88話 恋の嵐
シオンの睨むような真っ直ぐな視線に、浩焔は声を上げて笑うと大仰な仕草で拍手した。
「ははっ! 面白いっ! 気に入ったぞ!」
「…………へ?」
「シオン、お前のその心意気に惚れたっ! その約束、俺の誇りにかけて守ると誓おう!」
「えっ、ほんとにっ……? 私が言うのもなんだけど、そんな簡単に決めちゃっていいの?」
「簡単では無い! 元よりそのつもりだった。……が、改めて決意した! この国に巣食う腐敗は、根こそぎ俺が排除してやる!」
赤い虎柄の扇子を身体の前でバサッと広げて、浩焔が豪快に笑う。
「ははっ、俺としたことが……全くもってシオンの言う通りだ。審判の飴は実に魅力的だ。だが、それに手を染めてしまえば奴らと同じ穴のムジナだ。……正直に言おう、僅かではあった……が、目先の戦力に目が眩んでしまった」
その眼差しには、葛藤と欲と理性が滲んでいる。
「……うぅん、私の意見が本当に正しいなんて言うつもりはないよ。この世界に来て日が浅い私だって、割り切れないんだもん。ずっとこの国で暮らしてた浩焔の言うこともわかるんだよ。でも……」
「でも?」
「犠牲の上での救いなんて、私は認められない。認めたくない。私が守られた小さな世界で、幸せに生きてたってことは分かってる。綺麗事なのかもしれないってことも分かってる。でも、そんな私だから……、絶対にノワールを肯定しちゃいけないんだと思うの! 多分、これが私の役目だから!」
その姿から、シオンなりに覚悟を決めていることがうかがえる。浩焔は少し考える素振りをすると、シオンに向かって勢い良く頭を下げた。
「なっ、何……っ!?」
「失礼な態度をとって悪かった」
「えっ、ちょっ、別に頭下げられるようなことしてなくない? ねぇっ、やめてってば!」
「いや。手を組む相手として相応しいかどうか見定めようと、お前達を試してすまなかった。……正直、最初の交渉での態度から、シオンのことを所詮平和な世界で生きてきた少女だと侮った」
「いや、実際その通りだし……。交渉だってイオンがいなかったら詰んでたし……」
シオンが言うと、浩焔は頷きながら笑った。
「確かに、腹の内を見せようとしないイオンと比べても、シオンは頼りなかった。リーダーと言っても、実際に率いているのはイオンなんだろうと思ったが……、どうやら俺の見る目が無かったようだ。悪かったな」
「えっ、いや、ほんとにもう頭下げないでよ……っ。私が平凡なのは分かりきってるんだしさぁ!」
それでもなお、頭を下げ続ける主を止めようと、ずっと無言で控えていた忍が動こうとすると、それをフジがそっと片手で制止した。
リィン、と忍の耳元の鈴のピアスが揺れる。
「まぁ、待ちなさいって。立場とか関係なく悪いと思ったら頭を下げられる、そういう若様の柔軟なところを俺は結構気に入っているんだよねぇ」
「…………」
「アンタだって、そういう主だから従っているんだろう?」
忍は何も答えず、けれどフジの言葉を否定しない中に答えがあった。
浩焔の謝罪から一気に打ち解けた一同は、腹の探り合いをやめると、同じ目的に向かう者として意識を共有していった。
「よし! これで俺達が共に目指すべき方向性は定まったな。イオン! すぐにでも特効薬の量産に取り掛かれるか?」
「材料と最低限の設備さえ揃えば進められますよ。僕らの仲間に飛空艇技師がいるんです。彼に頼めば時間のロスを最小限に抑えられますよ、彼より速い飛空艇乗りはいませんから」
「……飛空艇技師のヴォーロか、それは助かるな。ならば材料の調達は商会に任せろ、商会のパイプをもってすればすぐに揃えられるだろう。それと……、一ついいか? 俺はお前達の雇い主ではないんだ、堅苦しい敬語は辞めてくれ」
「……わかった、そうさせてもらうよ。ところで、かなりの額がかかることになるけれど、資金面は本当に大丈夫かい?」
「ははっ、誰に向かって言っているんだ。俺の商会を舐めてもらっては困る! 大舟に乗ったつもりで任せておけ!」
自信満々な態度で笑う浩焔にイオンは口元を緩めると、「それでは、商会の会長さんのお言葉に甘えさせてもらいますよ」と呟いた。
「フジと忍は引き続き情報収集を頼む。それと、奴らに妙な動きがないか監視を続けてくれ」
「…………わかった、若様」
「若様のご命令なら、喜んでやるさ」
テキパキと浩焔に役割を決められていく中で、シオンは少し考え込むと挙手をした。
「あの、私はもう少しこの国がどんな所なのかこの目で見たい!」
「なんだ、観光がしたいのか?」
「いや、観光ってわけじゃなくって……。でも、いろんな面が見たいってことだから、違わないのかも? 私はさ、イオンやフジみたいに出来ることがないってのも勿論あるんだけど、それだけじゃなくて……。なんていうんだろ、私、まだこの国のこと全然知らないから。だから、ちゃんとこの目で見たいの。綺麗なところも、日の当たらない場所も全部」
シオンがそう言うと、心なしか浩焔が嬉しそうに口元を緩めた。
「そういうことなら俺に任せるといい! 酸いも甘いも、この国の全てを案内してやろう! これでも顔が効くからな、裏路地に入っても少しは抑止力になれるだろう」
「えっ、いや、気持ちはめっちゃ有難いんだけどさ……、抑止力になっちゃダメでしょ。浩焔と一緒じゃ、ありのままのこの国が見れないもん」
「シオン、お前の覚悟は理解出来る。真っ直ぐ、この国と向き合おうとしてくれているのも嬉しく思う。だが、この国で一人でうろつくのは絶対に駄目だ。恥ずかしい話だが……この国には理屈ではない、近づいてはいけないものも確実に存在する。仲間をわざわざ危険な目に合わせる男にはしないでくれよ?」
「それは……」
浩焔は冗談めかして肩をすくめるが、その真剣な声からは有無を言わせない力を感じた。それでもなお浩焔に食い下がろうとするシオンの肩をフジがポン、と叩いた。
「猪突猛進なだけが誠意じゃないと思うけどねぇ。シオンはシオンなりに、その目で見たものをその心の中に落とし込んでくればいいのさ。アンタとジンガが捕まった時のこと、忘れてるわけじゃないだろう?」
「……忘れて、ないよ」
「……ん、覚えてんならいいさ。あんな奴ら、なんの力も持たない三下だ。それでもアンタ達が知らない技術で、簡単に追い込まれてしまっただろう? この国じゃあ、魔法が使えようが何が起こるか分からないからねぇ。用心するに超したことはないのさ」
ぽんぽんと子供をあやすみたいに頭を撫でるフジの手を払いのけて、「わかったよ」とシオンはしぶしぶ返事をした。
「そう気を落とすな。この国の後暗い部分を隠すつもりもないが、俺はこの国に住む民たちの暮らしもシオンには知って欲しいんだ」
「……うん、分かった。ワガママ言ってごめん。そうだよね、大事なのは私がどう思うかだもんね。よしっ、そうと決まったら案内宜しくね! 浩焔!」
「ははっ、そうこなくては! その思い切りの良さ、流石はこの俺が惚れた女だな!」
「「はぁ……っ!?」」
高らかに笑う浩焔の言葉に反応したのはシオンとジンガだった。
「あ、あのさ……。私のこと信頼してくれたのは嬉しいし、浩焔の国だとそういう言い方するのかもしんないけど、その……惚れた女って言い方はやめた方がいいよ? 勘違いされちゃうから」
「それならば問題ない。勘違いではないからな! 俺はお前に惚れたと言ったんだ!」
「えっ? はっ? マ、マジで……?」
「大マジだ! 俺はずっと好いた女とするという、デートというものに憧れていた! 明日が楽しみだな、シオン!」
「えぇぇぇぇ……?」
困惑するシオンと対照的に、浩焔はウキウキと楽しそうにオススメのデートスポットはどこなのかとフジに相談するのだった。




