第32話:二次創作の扉
街の小屋で、見知らぬ劇団が公演をしていた。
ハインリヒから報告を受けた。「うちの台本を使っている劇団が各地に現れている。すでに七箇所で確認された」
俺はパンをかじりながら「そうか」と言った。
「怒らないのか」
「何が起きているのか見たい。その七箇所の一番近いのはどこ?」
「今いる街の外れに一箇所」
「行く」
「権利の話が先では」
「見てから考える」
ハインリヒが帳面に何かを書いた。たぶん「今後の法的対応を要検討」と書いたと思う。
―――
街の外れの小屋だった。
入口に手書きの看板があった。「革命の子どもたち――監督座の物語を元に」と書いてあった。字が少し曲がっていた。
中に入った。
客席は二十人ほど。手作りの椅子が並んでいた。舞台は板が二枚敷いてあるだけだった。照明は普通の蝋燭だった。
俺はいちばん後ろの席に座った。
劇が始まった。
俺の劇団の革命劇を元にしているが、台詞が全部違った。
本来の台詞より少し泥臭かった。動きは雑だった。照明は全然足りていなかった。
主役を演じているのは、二十代前半の若い女だった。
技術はなかった。台詞の言い方も、動き方も、俺が教えるなら全部直す場所だった。
でも止まらなかった。
全力だった。間違えても止まらなかった。
台詞が出なくなっても止まらなかった。その止まらなさだけが、舞台に張りを作っていた。
(これが、この劇団の核だ)
終演した。客席から拍手が来た。十五人ほどから来た拍手だった。俺も叩いた。
―――
終演後、若い女が片付けをしていた。俺が近づいた。
「今日の公演、見ました」
女が振り向いた。俺を見て「子ども?」という顔をした。
「あの台本、元はうちの劇団のものです」
女の顔が青くなった。
「……あなた、まさか」
「監督です」
「本物の!!」
女が一歩下がった。ぶつかった。壁にぶつかった。目が泳いでいた。
名前を聞いた。エーリカといった。二十三歳。
この街の生まれ。三年前に俺たちの劇を見て、劇団を作ったと言った。
「俺たちの劇の何が好きだった?」
「全部……でも一番は。あの、ジャハルさんが走る場面。『生きたいと思うなら、ここに立て!』のところが」
「見てたんだ」
「三回見ました。それで、自分でもやりたくて」
俺はエーリカを見た。
「台本を使う前に声をかけてほしかった」
「す、すみません! でもどこに連絡すれば……」
「ハインリヒという男が窓口だよ。今後は連絡して」
「……怒ってないんですか?」
「見てわかった。あなたはこの劇が好きだから、やった。それは悪いことじゃない」
エーリカが安堵したような顔をした。それから「でも私の劇、下手ですよね」という顔をした。言わなかったが、俺に全部見えた。
―――
ハインリヒに話した。
「全部で七箇所。連絡先を知らせて、今後は事前に申告制にする。無断では演じてはいけないが、申告すれば基本的に許可する」
「金は取らないのか」
「取らない。ただし俺たちの名前を使う場合は、見に行く権利を持つ」
ハインリヒが計算している顔をした。
「……そこから新しい役者を探す気か」
「わかってるじゃないか」
「胃が痛い」
「でも帳面に書いてる」
「書かないと管理できないからだ!」
ハインリヒが帳面に申告制のルールを書き始めた。俺はパンをかじりながら、今日見た光景を思い返した。
エーリカの劇は下手だった。でも何かがあった。
あの「止まらなさ」だけは本物だった。
(あの子、どこに向かうんだろうな)
―――
翌日、ベルントが困った顔で来た。「また別の話が来た」と言った。
聞いた。街の広場で、俺たちの「お姫様劇」の模倣版を子どもたちが自分たちで上演しているという話だった。
アネリーゼが演じた場面を、十歳以下の子どもたちが衣装も道具もなしに再現していた。
王子の台詞を少年が言った。王女の台詞を少女が言った。観客は他の子どもたちだった。
「怒るか?」
「うれしい」
「そう思うか」
「俺たちの劇が、子どもたちの間に入った。それより嬉しいことはないよ」
ベルントが「そうか」と言った。目を細めた。
この男がそういう顔をするのはめったにない。舞台装置の設計図を見ている時か、今日みたいな時か。
フィンが走ってきた。
「監督! 子どもたちが劇やってる! 俺たちの劇!!」
「見た?」
「見た! 下手だった!! でもやってた!!
きらきらしてた!!」
「そうだよ」
「俺が教えてくる!!」
フィンが走って行った。
俺は「待て」と言ったが止まらなかった。
ハインリヒが「あの子は止まらんな」と言った。
「そういう子だから」と俺は言った。
―――
夜、エーリカが訪ねてきた。
「あの。改めて、謝りに来ました」
「もう謝らなくていい」
「それと……お礼を」
「お捻りで十分だよ」
「それと……一つ、お願いがあるんですが」
エーリカが俺を見た。緊張した顔だった。
「私……あなたの劇のプロデューサーになります。なりたいです」
俺はエーリカを見た。
「プロデューサー?」
「あなたの劇を、もっと多くの場所に届けたい。私が劇を作る才能がないのは、今日よくわかりました。でも、誰かの劇を広める仕事なら……できるような気がして」
俺はしばらく考えた。
「今日の公演、いくつ宣伝した?」
「え? 四箇所の掲示板と、市場で声をかけて、あとは街の入口にも……」
「二十人入ったのはなぜ?」
「それは、その……私が毎日声をかけて……」
「プロデューサーの話は、明日ハインリヒとしてくれ」
エーリカが固まった。「いいんですか」と言った。「いい」と俺は言った。「本当にいいんですか」と言った。「本当にいい」と俺は言った。
「条件がある」
「なんですか!!」
「俺たちの公演に来るたびに、ちゃんとした感想を言ってくれ。下手なところも正直に」
「……それが条件ですか?」
「俺には今、そういう人間が必要だから」
エーリカが「わかりました」と言った。まだ固まっていたが、その固まり方が少し嬉しそうになった。
俺はパンをかじった。夜が静かだった。
扉が開いた。そこから先に進む人間が、また一人増えた。




