第十一章「吹雪の小屋で本音が出すぎた」
四か所目の遺跡は、山の向こうにあった。
峠越えは避けられない、とグリムが言った。迂回路はあるが、三日余計にかかる。魔王の復活が早まっている現状、寄り道は極力避けたい。
全員一致で峠越えを選んだ。
選んだのだが。
「……吹雪だ」
山の中腹で、天気が急変した。
晴れていた空があっという間に曇り、白いものが舞い始め、十分もしないうちに視界が数メートルしか利かなくなった。
「グリム! 小屋とか近くにある!?」
「ある! 百メートルほど先だ! 急げ!」
全員が走った。
雪の中を、転びそうになりながら走った。ミルフィが一度転んで、ガルドに抱えられた。レイナは一人で走り続けた。ユーダは顔に当たる雪と、右頬の金属に積もる雪を交互に払いながら走った。
「顔に剣が生えてると雪が積もりやすい!!」
「考慮した設計ではないからな!」とグリムが叫んだ。
「最悪!!」
小屋は、峠の山小屋だった。
山を行き来する旅人のための避難小屋らしく、薪と簡単な食料が備蓄されていた。古いが、屋根はしっかりしている。
全員が駆け込んで、扉を閉めた。
外で吹雪が唸った。
「……しばらく動けないな」とグリムが言った。
「どのくらい?」
「吹雪の規模からして、半日から一日」
「一日!」
「山の天気は読めない。仕方ない」
レイナが薪を組んで火をつけた。ガルドが食料の確認をした。ミルフィが濡れた荷物を乾かし始めた。
ユーダは壁に背をもたれて、右頬の雪を払った。
狭い小屋に、五人と一精霊。
しばらくは、ここで過ごすしかない。
焚き火が安定した頃、全員が落ち着いてきた。
外の吹雪の音がBGMになって、小屋の中は妙に静かだった。
「……暇だな」とユーダが言った。
「仕方ない」とレイナが言った。
「ミルフィ、本読まないの?」
「濡れてしまって……乾かしています」
「グリムは?」
「精霊は暇を感じない」
「羨ましい」
ガルドが言った。
「こういうときは話しましょう。お互いのことを」
「話すって、何を?」
「なんでもいいです。旅に出た理由とか」
全員が少し黙った。
ユーダが口を開いた。
「俺は……顔から剣を抜きたいから旅してる。それだけ」
「それだけか?」とグリムが言った。
「それだけ」
「本当に?」
「……じいちゃんの遺言が、どういう意味だったか知りたい気持ちもある。でもそれは、旅が終わってから考える」
沈黙。
レイナが静かに言った。
「私は……聖剣を見たかった。それが全てだった」
「今も?」
「今も。ただ——」
レイナが少し間を置いた。
「最初と少し、違うかもしれない」
「何が違う?」
「……聖剣だけを見るために旅していたが、今は」
レイナはユーダをちらりと見た。
「旅そのものが、嫌いではない」
ユーダは少し驚いた。
「……それって、俺たちとの旅が嫌いじゃないってこと?」
「解釈はお前に任せる」
「任せないで! 自分で言って!」
「言った」
「言ってない!」
ミルフィが言った。
「私は……研究のために来ました。最初は本当にそれだけでした」
「今は?」
「今も研究のためです」
「変わってないじゃん」
「ただ」とミルフィが眼鏡を押し上げた。「研究対象が、少し愛おしくなってきました」
「研究対象ってユーダさんのことですよね」とガルドが確認した。
「聖剣と、それを宿すユーダさんのことです」
「愛おしいって言われたのは嬉しいけど、研究対象として愛おしまれてるのが複雑」
「ガルドさんはどうですか?」とミルフィが聞いた。
「私は最初から信仰のためです!」
「それも変わってない」
「ただ皆さんとの旅が楽しくて……こんなに楽しい旅は初めてです。神殿で一人で過ごしていた頃には想像もできませんでした」
ガルドの目が潤んだ。
「ガルド、泣かないで」
「嬉しくて!」
「また嬉しくて泣いてる!」
グリムがぼそりと言った。
「……俺は、この旅が終わったら暇になる」
全員がグリムを見た。
「後始末が終わったら、精霊は本来の場所に戻る。それだけだ」
「……寂しくないの?」とユーダが聞いた。
「精霊は寂しいという感情を持たない」
「本当に?」
「……持たない、はずだ」
「はず?」
「持たない」
「歯切れが悪い」
「持たない!」
グリムは語気を強めて、窓の外を向いた。
吹雪が、ごうごうと唸っていた。
夜になって、吹雪が少し弱まった。
全員が毛布にくるまって横になっていた。
ユーダは眠れなくて、天井を見ていた。
隣でレイナが静かに寝息を立てていた。ミルフィはすでに熟睡していた。ガルドは正座のまま眠っていた。グリムは窓枠で目を閉じていた。
静かだった。
じいちゃん。俺、変わってきてる気がする。
旅に出る前は、ほくろのことしか考えてなかった。コンプレックスで、顔を隠したくて、早く消えてほしかった。
今は——顔から剣が生えてるのに、なんか前を向いてる。
変なの。
ユーダは右頬の金属を触れた。
暗闇の中で、かすかに光っていた。
聖なる力が、少しずつ育っている。
俺も、少しずつ育っているのかもしれない。
目を閉じた。
吹雪の音が、子守唄みたいに聞こえた。




