表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生監督の異世界興行録 ~奴隷市場で拾った役者たちを舞台に上げたら、王国中が客席になった~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/35

第19話:新大陸の喧騒

 船旅は三週間かかった。


 ハインリヒが船酔いで死にそうな顔をしていた。


 ルーチェが「大丈夫ですか」と心配していた。


 ベルントが船の構造を観察して「この(はり)の組み方は面白い……」と言い続けていた。


 グスタフが「飯食えるか」とハインリヒに声をかけていた。


 ジャハルが海を見ていた。


 メルセアだけが船上で完全に生き生きしていた。「海が好き」と言いながら舳先(へさき)の近くに立っていた。セイレーンなので当然かもしれない。


 俺はパンをかじりながら台本の続きを書いていた。


 波が来るたびに手元が揺れた。それでも書いた。波のリズムに文章のリズムを合わせると、意外と書ける。これは前世で発見したやり方だ。


 新大陸が見えてきた時、甲板に全員が出た。


 見えてきた陸地は、思ったより大きかった。緑が濃い。港がある。人の営みがある。


(また、娯楽のない土地かな)


 そう思ったが、後で違うとわかった。


 新大陸には吟遊詩人より少し発達した形の音楽文化があった。


 歌に合わせて踊る文化がある。打楽器がある。ただ「複数の人間が役を演じて物語を語る」という演劇の概念は、ここにもなかった。


 入港した時点で、ローレンツと出会った。


―――


 正確には、ローレンツが最初から目に入っていた。


 港の酒場の前に、足を投げ出して座っている男がいた。恰幅(かっぷく)がいい。真っ赤な顔。右足が義足だった。


 (つえ)を使わず、義足そのものを地面に打ちつけながら移動していた。大笑いをしていた。笑う理由が何もない場所で笑っていた。


「あの人、誰」


 俺が港の者に聞くと「ローレンツさんですよ。元海賊」という答えが返ってきた。


「今は?」

「今は大体そこにいます。朝から」


(元海賊が朝から港の酒場前で笑っている)


 役者だと思った。根拠はない。だが前世からの癖で、「この人を舞台に立たせたい」という感触が来た時は大体そうだ。


 前世で四十年以上監督をやっていると、この感触が来る瞬間を見分けるようになる。


 立てるかどうかは別の話だ。立った時に何かが起きるかどうかの感触だ。


 ローレンツからはその感触が来た。義足が地面を打つリズムも、声量も、笑い方の角度も、長い年月を経てきた人間の動きをしていた。


 稽古で磨く前に、すでに何かが完成しかけている。そういう人間がいる。


 前世でも今世でも、そういう人間を見つけた時だけ、俺は迷わず声をかけてきた。


 声をかけた。


「海賊だったの?」


 ローレンツが俺を見た。


「はっ! 子どもが海賊なんか知ってどうする!」

「劇に使えるかと思って」

「劇? なんだそりゃ」

「物語を人間が演じて、観客に見せるやつ。やってみない?」


 ローレンツが大笑いした。「面白いこと言うな!」と言った。笑いながら義足を見た。それから立ち上がった。


 立ち上がり方が、義足の人間の立ち方ではなかった。長年使い込んだ道具のように、義足が体の一部になっていた。


「やってみるか。ただし酒は飲む」

「飲んでいい。稽古中以外は」

「稽古中は?」

「稽古中はだめ」


 ローレンツがまた笑った。


 「厳しい監督だな!」と言った。


 ハインリヒが「どこが厳しいんだ」という顔をした。


―――


 稽古を始めた初日。


 ローレンツは確かに酔っていた。台本を渡しても斜めに持った。最初の台詞を言う前に「まず歌ってもいいか」と言い出した。


「歌える?」

「船乗りは全員歌える。歌わないと仕事にならない」


 ローレンツが歌った。


 音程が正確だった。声量がある。リズム感がいい。酔っているのに、というより酔っているからか、声に力みがなかった。


(使える)


「それ、今の演目に入れよう。歌いながら演じる形にする」

「ミュージカルってやつか」

「それを知ってるの?」

「知らんが、歌いながら話す劇だろ。海賊の宴会でよくやった。そういうものじゃないのか」


 俺は少し考えた。


(この大陸の文化が、既にミュージカルに近い形を持っている)


 演劇の発達の仕方が、向こうの大陸と違う。歌と物語が最初から分離していない。それが新大陸の文化の形だった。


 ジャハルが台本を読んでいた。新大陸向けに書いた演目で、ジャハルが主役の一人だった。


 だが最初の配役表を出した時、新大陸の興行師が来て「この役は黒い肌の者にやらせるのか」と言った。


 俺はその言葉を聞いた。


「なんで問題があるの」

「この大陸では……肌の色によって、演じられる役が違う。慣習として」

「慣習は台本じゃないから、俺は従わない」


 興行師が「しかし」と言った。俺は続けた。


「役に合った人間を使う。それだけが俺の基準だ。肌の色は関係ない」


 ジャハルが台本から目を上げて、俺を見た。


 何も言わなかった。でも何かが目にあった。


(こいつは、前世の俺が言い続けてきたことを、ここで聞いた)


 俺は前世で何十回も同じことを言ってきた。


 「役に合った人間を使いたい」という当然の主張が、なぜか通らなかった。


 この世界では、通る。それだけのことだ。


「主演はジャハルで変えない。以上」


 興行師が引き下がった。


(この世界では、それができる)


 前世では何十年も交渉して、妥協して、「予算の関係で」「スポンサーの意向で」と言い続けた。


 この世界では違う。俺が言えばそれになる。役に合った人間が立つ。それだけが変わらない基準だ。


 この基準を誰にも曲げさせなかった時だけ、舞台は本物になってきた。


 ジャハルがまた台本に目を戻した。


―――


 初公演は港の広場でやった。


 ローレンツが歌いながら登場した。


 義足が板の上を(たた)く音が、打楽器のリズムになった。狙ったわけではなかったが、新大陸の観客がそのリズムに体を動かした。文化が合った。


 ジャハルが台詞を言い、ローレンツが歌い、メルセアが合唱した。


 三つが重なる場面で、観客から声が上がった。「もっとやれ」という意味の声だと後でわかった。


 終演後、ローレンツが俺に言った。


「酒も好きだがな」

「うん」

「演技は……もっと好きになりそうだ」


 ローレンツが義足を地面に打ちつけながら歩いていった。その背中が、舞台の上の背中と少し重なった。


 新大陸の夜が来た。向こうの大陸とは星の並びが違う。ハインリヒがその星を見上げながら帳面を開いた。数字を書き込んだ。


「……坊主。来た甲斐(かい)があったな」

「うん」

「認めたくないが、認める」


 俺はパンの最後の一欠けをかじった。固い。相変わらず固い。


 遠くへ来ても、パンの固さは変わらない。それがなぜか、ちょっとだけ面白かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ