第27話:禁止令の夜
城下の二幕公演から三日が経った。
俺は宿の窓際でパンをかじりながら、次の台本の書き出しを考えていた。
固い。城下のパンは固い。歯が仕事をしているうちに、一行目が決まった。書いた。もう一口かじった。
ハインリヒが来た。
入り方が違った。いつもはドアを二度ノックしてから開ける。今日は一度ノックしてすぐ開けた。
「坊主」
「何」
「来た」
ハインリヒが羊皮紙を差し出した。厳めしい封蝋がついていた。神殿の印章だ。
受け取って開いた。
「演劇ハ魂ヲ惑ワス不敬ノ業デアル。以テ以降ノ公演ヲ禁ズ。城下全域ニ効力ヲ有ス。大神殿主神官エルマー」
俺は読み終えてパンをかじった。
「……怒らないのか」とハインリヒが言った。
「怒る理由がない」
「禁止令だぞ。破れば牢に入る」
「知ってる」
ハインリヒが額を押さえた。「わかっていてその反応か」と言った。「わかっているからこの反応だよ」と俺は言った。
台本の二行目を書いた。
―――
翌日、神官が来た。
名乗った。エルマーという。五十代。神殿の衣装を着ている。顔に権威の形をしているが、目が少し不安定だった。初めて会う相手を前にした時の目だ。
衛兵を二人連れていた。
「昨日の禁止令、受け取ったか」
「受け取った」
「公演を続けるつもりはないな」
「稽古は続ける」
エルマーが眉をひそめた。
「稽古も含めて禁ずる」
「禁止令には『公演ヲ禁ズ』と書いてあった。稽古の話はなかった」
「……それは、公演のための稽古も当然含まれる」
「当然を文章に書かないのは神殿の作法なのか。俺には読み取れなかった」
エルマーの顔が少し赤くなった。「詭弁だ」と言った。「文書を正確に読んだだけだよ」と俺は言った。
衛兵の一人が咳払いをした。エルマーが「今後、稽古も含めて禁ずる。文書で追って通達する」と言った。「受け取ったら読む」と俺は言った。
エルマーが「わかっているか。これは神殿の権威による禁令だ。違反者は城主の裁量によって牢に入る」と言った。
「わかってる」
「それでも続けるか」
「続ける稽古があるから続ける。それだけだよ」
エルマーがしばらく俺を見た。子ども相手だと思っていたものが、そうでないと気づいた時の目だった。
帰っていった。
―――
翌日の稽古中に、ローレンツが俺の横に来た。
「坊主。神殿がまた使いを寄越してきた」
「追い返した?」
「追い返した。それで」
ローレンツが低い声で続けた。
「海賊の時は国に追われた。今度は神様か。出世したな」
「そういう見方もできる」
「俺は一度捕まって船ごと没収された経験がある。逃げなくていいのか」
「逃げない」
「なんで」
俺は稽古場を見た。グスタフが新しい台本を読んでいた。フィンが走り回っていた。ルーチェが照明の角度を調整していた。
「逃げたら次の稽古ができない。だから逃げない」
ローレンツが「単純だな」と言った。「単純だよ」と俺は言った。
ローレンツが義足で床を一度叩いた。それから「わかった」と言った。
クラウスが横から「採算はどうなんだ」と言った。「採算?」と俺は言った。
「禁止令が出たら客が減るかもしれん。逃げた方が次の公演で取り返せる」とクラウスが言った。
「客が減るかどうかは出てみないとわからない」と俺は言った。
クラウスが「坊主の計算方法は理解できん」と言った。
「計算じゃないよ」と俺は言った。
ジャハルが台本から目を上げずに言った。
「止めに来るなら、来てみればいい」
それだけ言った。また台本に戻った。
―――
公演当日の朝、フォルツが来た。
「監督。一つ確認したい」
「何」
「今日、本当にやるのか」
「やる」
フォルツが腕を組んだ。「神殿の禁止令が出ている。城主も動向を注視している」と言った。
「動向を注視しているということは、止める気はないんだろう」と俺は言った。
フォルツが「……そう取られるか」と言った。
「フォルツ。お前は禁止令に賛成か」
フォルツが少し間を置いた。
「……個人としては。あの二幕公演は、俺が今まで見た公演の中で一番だった。禁ずる理由がわからない」
「役人としては」
「禁止令は有効だ。法は法だ」
「どちらが正しいかは、今日の広場が決める」
フォルツが俺を見た。
「……そういうものか」
俺はパンの残りを口に押し込んで「行ってくる」と言った。
―――
広場に着いた時、すでに人が集まっていた。
神殿から禁止令が出たという話は、朝には城下全体に広まっていた。
禁止された公演を見に行く人間が、いつもより多かった。
人というのはそういうものだ。
禁じられると気になる。これは前世でも今世でも変わらない。
エルマーが衛兵を十人連れて来た。
俺を見て「止まれ」と言った。
俺は止まった。
「禁止令を破るつもりか」
「今から確認する」
「何を」
俺は広場を見渡した。人が二千人以上いた。子どもを連れた親。商人。兵士。老人。昨日の公演を見た人と、見ていない人が半々くらいだった。
「この人たちに聞く」
俺は広場に向かって声を上げた。
「今日の公演は、神殿から禁じられています」
ざわめいた。
「それでも見たい人は、残ってください。禁止令を守りたい人は、帰ってください」
静かになった。一分ほど静かだった。
誰も帰らなかった。
エルマーが「……」という顔をした。衛兵の一人が、また咳払いをした。
「幕を開けます」
エルマーが「待て」と言った。
「何を待つのか聞いていい?」と俺は言った。
「ここで公演をするなら、お前を連行する。牢に入ることになる」と言った。
「知ってる」と俺は言った。
「わかっていて?」
「怖いよ。本当に怖い。でも台本は書いた。役者は稽古した。客が来ている。それを止める理由が、俺にはない」
エルマーが「理由がある。神殿の禁令だ」と言った。
「禁じた理由を聞いてもいいか」
「演劇は魂を惑わす」
「惑わされた人が何かをした記録があるのか?」
エルマーが黙った。
「城下の人が喜んでいたのは見た。泣いていた人もいた。笑っていた人もいた。何かを考えている顔をしていた人もいた。それが惑わされた状態なら、惑わされることを止める理由が俺には見えない」
エルマーがまた黙った。今度は少し長かった。
衛兵が十人いた。二千人の観客がいた。計算は誰でもできる。エルマーは賢い人間だった。だから計算した。
「……今日のところは見逃す。ただし、禁令はまだ生きている。後日、改めて通達する」
「受け取ったら読む」
エルマーが苦い顔で退いた。
ルーチェの光が灯った。
幕が上がった。
―――
終演後、フォルツが来た。
「禁止令はまだ生きている」
「知ってる」
「今日は動かなかったが、明日以降は動くかもしれない」
「そうかもしれない」
フォルツが俺を見た。
「なぜ怖くないんだ?」
俺はパンのかけらを口に入れた。しばらく噛んだ。
「怖いよ。本当に怖い。牢に入ったら次の公演ができない。それが一番怖い」
「ならなぜ」
「台本は書いた。それが一番強い。禁令がどれだけ本物でも、台本の方が先にある。俺が書いたものを俺が止める理由は、どこにもない」
フォルツが腕を組んだ。考えていた。
「……正気か」
「劇の監督だよ」
フォルツが「そういうものか」と言った。
この男が言う「そういうものか」には、いつも少しずつ違う意味が入っている。今日のそれは、納得ではなく驚嘆の方に近かった。
広場の人たちが帰っていった。今日の話をしながら帰っていった。神殿の禁令の話も、公演の話も、同じ温度で話していた。
禁止令はまだ生きている。明日も稽古がある。
俺はパンの最後のかけらを口に入れて、次の台本の三行目を考えた。
城下の夜は、禁じられる前と同じくらい明るかった。




