第24話:ローレンツの贖罪
ローレンツが口を重くしたのは、街の外れに差し掛かった頃だった。
巡業の道中、いつもは喋り続ける男が黙っていた。義足が地面を叩く音だけがあった。
俺はパンをかじりながら横を歩いた。聞かなかった。聞く必要があれば向こうから言う。
半日後にローレンツが言った。
「ここらに、ユールという村がある」
「知ってる。明後日通る予定だ」
「……あの村に、俺が会いたくない人間がいる」
俺は歩きながら聞いた。
「俺が海賊をやっていた時に、沈めた商船の乗組員がいた。生き残りは少なかった。その中に、若い男がいた。奴は助かったが……家族を失った。俺が沈めた船に、家族が乗っていたから」
ローレンツが足を止めた。
「その男が、ユールに住んでいる」
「そうか」
「お前の劇団が行くと聞いたら、来るかもしれない。俺の顔を知っているから、来ないかもしれない。どちらかはわからない」
俺も足を止めた。
「逃げたいか」
ローレンツが沈黙した。
「……逃げたくはない。だが、向き合えるかどうかもわからない」
「舞台で謝れ」
ローレンツが俺を見た。
「台本に書く。お前の一人芝居にする。海賊の話。仲間を失った話。誰かの何かを奪った話。それを、その男の前でやれ」
「……許してもらえると思うか」
「思わない」
ローレンツが目を細めた。
「許してもらえなくても、向き合ったという事実だけが残る。残ったものが、お前の次に続く」
―――
ユールは小さな村だった。
広場もなく、舞台を組む場所を探した。結局、村の共同井戸の前の空き地にした。ベルントが急いで台を組んだ。ルーチェが照明を準備した。
村人が集まってきた。巡業劇団が来るという話が広まっていたらしかった。
そして、一人の男が来た。
三十代前後。寡黙そうな顔。その男が移動舞台の前に立った時、ローレンツが気づいた。俺もわかった。二人の視線が、一瞬だけ交わった。
男はローレンツを見た。そのまま立っていた。逃げなかった。逃げないでいた。
俺はローレンツの背中を見た。
「行け」
一言だけ言った。
―――
ローレンツが舞台に上がった。
観客は多くなかった。三十人ほど。だが全員が静かだった。
ローレンツが舞台の中央に立った。義足が板の上を鳴らした。それから、動かなくなった。
しばらく黙っていた。
それから話し始めた。
「俺は、人を殺した」
静かな声だった。
「海の上で、何度も。仕事だったから。理由があったから。あの頃の俺には、それが全部正しかった」
前列の観客が固まった。
「ある夜、商船を沈めた。荷を奪うためだった。嵐の夜だった。船は早く沈んだ。乗組員の多くが死んだ。俺は荷を積んで去った」
ローレンツが一度だけ右足の義足を見た。
「帰る途中に別の嵐が来た。今度は俺たちの番だった。仲間が全員死んだ。俺だけ生き延びた。足を失って、板切れにつかまって、波に流された」
俺は舞台の袖で聞いていた。台本がない一人芝居だった。ローレンツが自分の言葉で語っていた。稽古もしていない。それでも止まらなかった。
「岸に着いた時、俺は海賊を辞めた。正確には続けられなくなった。仲間がいなかったから。一人ではできない仕事だから」
ローレンツが正面を向いた。
「あの夜、俺が沈めた船に、家族が乗っていた人間がいると後で知った。その人間が、今ここにいる」
村人たちがざわめいた。一人の男が、ローレンツを見ていた。動かなかった。
「謝りに来たわけじゃない。謝って済む話じゃないから。ただ、向き合いに来た。逃げないために来た。それだけだ」
ローレンツが頭を下げた。
静寂があった。
男が口を開かなかった。開けなかったのかもしれない。何かを言おうとして、言葉が来なかったのかもしれない。
ローレンツが顔を上げた。男と目が合った。
男が、ゆっくりと背を向けた。歩いていった。振り返らなかった。
―――
終演後、誰もローレンツに声をかけなかった。お捻りは少しだけ来た。
俺はローレンツの横に立った。
「許してもらえなかった」
「言ったろ。そういうものだと」
「……そうだな」
ローレンツが空を見た。夜になっていた。星が出ていた。新大陸の星の並びは、向こうの大陸と違う。それでも星は星だ。
「俺は何のために舞台に立ったんだろうな」
「向き合うために」
「それだけか」
「それだけだよ。それで十分だと思う」
ローレンツが義足を地面に打ちつけた。一度だけ。
「……酒が飲みたい」
「今日は飲んでいい」
ローレンツが少しだけ笑った。笑い方が、今まで見た中で一番小さかった。でも確かに笑っていた。
グスタフが横に来た。何も言わずにローレンツの隣に立った。
片腕の男と義足の男が、夜の空を並んで見ていた。俺はパンをかじりながら少し離れた場所に座った。二人に要る空間がある。俺の居場所はそこではない。
しばらくして、ローレンツが言った。
「……監督」
「なに」
「次の台本にも、俺を使うか」
「使う」
「何の役だ」
「まだ決めてない。でも、今日の舞台が終わった後のお前の顔を見て、使えると思った」
「どんな顔だった」
「立った後の顔だよ。向き合った後の顔。あれが舞台で一番力になる顔だ」
ローレンツが「そうか」と言った。それから少し間を置いて「お前、本当に子どもか」と言った。
「体は子どもだよ」
「……頭の中は、何歳なんだ」
「わからない。数えるのをやめた」
ローレンツが短く笑った。今まで見た中で一番小さな笑い方だったが、確かに笑っていた。
「次の舞台では、酒を飲む役がいい。本当に飲みながらやる」
「演出になるかどうかはわからない」
「俺が演出にする」
それで十分だった。




