第22話:はした金の護衛劇
新大陸の街道は広かった。
街道が広い土地は、荷物の行き来が多い。荷物の行き来が多いところには人が集まる。人が集まれば劇がやれる。
俺はそういう計算で次の目的地を決めることにしていた。
問題が起きたのは、街道の途中だった。
行く手を盗賊団が塞いだ。
十五人前後。馬が数頭。先頭に、人相の悪い男が立っていた。傷だらけの顔。だが笑っていた。意外と愛嬌のある笑い方をしていた。
「荷物を置いていけ」
ハインリヒが青くなった。「坊主、どうする」と耳打ちしてきた。
俺は移動舞台の台の上に立った。
「劇を一本やるよ」
盗賊団が「は?」という顔をした。首領らしい男が「何を言っている」という顔をした。
「見てから判断して。そっちが気に入らなければ荷物を渡す。気に入ったら、通してもらえれば十分」
首領が腕を組んだ。考えていた。退屈していたのか、珍しいものを見たかったのか。
「……見てやる」
ハインリヒが「本当にやるのか」という顔をした。俺は「いつものことだよ」と言った。
―――
演目は即興だった。
移動舞台を展開して、ローレンツが最初に出た。「元海賊が盗賊を護衛する話」という設定を俺が声で告げて、あとはローレンツとジャハルで動かした。
話の骨子は単純だった。腕利きの護衛が、わずかな金で雇われる。
その金があまりに少なくて、途中で何度も「こんなはした金で命を張れるか!」と叫ぶ。
だが結局は守る。なぜなら「もらっちまったから」という理由だけで。
ローレンツが台詞を叫んだ。
「はした金で死ぬのか俺たちは!!」
盗賊たちが笑った。
笑い声が上がった瞬間に、俺はわかった。やれる。
ジャハルが「うるさい、守れ」という顔で腕を組んだ。ローレンツがまた叫んだ。
「しょうがねぇだろ! もらっちまったんだからよ!!」
大きな笑いが来た。盗賊の中でも特に笑っている者がいた。首領だった。腹を抱えて笑っていた。傷だらけの顔が、笑うと人相が変わった。
(これが、この男の本来の顔だな)
俺は台本を書きながら、その顔を頭の中に入れた。
終盤、護衛役のローレンツが怪我を押して依頼人を守り抜く場面になった。
義足が板を打ちつけて、「もらっちまったから最後まで守る」という台詞を吐いた。
笑いで始まった場面が、いつの間にか笑えない空気になっていた。盗賊たちの顔が少し変わった。笑いが引いた後に残る表情で、舞台を見ていた。
前世でも同じだった。コメディは笑わせながら人の防御を下げる。
防御が下がった客は、次の一手を素直に受け取る。その素直さが、舞台の本当の力だ。
この劇団の「はした金」ネタが毎回効くのは、笑いの中に義理があるからだと俺は思っている。
―――
終演後、首領が俺の前に来た。
「なぁ監督。お前の劇……ちょっと賭けてみたくなった」
「どういう意味で」
「うちの団を、劇団に入れろ。護衛で使え。盗むより儲かるなら、それでいい」
ハインリヒが「団ごと来るのか」という顔をした。
「俺の連中には行く当てがない。俺が動くなら一緒に動く。それだけだ」
あっさり言った。自分の話ではなく、連れてきた人間の話を最初にした。
「名前を聞いてもいい?」
「クラウス。この辺りじゃ知られてる」
「俺は監督」
「知ってる。有名になってるぞ、このあたりで」
俺はクラウスを見た。傷だらけの顔は変わらないが、目が「何か面白いものを待っている目」をしていた。部下思いだとローレンツが後で教えてくれた。自分の団のためなら何でもする、という種類の義理堅さがある人間だと。
「殺陣はできる?」
「剣は得意だが、型は知らん」
「ベルントに習えば大丈夫。舞台のアクション演出を担当してほしい」
クラウスが首をかしげた。「アクション演出?」という顔をした。
「舞台の上の剣の動きを、観客が一番見やすい角度と速さで作る仕事だよ」と俺は説明した。
「……それ、俺が思ってた劇団の仕事と全然違う」
「そうだよ。でも一番向いてると思う」
クラウスが少し間を置いた。
「なんで向いてると思う」
「剣で人を傷つけない動きを、剣で人を傷つけてきた人間が一番よく知ってるから」
クラウスが俺を見た。笑った。今度は腹を抱えてではなく、静かに。
「……変なことを言う監督だな」
「よく言われる」
―――
クラウスの団が合流してから、移動劇団の護衛は本物になった。
街道を行く間も、町に入る時も、問題が起きた時に動く人間が増えた。
ハインリヒが「これで少しは安全になる」と言った。
クラウスが「はした金だが」と言った。
ハインリヒが「交渉する」と言った。
クラウスが「こいつ商人らしい」と言った。
二人の相性が意外と良かった。
稽古の最初の日、クラウスが殺陣の基本を見せた。実戦の動きは速すぎた。
「舞台では大きく、ゆっくり」と俺が言った。
「ゆっくりやると間抜けに見える」とクラウスが言った。
「観客の目から見て間抜けにならない遅さがある。それを探せ」と言った。
クラウスが試した。また試した。
五回目で、ちょうどいい速さを見つけた。
「……なるほど。剣を人に見せる動きと、剣で人を倒す動きは違うんだな」
「そう。全部違う。でも根っこは同じ」
「根っこ?」
「相手の体をよく見ていること。それだけ」
クラウスが納得した顔になった。剣士として染み込んでいるものと、台詞で繋がった瞬間だった。
その日の夕方、クラウスが自分の団の連中を集めて稽古の様子を実演して見せているのを、少し離れた場所から見た。
「こういう動きをする」と言いながら、遅い剣を振っていた。
部下たちが「それ強そうじゃない」と言った。
「舞台では強そうに見えればいい」とクラウスが言った。「こういう仕事なんだ」と一言。
(こいつは、連れてきた連中が食えれば、それでいい)
自分より先にそっちを心配する人間だ。だから今日も来た。
盗むより儲かると判断したからではなく、連れてきた連中に食わせる場所を作るために来た。
それだけの理由が、クラウスには十分な理由だった。
パンをかじりながら、その顔を見ていた。
(この人も、自分の傷を役に変えていく)
グスタフがそうだったように。ローレンツがそうだったように。生き方の傷が、舞台では力になる。
それが分かるたびに、俺はこの劇団を続けてきて良かったと思う。
思うが、口には出さない。お捻りをもらって初めて、良かったと言える。それが監督という生き物の誠実さだと俺は思っていた。




