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転生監督の異世界興行録 ~奴隷市場で拾った役者たちを舞台に上げたら、王国中が客席になった~  作者:


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31/35

第31話:反逆の舞台

 ハインリヒが持ってきた封書は、いつもと色が違った。


 黒に近い紺の封蝋(ふうろう)だった。国家の色だ。ハインリヒの顔が普段より二段階険しくなっていた。


「坊主。これは……慎重に読め」


 受け取った。パンをかじりながら開いた。


 読んだ。


 要点だけ言うと、こうだった。


 夢灯一座を率いる人物、通称「監督」は、以下の行為により国家反逆罪の容疑が認められる。


 第一、奴隷革命の煽動(せんどう)への関与。


 第二、国家軍の弱体化に(つな)がる演劇的工作の実施。


 第三、国家公安に関わる許認可なき大規模公演の実施。


 第四、外国国家との不正な連携の疑い。


 以上の容疑により、国家捜査局は当人の任意同行を求める。


 俺は読み終えてパンをもう一口かじった。


「任意同行ということは、行かなくていい」


「そういう読み方をするな!」とハインリヒが言った。


 「任意は任意だよ」と俺は言った。


 「こういう文書で任意と書いてある場合は、行かなければ強制になる」とハインリヒが言った。


 「そうか」と俺は言った。


 「そうかじゃない」とハインリヒが言った。


 俺は封書を台本の横に置いた。


「今日の稽古の後でいい。明日、来るなら来てもらえ」

「……本当にそれで行くつもりか」

「行くとは書いてない」


 ハインリヒが胃を押さえた。


―――


 稽古が終わった夕方、捜査官が来た。


 二人組だった。


 上の方はゲーラルトという名前を名乗った。四十代。背が高い。目が細い。口が少ない。黒い上着を着ていた。


「監督殿。先日の文書は受け取ったか?」

「受け取った」

「では意味は理解しているはずだ。同行してもらいたい」

「今日は公演がある」

「公演が終わったら来てもらいたい」

「終わったら次の稽古の準備がある」


 ゲーラルトが少しだけ目を細めた。


 「準備は後日でいい。今夜同行してもらいたい」と言った。


 「今夜の準備は今夜にしか意味がない。明日の公演は今夜の準備があるから成立する」と俺は言った。


 ゲーラルトがしばらく俺を見た。


「……明日の公演が終わった後に来てもらいたい」

「明日は公演の後に振り返りがある」

「振り返り……」

「どこが良くてどこが悪かったか、全員で確認する。それが終わらないと次に進めない」


 ゲーラルトの目の細さが二段階進んだ。


「監督殿。これは反逆罪の話だ。劇団の日程より優先事項がある」

「知ってる。だから聞いている。来てもらいたい日を言ってくれ。公演がない日なら行く」

「公演がない日はいつか」

「ない」


 沈黙があった。長い沈黙だった。


「……明後日の公演前に、改めて来る」

「来てくれ」


 ゲーラルトが「こういう人間がいるとは思わなかった」という顔をして帰った。


 後ろにいた二人目の捜査官が、初めて動いた。帽子を少し直しただけだった。


―――


 ジャハルが来た。


「聞いた。反逆罪か」

「そうらしい」

「逃げるか」

「逃げない」


 ジャハルが「なぜだ」と言った。


 その聞き方はいつもと同じだった。


 理由を求めているのではなく、確認している聞き方だ。


「逃げたら次の公演ができない」

「それだけか」

「それだけだよ」


 ジャハルが腕を組んだ。


「俺も逃げない」

「お前が逃げる理由はないだろ」

「監督が残るなら俺も残る。俺が監督のために残ると言いたいんじゃない。俺がここに残る理由が、まだあるから残る」

「そうだよ」


 グスタフが来た。話を聞いていたらしかった。


「……お前が行くなら、俺も行く」 

「どこへ行くかまだわからないよ。同行って言っても、引き取るかどうかは明日以降の話だ」

「それでも、もし行くことになったら、一緒に行く」

「片腕の男が何をしにくるんだ」

「飯を持っていく」


 ローレンツが来た。


「反逆罪の話、耳に入ってきた」

「そうか」

「俺は一度捕まったことがある。海賊の時だ。牢屋(ろうや)の飯は最悪だった。覚悟しておけ」

「捕まるかどうかまだわからない」

「わからなくても覚悟はしておいた方がいい。(ろう)の飯はほんとに最悪だから」


 クラウスが来た。


「坊主。計算した」

「計算?」

「逃げた場合と残った場合の比較だ。逃げた場合は今後の公演のチャンスが増える。ただし各地での信用がゼロになる。残った場合は逮捕のリスクがあるが、信用は保たれる。長期的に見ると残った方が採算が良い」

「そうだな」

「ただし実際に逮捕されたら終わりだ。その点は計算に入っていない」

「逮捕されないようにするよ」

「どうやって」

「わからない。でも公演をやめない限りは逮捕されないと思う」


 クラウスが「なぜ」と言った。


 「捕まえようとした場合の政治的コストが大きすぎるから」と俺は言った。


 クラウスが「……その読みは正しいかもしれない」と言った。


 「でも外れたら終わりだ」とも言った。


「外れたら次を考える」

「お前は本当に盗賊よりも計算できない」


―――


 公演当日。


 会場は城下の大広場だった。五千人以上が集まっていた。


 開演の一時間前に、ゲーラルトが来た。今日は捜査官を六人連れていた。兵士も四人いた。


「監督殿。本日の同行を求める」

「今日は公演がある」

「その公演を中止してもらいたい」

「できない」

「できないとはどういうことか。国家の要請だ」

「俺には台本を書いた義務がある。役者は稽古した。客が五千人来ている。その全員に対する義務が、今日の俺にはある」


 ゲーラルトが「義務と義務のどちらを優先するかは明らかだ」と言った。


 「そうは思わない。五千人の前に立つ義務の方が、今日の俺には重い」と俺は言った。


「反逆罪だ。それ以上に重い罪はない」

「罪かどうかはまだ決まっていない。容疑だ。容疑の段階で公演を止める理由は俺にはない」


 ゲーラルトが「ここで連行する」と言った。


 俺は広場の方を向いた。


「今、五千人いる。連行するならやってくれ。五千人の前でそれをすることになる」


 ゲーラルトが言葉を止めた。


 六人の捜査官が止まった。四人の兵士が止まった。


 広場に五千人いた。劇団の話が広まっているから来た人たちだった。


 俺たちの劇を前に見た人、初めて来た人。子どもを連れた親、老人、商人、兵士の家族。全員が見ていた。


 広場が静かだった。


 ゲーラルトが少し間を置いた後、言った。


「……今日の公演が終わった後に、改めて来る」

「来てくれ」


 ゲーラルトが退いた。六人と四人が退いた。


 幕を開けた。


―――


 公演が終わった後、ゲーラルトはもう来なかった。


 翌日も来なかった。


 三日後、文書が届いた。


「上位機関による審査の結果、本件は継続審議とする。任意同行の要請は一時保留とする」


 ハインリヒが「……引いたか」と言った。


「保留だよ。引いたわけじゃない」

「同じ意味だ」

「保留がいつか結論になる」

「それを心配しろ」

 

 俺は告発状を台本の横に置いた。


(告発状は今でも有効だ。反逆罪の容疑は消えていない)


 それを知っていて、次の台本を書き始めた。


 書けた。一時間で書けた。止まらなかった。


 パンをかじった。固かった。どこへ行ってもパンは固い。それだけは変わらない。


―――


 夕方、稽古が始まる前にジャハルが来た。


「告発状は消えたのか」

「消えていない。保留になった」

「違いは」

「今日はまだ逮捕されない」

「明日は」

「わからない」


 ジャハルが腕を組んだ。


「監督。今日の公演の時、俺はあの捜査官の顔を見ていた」

「そうか」

「退くと判断した瞬間がわかった。五千人の前に出た時じゃない。お前が幕を開けるとわかった時だ」

「そうかもしれない」

「なぜあの場で幕を開けることができる」

「台本があるから」


 ジャハルが黙った。考えていた。


「……お前は台本を持っている時に一番強いな」

「そうだよ。台本がある間は、どんな告発状よりも台本の方が先にある」

「告発状は残っているのに?」

「残っていても、俺の中の優先順位は変わらない」


 ジャハルが「そうか」と言った。今日のジャハルの「そうか」は短かった。納得した時の短さだった。


 グスタフが「飯食ったか」と聞いてきた。


 「まだ」と俺は言った。


「食え」

「稽古の後で」

「今食え」

「飯は大事だから今食え」

「わかった」

「パンだけじゃないぞ」


 ローレンツが「俺の捕まった経験が今回は役に立たなかったな」と言った。


「また機会がある」

「ない方がいい」


 クラウスが「今回の読みは外れなかった。ただし次は外れるかもしれない。外れた時の対策を今のうちに考えておけ」と言った。


「考えておく」

「お前の考えはあてにならないから、俺も考えておく」


 稽古が始まった。


 告発状は台本の横に置いたままだった。


 保留は、まだ続いている。


 俺は稽古場を見ながら次の台本の二行目を書いた。幕が開く限り、書くことは止まらない。それだけは変わらない。

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