰も止めなかった。
ローレンツが「海の夜明けが好きだった」という台詞を言った。義足が舞台の板を軽く叩いた。その音だけで、海の朝の空気が稽古場に少し来た気がした。
フィンが台本の最後のページに来た。「きらきらしてる!!」と言う場面だ。フィン自身の言葉なのに、本番と同じ全力で言った。
稽古だと知っているのに、稽古場が少し変わった。
ハインリヒが帳面に「全体通し・問題なし」と書いた。問題はあった。でも「問題なし」と書いた。この男のその判断を、俺は信頼している。
通し稽古が終わった。
誰も喋らなかった。一分ほど、全員が沈黙していた。それから一番小さい子が「次いつやる!?」と言った。その一言で全員が笑った。
(この劇団が、一本の劇になった)
奴隷市の外れから始まって、国境の村に行って、軍事国家の駐屯地に行って、宗教国家と推し活をして、魔王国へ行って、海を渡って、海賊と友達になって、禁止令をくらって、反逆罪の容疑をかけられた。
その全部が今日、一本の台本になった。
誰かの人生が舞台になる時、それは単なる記録ではなくなる。語られた瞬間から、物語になる。
俺はパンのかけらを口に入れた。固い。変わらない。
どこへ行っても変わらない唯一のものが、このパンの固さかもしれない。
白いページを開いた。最後に一行だけ追記した。
「そして、監督は今日も舞台の袖でパンをかじっている」
台本に書き込んで、閉じた。本番は明後日だ。




