89話 心の支え
「ちょっ……、ねぇっ、ジンガ。ジンガも一緒に来るでしょ? 良いところも悪いところも見たいとは言ったけどさ、私、ほんとに遊びに行くつもりじゃないし。浩焔、どうにかしてくんない?」
浩焔が遠ざかったのをいいことに、シオンはヒソヒソと小声でジンガに助けを求めた。
「どうして僕が……。というか、なんで僕も最初から行くことになっているんだ」
「えっ、来ないの? だって、一緒にいてくれるって言ってたじゃん。普通にジンガは私と来るんだと思ってたんだけど……」
「な……っ、いや、それは……、確かに……言ったな……」
シオンと二人で話した夜を思い出して、ジンガは顔を赤らめた。
「ねっ? 今は審判の飴とか組織のこととか……、ノワールに言われたことでいっぱいいっぱいだし、恋愛とかそういうのしてる余裕ないんだよね。だから、ああいうのマジで困るんだよねぇ」
「……そう……だね……。まったく、商会の会長だかなんだか知らないけれど、緊張感がなくて困るね」
ジンガの心中を知らないシオンは、うんうんと頷いている。
「でも……、声が大きくてうるさいけれど、良い奴そうじゃないか。……その、君とお似合いなんじゃないかい?」
「もうっ、まーたそうやって……、ジンガは皮肉ばっか言うんだから。どうせ私も声が大きくてうるさいですよー」
「僕はそういうことを言っているんじゃ……っ」
浩焔に向けられた好意を気にする素振りもない普段通りのシオンに、ジンガは自分の想いを重ねて勝手に自己嫌悪に陥った。
ふい、と視線を逸らすと、ジンガは小さな声で断りを入れた。
「……悪いけど、僕はついて行かないよ」
「えっ、なんでっ!? 困る……っ!」
必死に縋り付くシオンに頬が緩みそうになるのを我慢して、ジンガはたどたどしく返事をした。
「その、一度イオンに身体の様子を診てもらうつもりなんだ」
「えっ、そうだったの? 大丈夫!? どこか悪いとか……っ」
「い、いや。体調には問題ないよ。ただ……、その……」
助けを求めるようなジンガの視線を察して、イオンが助け舟を出した。
「そうだね。今のところは問題ないようだけれど、この前捕まった時に暴走しかけたばかりだし、この国に来る前もゆっくり診る時間はなかったからね。一度見ておこうと僕が提案したんだ」
「そっかぁ。それじゃあ、仕方ないね。ちゃんと診てもらいなよ?」
納得したシオンに向かって、「二人きりでゆっくり過ごせるな!」と告げる浩焔の後ろ姿をジンガは複雑そうな表情で遠巻きに見つめていた。
「そうだ、シオン。今泊まっている宿は藍焔にバレているんだろう? 戻ったらまた襲われるぞ」
「……えっ」
ぶるり、とシオンが両腕を抱いて身震いをした。
「この建物には使ってない部屋が沢山ある。向こうも俺たちを警戒して近づいてこないし……、ここに泊まるといい。フジ、忍、案内してやってくれ」
「いや、そんなお世話になるわけには……っ」
「お前たちはもう後戻り出来ないところに足を突っ込んでるんだ、奴らから身を守れる宿なんて他にはないぞ? 泊まったからって恩にきせて付き合おうなんて言うつもりは無い、甘えておけ。な?」
にっかりと屈託なく笑う浩焔の八重歯が白く輝いていた。
「シオン、ここはお言葉に甘えさせて貰おう。僕らだけでは、身を守る術がない」
「……イオン。うん、そうだよね。ありがとう、浩焔。宜しくお願いします」
「気にしなくていいさ。若様はすぐに拾いたがるんだから」
「フジ、人聞きが悪いぞ」
「褒めてんですよ。俺もアンタに拾われた口だからねぇ。よぉし、イオンとジンガは俺についておいで。シオンは……、忍についていきな。……なぁに、俺たちも普段はここに住んでるのさ」
フジに連れていかれる二人を見送って、シオンは無言でこちらを見つめてくる忍におずおずと問いかける。
「えっと……、お願いしても、いいかな?」
「……ついてきて」
「ありがとう! ねぇっ、少ない女の子同士、忍って呼んでもいい?」
「……好きにして」
「やった! ありがとう! 忍って、めっちゃ髪の毛サラサラだよね〜。これ、なんかお手入れとかしてるの?」
「……してない」
「マジで!? やっばぁ……、美少女ってやっぱ素材から違うんだなぁ」
「……素材?」
「そっ! 何もしなくてもめっちゃ可愛いってこと!」
「……かわいい。……かわいい?」
「あれ? 言われたことない? もう、浩焔もフジも言いそうなのに身近にいると言わないのかな。忍はめっちゃ可愛いよ!」
「……そう。……ありがと」
キャッキャッとじゃれ合いながら、シオンと忍も空いている部屋へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
「藍焔を止めて、この国を救うって目的は一緒みたいだし、浩焔達のことは信じてもいいんじゃない? 部屋も貸してくれたんだしさ」
風呂を後にして、シオン、ジンガ、イオンの三人は一つの部屋に集まっていた。念の為、フジと浩焔を信用するべきか、三人の意見をすり合わせようとイオンが提案したのだ。
「僕も彼らは信用出来ると思うよ。だけど……、万が一に備えて、僕だけでも完全に信じるのはやめておこうかな。彼らはまだ全てを話していない。藍焔との因縁を隠しているようだからね」
唯一の大人として、中立の立場を崩さないイオンに頷いた。
「分かった。ジンガはどう思う?」
「そんなの、君たちのスタンスが決まったのなら、わざわざ僕に相談しなくたっていいだろう」
「なーに、拗ねてんのっ」
「拗ねてなんか……っ、ただ……別に、予言の子でもなんでもない僕なんかの意見は気にする必要なんてないって意味さ」
「何言ってんの、相談するに決まってるでしょ。予言の子とか関係ない。それに、イオンも私もこの世界の常識がわからないんだもん、ジンガの視点はめっちゃ大事だと思ってるよ。それに、私に付き合ってくれるんでしょ?」
魔性の笑みを浮かべて、「おやすみー」と部屋に戻っていくシオンを見送ると、イオンは苦笑いでジンガに言った。
「いつになくネガティブだね、ジンガ。浩焔の発言のせいかな?」
「そういう訳じゃ、ないですけど……。あの人は僕と歳が近くても商会の会長で、この国を憂いていて、能力もあって……きっと良い人だから」
「引け目がある?」
「そうですね……。僕なんかは本来ここに居るような人間じゃないことは分かってるから」
「ジンガ…………」
俯くジンガの肩をイオンが優しく叩いた。
「シオンはああ見えていつも周りに気を使って、悪態をついたりしないでしょう? 学園に戻ったジェイド達とは違うかもしれないけれど、本音をぶつけられるジンガのこと、心の支えにしてるんだよ」
「……そんなこと言われても、僕だって困る」
「ふふっ、そうだね。……でも、誰も知り合いがいない世界で、それは命綱みたいなものなんだ。君はシオンを支えているよ」
それでもなお、自己嫌悪から自分を許すことが出来ないジンガを見つめて、イオンは小さな声で呟いた。
「……多分、君が思うよりもずっと、ね」
そう言ったイオンは、遠い空の向こうにいるネージュを思い浮かべて微笑んだ。




