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転生監督の異世界興行録 ~奴隷市場で拾った役者たちを舞台に上げたら、王国中が客席になった~  作者:


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第17話:アネリーゼの復讐劇

 王妃から使いが来たのは、朝の稽古が始まる前だった。


 封蝋(ふうろう)のある書状。表に「監督殿へ」と書いてある。アネリーゼの字だった。


 開けた。


 内容は簡潔だった。「直接お話したいことがあります。今日の午後、劇団に伺います」とある。


 俺はパンをかじりながら読んだ。


 王妃が劇団に来る、という文面を読んで、ハインリヒが「準備が必要だ」と立ち上がった。


 俺は「いつも通りでいいよ」と言った。


 ハインリヒが「いつも通りの劇団に王妃を通せるか!」と言った。


 アネリーゼが来たのは昼過ぎだった。護衛は最小限。


 本人が「目立たないように」と言ったらしく、地味な外套(がいとう)をまとっていた。


 地味にしようとしているのに、歩き方が貴族だから隠れない。どうしようもない。


「お久しぶりです、監督」

「うん。何かあった?」


 アネリーゼが一度深く息を吸った。


「……話したいことがあります。打ち明けたいことが、ずっとあったんです」


―――


 没落の真相は、思ったより根が深かった。


 アネリーゼの家が罪を着せられたのは、ある貴族の陰謀だった。


 その貴族は現在も政界に残っている。


 革命の混乱に乗じて立場を強化し、今は王国の上層に食い込んでいる。


 アネリーゼが王妃になった後も、その貴族は表向きは恭順の顔をしていた。だが水面下で、アネリーゼの家が背負わされた罪の記録を書き換え続けている。


 「没落は自業自得だった」という話が公式の歴史に入ろうとしている。


「物理的に裁くことはできません。証拠が公的に認められる状況にない。でも……このまま黙っているのも、嫌なんです」


(この人は、ずっとここまで持ってきたんだ)


 (おり)の中の令嬢。奴隷市に売られた日。舞台に立つことを選んだ最初の三日間。王妃になった後も、公的には認められない怒りを飲み込み続けた時間。


 今日、俺の前でそれを話した。話す相手を選んだ。


 それが台本を持っている人間に向けた最大の信頼だとわかっていた。


 俺はパンを一口かじって、次の台本の骨格を頭の中で組み始めた。


 アネリーゼが俺を見た。


「監督。劇にできますか。あの貴族の行いを。名前は出さなくていい。でも、見た人間が誰のことかわかるように」


 俺は少し考えた。五秒くらい。


「できるよ」

「法的に問題はありませんか」

「フィクションだから。舞台の上の話だから」


 アネリーゼが「本当に大丈夫ですか」という目をした。


「うん。やってきたことと同じだよ。観客の心の中で起きることは、俺には止められない」


―――


 台本を三日で書いた。


 ハインリヒが読んで青ざめた。


「……これは、あの貴族の話じゃないのか」

「フィクションだよ」

「名前が違うだけで全部一致してるぞ! 出身地も、事件の経緯も、被害者の家の構成も!」

「偶然の一致だよ」

「偶然で済むか! これは訴えられる!」

「フィクションの登場人物が実在の誰かに似ていると主張するのは、その人物が自分に似た悪役を認識している、ということを公言することになる。そういう訴えを起こす人間はいない」


 ハインリヒが帳面を持ったまま固まった。


「……なぜそれを知っている」

「前世の知識だよ」


 ハインリヒが静かに帳面を閉じた。


「坊主。俺は今日、お前が怖いと思った」

「監督はいつもそうだよ」

「そうじゃない日もある。……今日は特に」


 それがある種の褒め言葉だとわかったので、俺は「ありがとう」と言った。


 ハインリヒが「礼を言われる筋合いはない」と言った。


―――


 初演は王都の大劇場でやった。


 アネリーゼが主演だった。


 王女ではなく一般市民の娘が、権力者の陰謀によって家を失い、流浪の末に自分の手で正義を取り戻す物語。


 台本の中で権力者は裁かれない。劇の終わりでも法的には何も変わらない。ただ、舞台の上で「これが起きた」という事実が語られる。それだけだ。


 アネリーゼが舞台に立った。


 この人の演技が、今日は違った。


 稽古の時からわかっていたが、本番でさらに変わった。怒りが役に乗っていた。演じているのではなく、記憶で立っていた。


 母が最初の劇でそうだったように。


 ただし今日の記憶は悲しみではなく、憤りだった。


「わたくしは忘れない。名前を変えても、時代が変わっても、あなたがやったことを」


 台本の台詞だった。だがアネリーゼの声から出た瞬間、台詞ではなくなった。


 客席の上層に、その貴族が座っていた。招待状を送っておいた。アネリーゼの初主演大劇場公演に招かないわけにはいかない立場だったから、来た。


 その貴族が、台詞を聞きながら顔色を変えた。


 気づいた。気づいたとわかった。そして気づいたことを顔に出してしまった。


 隣の者がその顔を見た。その隣の者が別の者に目配せをした。静かな伝播(でんぱ)が、客席の上層で起きた。


 誰も何も言わなかった。劇は続いた。


(これが報復だ)


 物理的な傷を与えない。公式な裁きをしない。ただ、見ている全員が知った。


 終演後、お捻りが舞台を埋めた。その貴族だけが立ち上がれないでいた。


―――


 楽屋で、アネリーゼが衣装の(ひも)を解きながら言った。


「……すっきりしました」

「そう」

「完全には終わっていない。でも、少し終わった気がします」

「劇はそういうものだよ。全部は解決しない。でも少しずつ、重さが変わる」


 アネリーゼが鏡を見た。王女の衣装を脱ぎながら、王妃の顔に戻りながら、しばらく自分の顔を見ていた。


「監督。一つ聞いてもいいですか」

「うん」

「あなたは、わたしのために台本を書きましたか。それとも、いい劇になると思ったから書きましたか」


 俺は少し考えた。


「両方だよ。切り分けられない」


 アネリーゼが少し笑った。


「それが、あなたらしい答えですね」


 パンが一切れ余っていたので渡した。アネリーゼが受け取った。一口かじって、固い、という顔をした。


「……いつもこれを食べているんですか」

「うん」

「どうして柔らかいものを買わないんですか」

「このパンで十分だから」


 アネリーゼがもう一口かじった。また固い顔をした。でも食べた。


 それだけのことだったが、王女役の衣装を脱いだ後のアネリーゼが固いパンを食べている光景は、どこか舞台の外の人間の顔をしていた。


 それがいい顔だった。


 翌朝、台本を書き直した。アネリーゼが話してくれたことで、まだ足りていなかったものが見えた。


 憤りが長年かけて研ぎ澄まされた時、それは刃の形ではなく声の形になる。


 声の形になった感情が一番遠くへ届く。


 前世で何十回も舞台を作ってきたが、その法則だけは変わらなかった。

 

 昨日の舞台でそれが起きた。観客の中にいたあの男が気づいた瞬間の顔を、俺は台本の欄外に書き残した。次の台本にも使える顔だったから。

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