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転生監督の異世界興行録 ~奴隷市場で拾った役者たちを舞台に上げたら、王国中が客席になった~  作者:


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第14話:魔王との交渉

 魔王国へ行くと言ったら、ハインリヒが三日間口を聞かなかった。


 四日目に口を開いた。


「……本気か」

「うん」

「魔王国だぞ。人間が簡単に入れる場所じゃない。戦争も何度かあった。お前には通行証もないし、国交もないし、ほぼ無謀だ」

「セイレーンを雇いたい」

「そんな理由で!?」

「歌が必要なんだよ。次の演目に。ちゃんと歌える人間がいない」

「ルーチェに歌わせろ!」

「ルーチェは照明担当だよ」

「ジャハルは!」

「音程が壊滅的だった」

「グスタフは!」

「お前も一回聞いてみろ」


 ハインリヒが黙った。グスタフの歌を聞いたことがあったのか、それとも想像がついたのかはわからない。とにかく黙った。


「俺も行く」とハインリヒが言ったのは、翌朝のことだった。


 「子どもを一人で行かせられるか」という顔をしていた。


 俺は「一人で行けるけど」と言ったが、ハインリヒが聞かなかった。


 二人で魔王国へ向かった。


 俺はパンをかじりながら地図を確認した。固い。毎度のことだが固い。


 ハインリヒが道中ずっと「本当に大丈夫なのか」と言い続けた。


 俺は「大丈夫だよ」と答え続けた。それ以上の会話は特になかった。


―――


 魔王国は思ったより穏やかだった。


 国境の門番が「人間か、珍しい」と言いながらも通してくれた。


 「商用か」と聞かれたので「交渉がある」と答えた。


 「武器は持っていないか」と聞かれたので「台本なら持っている」と答えた。


 門番が「台本」という言葉の意味を理解するのに少し時間がかかったが、問題なかった。


 魔王の城は、石積みの堅牢(けんろう)な建物だった。だが内側は意外と整然としていた。書庫がある。広い食堂がある。魔物たちが思い思いに過ごしている。


 人間の城と、さほど変わらない。


 魔王ヴォルフは玉座ではなく大きな机の前に座っていた。書類を読んでいた。目が上がった。


「人間か。しかも子どもと商人か。何の用だ」


 声が低かった。だが怒ってはいない。面倒そうな声だった。政務が多い上位者の声だと、前世の感覚でわかった。


「セイレーンを貸していただきたいんですが」

「……セイレーンを?」

「歌を劇の演目に使いたくて。人間の歌手では出せない声域がある」


 ヴォルフが俺を見た。しばらく見ていた。


「お前、人間のくせに図太すぎるぞ」

「よく言われます」

「魔王国のセイレーンを、劇に使うために借りに来た人間は初めてだ」

「そうですか。では初めての交渉ですね」


 ヴォルフが机の上で指を組んだ。考えている顔だった。


「……セイレーンの歌は人を眠らせる。知っているか」

「知ってます。制御できるように稽古します」

「できると思うのか」

「できない子に稽古はつけません」


 ヴォルフがまたしばらく俺を見た。それから後ろの者に向かって何かを言った。扉が開いた。


「まあ、好きにしろ」


 ハインリヒが俺の横で静かに「また始まった」という顔をした。


―――


 セイレーンたちは三人来た。


 リーダーはメルセアという名だった。深い(へき)の髪。首筋に(うろこ)のような模様。歌っている時だけ生命力が(あふ)れて見えたが、人間の言葉を話している時は少し委縮していた。


 稽古を始めた最初の日。


「じゃあ、一度歌ってみて」


 メルセアが「いいんですか」という顔をした。


「ここには俺とハインリヒしかいない。眠っても大丈夫だよ」


 ハインリヒが「俺が眠っていい前提になってるぞ」という顔をした。だが何も言わなかった。


 メルセアが歌った。


 三小節で、ハインリヒが椅子に突っ伏した。気持ちよさそうな顔で寝ていた。


 俺は聞き続けた。


(眠くない)


 理由はわからない。前世から睡眠が浅かったせいかもしれない。


 あるいは監督という仕事は常に頭の一部で冷静に舞台を見ているせいで、感情が音に引っ張られにくいのかもしれない。どちらでもよかった。


 メルセアが歌い終わった。ハインリヒが眠っている。俺は聞き終わった。


「……眠れなかったの?」

「眠くなかった。でも、声の形はわかった」


 メルセアが不思議そうな顔をした。


 「ごめんなさい、寝かせました」と言った。


 ハインリヒを指差していた。


「あの人はいい。それより、もう一度歌ってほしい。今度は短く」

「……どのくらい短く」

「一小節だけ」


 メルセアが一小節だけ歌った。それでもハインリヒの眠りが深くなった。


「その部分の音域と圧が、観客を眠らせる要因だ。そこだけ少し丸めて出せる?」

「丸める?」

「角を取る感じで。刃を(さや)に入れるみたいに」


 メルセアが考えた。もう一度歌った。ハインリヒが少し(うめ)いて、また眠った。だが前より浅い眠りだった。


(この人は感覚が速い)


「それだよ。その出し方」


 メルセアが自分の声を確かめるように小さく喉を鳴らした。


―――


 三日目の稽古で、もう一人のセイレーンが天井を向いて歌い、俺の後ろで立っていたジャハルが床に沈んだ。


「ごめんなさい、寝かせました……!」

「演出としてはアリだな」

「アリじゃないです!!」


 メルセアがルーチェと同じ台詞を言った。ルーチェとメルセアが初めて顔を見合わせた。


「……うちは"アリじゃないです"が多いね」とルーチェが言った。


 メルセアが「そうなの?」と聞いた。


 「常にそうだよ」とルーチェが答えた。


 二人が少し笑った。


 俺は台本の演出を書き直した。


 「ここでセイレーンの歌が入り、一部の観客が眠る。それも演出とする」と注記した。


「次の演目のテーマを決めた」


 俺は稽古場にいる全員に向かって言った。


「夢と現実の狭間で生きる少女たちの話。眠ることで夢の世界に行けるが、夢から帰ってくるたびに現実が少し変わっている。どちらが本当の世界かわからなくなる話だ」


 メルセアが静かになった。


 他のセイレーンたちも静かになった。


「……それ、わかる」


 メルセアが小さく言った。


「歌うと人を眠らせてしまうから、歌えない時間がずっとあった。歌が現実から遠ざけるものだと思っていた。でも歌わないと……自分がどこにいるのかわからなくなる」

「それが役だよ」


 俺は言った。


「夢を持つのって、怖い」

「怖い。でも歌えば少しだけ強くなれる」


 メルセアがゆっくりと(うなず)いた。


 俺はページを開いた。まだ白いページに、最初の台詞を書いた。


 眠る前の少女が、夢の入口で歌う場面。声の形は、もう頭の中に聞こえていた。

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