第二章「街に出たら全員に二度見された件」
エルミナ村から一番近い街、トルバスまでは徒歩で半日ほどの道のりだった。
道中は特に何事もなかった。魔物も出なかったし、野盗も出なかった。出たのは——
「……また二度見された」
すれ違う旅人が、ユーダの右頬を見て、露骨に首を戻した。
今日で何度目だろう。ユーダは右頬に手を当てた。顔から飛び出た、剣の柄の先端。昨日より少し目立つ気がする。気のせいかもしれないが。
「当たり前だろ」
空中に浮かんだグリムが、あくびをしながら言った。
グリムはユーダが村を出てすぐ現れた。リュミエルのやらかしの後始末として同行すると、ぶっきらぼうに告げた。歓迎したわけではないが、道案内ができると言われたら断れない。
「顔から金属が生えてる人間が歩いてたら誰でも見るわ。お前が逆の立場でも見るだろ」
「見るけど! 見るけどさあ!」
「開き直れ。どうせこれから先、もっと目立つようになる」
「慰めになってない!」
グリムは取り合わなかった。ユーダは溜め息をついて、街道を歩き続けた。
トルバスの城門が見えてきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
トルバスは、エルミナ村とは比べ物にならない規模の街だった。
石造りの建物が立ち並び、大通りには露店が連なり、様々な格好をした人間たちが行き交っている。村育ちのユーダには、それだけで少し圧倒された。
——だった。
城門をくぐった瞬間、門番の兵士二人が、ユーダの右頬を見て同時に固まった。
「……お、おい」
「ああ」
「あれ……」
「見えてる」
二人がひそひそ話すのを、ユーダは聞こえながら無視して歩いた。
大通りに入った。
露店の店主が二度見した。
通りすがりの女性が三度見した。
荷物を運ぶおじさんが、ユーダの顔を見た拍子に荷車を柱にぶつけた。
「すみません」とユーダが謝ると「いえこちらこそ」とおじさんが謝った。何も悪くないのに謝った。
「……グリム」
「なんだ」
「この街、俺を知ってる人間でもいるの? なんか全員こっち見てくるんだけど」
「知ってるわけないだろ。ただ珍しいだけだ」
「珍しいって言葉じゃ足りない気がするんだけど」
「じゃあ異常だ」
「もっと足りない!」
とりあえず宿を確保しようと、ユーダは大通りの宿屋に入った。
カウンターに立つ宿屋の主人——恰幅のいい中年男性——が、ユーダの顔を見て、目を見開いた。
「一泊お願いしたいんですけど」
「……あ、ああ。えっと」
主人の視線が、ユーダの右頬から離れない。
「その、お客さん、右頬のそれは……」
「虫刺されです」
「金属の?」
「特殊な虫で」
「そんな虫が……」
「最近増えてるらしくて」
「…………」
主人は三秒ほど沈黙した。それから、何かを振り切るように首を横に振った。
「……一泊銅貨三枚です」
「ありがとうございます」
部屋の鍵を受け取りながら、ユーダは小さく息をついた。
グリムが耳元で囁いた。
「虫刺されで通す気か」
「他に何て言えばいいの」
「正直に言え」
「『女神のミスで顔から聖剣が生えました』って言ったら即追い出されるでしょ」
「……まあそうだな」
「でしょ」
夕方。
ユーダは街の食堂で夕食を取ることにした。
木製のテーブルが並ぶ、庶民的な店。それなりに混んでいた。
ユーダが席に着くと、周囲のテーブルの客が一斉にこちらを見た。見てから、慌てて視線を逸らした。それから隣の人間とひそひそ話し始めた。
ユーダには全部聞こえていた。
「ねえ見た? あの子の頬」
「見た見た。なんか刺さってない?」
「金属っぽいよね」
「呪いじゃないかな」
「かわいそうに」
「イケメンなのにね」
「イケメンなのにね」
二人が声を揃えた。
「イケメンなのにって言った! イケメンなのにって言った!」
ユーダが心の中で叫んでいると、グリムが涼しい顔で言った。
「お前の扱いが『イケメンなのに残念な人』で定着しつつある」
「聞こえてたの?」
「聞こえてた」
「なんか言ってよ」
「何を」
「励ましとか」
「お前の顔は確かにいい。それは本当だ」
「……ありがとう」
「頬から剣が生えてなければ、という条件付きだが」
「条件付けないで!」
食事を終えて宿に戻ろうとしたとき、事件が起きた。
大通りを歩いていたユーダの前に、突然、人が現れた。
正確には、人の集団だった。
先頭に立つのは、鎧を纏った大柄な男。年齢は三十代半ばほど。顎に無精髭、目つきは鋭い。腰の剣は実戦で使い込まれた様子で、ただ者ではないことは一目で分かった。
男の後ろには、同じく鎧姿の兵士たちが十人ほど並んでいた。
全員がユーダの右頬を見ていた。
「……止まれ」
男が言った。
ユーダは止まった。
「その頬のもの……見せろ」
「いや、見せるって言われても」
「近くで見せろと言っている」
男はずかずかとユーダに歩み寄り、右頬の金属の突起を、真剣な目で覗き込んだ。
長い沈黙。
男の目が、みるみる潤んでいくのをユーダは間近で見た。
「……聖剣だ」
「あ、はい、そうみたいで」
「間違いない。これは聖剣だ」
「そうなんですよ、困ってて」
「困ってる……?」
男がユーダの顔を見た。
ユーダが「いや顔から生えてたら困るでしょ普通」という顔をすると、男は何かを理解したような、していないような顔をして——
膝をついた。
後ろの兵士十人が、全員膝をついた。
大通りのど真ん中で。
「……え、ちょ」
「聖剣の御使いに、敬意を」
「御使いじゃないです、被害者です」
「我が名はバルト。トルバス騎士団副団長。聖剣が顕現されたと聞き、一目拝みたく」
「聞いてないです今初めて会いましたよね」
「聖剣の光が見えたのです」
「見えるの!?」
グリムが横でぼそりと言った。
「信仰心の強い人間には見えるらしいぞ。聖なる光として」
「俺には全然見えないんだけど」
「お前は当事者だからな」
「損な役回りすぎる!」
バルトはひざまずいたまま、顔を上げてユーダを見た。その目には、本物の敬意と、それから何か——使命のようなものが宿っていた。
「聖剣の御使い。あなたはこれから、どこへ向かわれるのですか」
「あ、えっと……聖遺跡を巡る旅を」
「聖遺跡!」
バルトの目が、さらに輝いた。
「では我々がお供を——」
「結構です!!」
ユーダは全力で断った。
「十人も騎士がついてきたら目立ちすぎる! 今でも十分目立ってんだから!」
「しかし御使い一人では——」
「一人じゃないし! 精霊もいるし!」
グリムが「俺を戦力として数えるな」とつぶやいた。
「……とにかく、お気持ちだけ受け取ります。ありがとうございました」
ユーダは頭を下げて、そそくさとその場を離れた。
背後で、バルトたちがまだひざまずいたまま見送っているのが分かった。
「……グリム」
「なんだ」
「これ、遺跡を回るたびに剣が大きくなって、もっと目立つようになるんだよね」
「そうだな」
「どうしよう」
「諦めろ」
「諦め方が分からない!」
宿の部屋。
ユーダはベッドに倒れ込んで、天井を見つめた。
今日だけで何人に見られただろう。何人に二度見されて、ひそひそ話されて、ひざまずかれただろう。
これが、これからずっと続くのか。
「……グリム」
窓枠に腰かけたグリムが、夜空を眺めたまま答えた。
「なんだ」
「最初の遺跡、どこにあるの」
「ここから東に三日ほど行ったところだ。アルタの森の奥に、古い祠がある」
「三日……」
「道中、魔物も出る。お前一人じゃ厳しいかもしれんな」
ユーダは右頬の金属の突起を指で触れた。
じいちゃん。俺、ちゃんとやれるかな。
返事はない。ただ天井があるだけだ。
「……行くしかないか」
「そうだな」
「グリム、一個聞いていい」
「なんだ」
「お前、俺のことどう思ってる」
グリムは少し間を置いた。
「……巻き込まれた不運な奴だと思ってる」
「それだけ?」
「……悪い奴じゃないとも思ってる」
「それだけ?」
「うるさい。寝ろ」
ユーダは苦笑して、目を閉じた。
明日、アルタの森へ向けて出発する。
最初の遺跡まで、三日。その先に何が待っているかは分からない。
ただ——一つだけ確かなことがある。
この剣を、絶対に抜いてやる。
それだけを胸に、ユーダは眠りについた。




