第23話:門前の即席公演
城壁のある街があった。
大きな街だった。交易の要所で、各地からの商隊が集まる。
だが入るには興行証が必要だった。演劇を行うための公的な許可証だ。
王国公認劇団の証明はあるが、これは向こうの大陸の話で、新大陸では通用しない。
ハインリヒが窓口に掛け合った。窓口の担当者は丁寧だったが、融通が利かなかった。
「規則ですので。興行証のない一座の入場はお断りしています」
「こちらは王国公認の劇団で、実績として――」
「向こうの大陸の話は関係ありません」
ハインリヒが戻ってきた。「だめだ」と言った。
俺はパンをかじりながら「そうか」と言った。
「諦めるのか」
「諦めない。やる場所を変えるだけ」
「どこで」
「門の前」
ハインリヒが目をつぶった。一秒待った。目を開けた。「お前らしい」と言った。
―――
城門の前の広場は、人通りが多かった。
入城を待つ商人たち。門を見物する旅人。城の出入りをする兵士。物を売る露天商。入れないだけで、人はいる。
ベルントが舞台を組んだ。門の前の広場に、いつも通りの移動舞台を展開した。クラウスの団が周囲に立って場を作った。
演目は短いものにした。長くやると追い払われる。だが短くても中身がある話にする。
ジャハルが舞台に立った。
台詞は少ない。動きで語る場面だ。見知らぬ土地に来た男が、壁を前にして立つ。越えようとするが越えられない。それでも立ち続ける話だ。
人が止まり始めた。
商人が振り向いた。兵士が見た。見た兵士の隣の兵士が見た。
ルーチェの光が昼間でも意味を持った。太陽光の中でも存在感を出せる光の出し方を、ルーチェはもう知っていた。
門番が「何をしているんだ」と声をかけてきた。
グスタフが穏やかに「劇をやっています」と答えた。「許可証は?」と聞かれた。
「今ちょうど出すところです」とハインリヒが言った。
「出す? どこから?」と門番が言った。
そのやりとりの間に、観客が増えた。
増えた観客が、通り過ぎようとした者を呼んだ。
「何かやってるぞ」という声が広がった。
ジャハルの場面が終わった。母が出た。
母が舞台に立った瞬間に、門番の動きが止まった。
母の存在感は、この大陸でも関係なかった。ただそこに立つだけで、空気が変わる。
前世で俺が生涯で見たどの女優とも違う種類の力だった。
場面が進んだ。メルセアが歌った。
門番が動けなくなった。
五分後、城の中から上役らしい人間が出てきた。
「何の騒ぎだ」という顔で来て、舞台を見て、止まった。
終演した。
俺が歩み出て、上役の前に立った。
「興行証の申請をしたいんですが、どこに行けばいいですか」
上役が俺を見た。子どもが一人、立っている。その後ろに劇団がいる。
「……中に来い」
それだけだった。
ハインリヒが「通れた」という顔をした。「いつものことだよ」と俺は言った。
―――
街に入ってから、上役が案内してくれた。
名前はフォルツといった。街の文化担当の役人だった。
劇に関心があるようで、歩きながらいくつか質問した。「どこから来たか」「どんな演目をやるか」「この大陸に来たのはなぜか」。
「劇を知らない場所を探して来た。向こうの大陸で、劇のない場所がなくなってきたから」
「全部回ったのか」
「全部ではない。でも、行った場所はどこも変わった」
「変わった、というのは」
「劇を見た後の人間が、少し変わる。少しずつだが積み重なる。何年かすると、街が変わる」
フォルツが俺を見た。子どもの顔をした、子どもではない何かを見る目になった。
「証明できるか」
「公演を見てもらえれば」
フォルツが少し笑った。「見よう」と言った。
興行証が下りたのは翌日だった。
新大陸で最初の公認だった。ハインリヒが帳面に「新大陸編の始まり」と書いた。
俺は見ていなかったが後で知った。この男はそういう記録を、誰にも言わずにつけている。
(劇団史の一次資料は、ハインリヒの帳面から生まれる)
俺はパンをかじりながら、次の台本の構成を考えた。
新大陸の空気は違う。言語も少し違う。市場の色も、商品の種類も、人の顔の作りも、向こうの大陸とは微妙に変わっている。
だが変わっていないものもある。
人が集まって話をしている様子。子どもが走っている様子。老人が座って誰かを待っている様子。そういうものは、どこへ行っても同じだった。
同じだということは、劇が届くということだ。
新大陸にはまだ知らない顔がいる。その顔が舞台に立つ日のことを、今から楽しみにしていた。
―――
その夜、城壁の上から街を見渡した。
灯りがある。動きがある。人の声がする。どこへ行っても、人は夜に集まって話をする。話すことがある生き物だから。
話の代わりに物語がある。物語の代わりに劇がある。
ジャハルが横に来た。
「次はどんな演目だ」
「この街に合ったものを作る。この街の人間が何を待っているか、明日の昼に市場を歩いてみてわかったら、その夜に書く」
「それだけで書けるのか」
「書ける。人間はどこへ行っても、だいたい同じものを待ってるから」
「同じもの?」
俺は街の灯りを見た。
「自分の話を、誰かに語ってもらうのを」
ジャハルが少し黙った。
「……俺の話も、お前は劇にしたんだな」
「革命劇がそうだよ」
「感謝しているわけじゃない」
「わかってるよ。お捻りをくれれば十分」
ジャハルが鼻を鳴らした。横を向いた。でも笑っていた。笑い方を隠す顔をしていたが、俺には見えていた。
新たな舞台が始まった夜は、そうして静かに更けた。




