87話 啖呵
「勿論、特効薬の材料費はそちら持ちでいいんですよね?」
「商品の原価だ、当たり前だろう。好きなように頼めばいい」
「どの材料がどれだけ必要だとも知らないのに、随分と太っ腹ですね。……助かりますけど、二割は僕が出しますよ」
「どうしてだ?」
「だって、貴方……。僕の頼んだ材料から、特効薬のレシピを抜くつもりでしょう? カモフラージュに他に研究に使おうと思っていた材料も注文しますから、無駄ですよ」
にっこりと微笑むイオンに、浩焔は楽しそうに笑うと「ははっ! 案外、強かなやつだな。お前の研究費用を払ってやってもいいんだが……。どうせ、その二割の額もぼったくるつもりだろう」と返した。
イオンは否定も肯定もせずに、「ご想像にお任せします」と言ってのけた。
「それにしても、僕の研究費まで払おうなんて、その強気の態度……。一体、特効薬をどれだけの高値で売りさばくおつもりですか?」
「……無駄に価格を釣り上げたりはしない。この国で価格を釣り上げたところで、困っている国民に届かなければ何の意味もないからな。俺はこの特効薬で儲けるつもりはない、全てはこの国の民の為だ」
そう言って、遠くを見つめる浩焔は、商人としての強気な態度とうってかわって、憂いをおびた表情で窓の外を眺めて言った。
「なんだ、意外か?」
「ちょっとだけ……。めっちゃ稼ぐぞってタイプの人かと思ったし……」
「ははっ、間違ってはないな。無論、自業自得な奴らからは存分に巻き上げてやるつもりだから安心しろ」
掴みどころのない浩焔の様子に、シオンは小さく笑みをもらした。
◇ ◇ ◇
「……といったところだ。審判の飴の流通ルートは、藍焔の組織からこの国の裏社会に蔓延し、ゲートのないこの国だからこそ非合法な空路から各国の裏社会へと拡がっている」
「そっか。そういうのもあるから、ゲートの承認が降りてないってことね」
「あぁ。例え、ゲートが厳重に管理されると言っても、賄賂や人質をもってすれば、この国を各国と繋ぐにはリスクの方が大きいからな」
「っていうか、私はこの世界を知らないからあれなんだけど……、この国ってそんなに昔から治安が悪かったの?」
話しているうちに歳が近いのもあり、敬語をやめろという浩焔に慣れてきたのか、シオンはすっかりいつも通りの砕けた態度になっていた。
「今と毛色は違ったが、昔から王家の目が届かない場所は治安が悪かったな。だからこそ、奴らに目をつけられたんだろう」
「薬物を売り捌きやすいってこと?」
「それもあるが……、身寄りがない者や世間一般的に悪人と呼ばれる者が暴走したところで、声を上げる者もいない。それどころか勝手にそいつらの方から怪しげな薬に手を出してくるのだから、審判の飴を使った人体実験をするには、随分と都合が良かっただろうな」
浩焔の瞳には憤りの色が滲む。
「それに厄介なのが藍焔の存在だ。アレはこの国の権力者とも繋がっている。私腹を肥やすだけならまだしも、奴らはこの国の政治に力を持つ。今の王家が抗ったところで、奴らには古くからの繋がり……数の利があるからたちが悪い」
「昔から、この国の王様達の近くに潜んでたってこと……? さすがにそれって……ヤバいんじゃ……」
「ヤバいだろうな。藍焔を断つということは、この国の古くから続く腐敗を断ち切るということだ。だが、俺はやらなくてはいけない。それが…………」
「浩焔?」
「いや、それが力を持つ者の責任だからな」
浩焔から、この国の内情を聞き出したシオンは、事の大きさに今更ながら身体が震えた。
(浩焔は覚悟も責任も背負ってる。私と同い年なんて、信じられないくらい。でも……、私だってノワールを止めたい気持ちは嘘じゃない……っ!)
浩焔にイオンが審判の飴の成分表を渡す。そして、暴走はあくまで未完成の試作品だから起こったことで、特効薬を一緒に完成させた今、アムレートが改良した完成品は暴走が起こらないであろうことを説明した。
「……そうか。つまり、完成品では暴走が起こらないのなら、渡る相手さえ間違わなければ一概に悪いものだとは言えないのか?」
浩焔の言葉に、シオンはノワールの言葉が頭をよぎった。
『覚悟ある者には、抗う為の力を……。リスクを負う覚悟さえあれば、強制的に力を得ることも出来る。自身の現状を変えようと足掻く者は、必ず救われる』
「今までは暴走という副作用が付きまとい、各国で問題になっていた。だが……、イオンの成分表に、この特効薬と完成品があれば、審判の飴を毒ではなく薬として、商品として扱うことも出来るんじゃないか?」
それは、皮肉にもノワールが語ったことと同じだった。
「いや、まずはこれを使ってこの国の警備隊を強化出来れば、藍焔の脅威に備える私兵が手に入るのか……」
「ねぇ! ちょっと待ってよ! それじゃ、ノワール達と同じじゃん! 話が違う! 便利だからって使ってこうって話じゃないじゃん、審判の飴はこの世界を壊す力になっちゃうから止めようよって話でしょ!?」
「…………シオン」
握りしめた拳に、じっとりとした汗が滲んだ。
「私だって分かってるよ。人体実験は過去の話、暴走も試作品が出回るのが終われば……、もしかしたら審判の飴があれば救われる人だって沢山いるかもしれないってこと。責任が重い人ほど、その力が欲しくなるってこと」
「…………」
「でも、そうやって力を与える相手をノワールや浩焔が選んで、めっちゃ強い力を手に入れたからって、それで本当に世界は良くなるのかな? 私には……、そうは思えない。それまでに審判の飴のせいで犠牲になる人のこと、私は見捨てられないよ!」
そう、啖呵切ったシオンの肩は震えていた。
この決断が正しいと言い切れるほど、世界を知らなかった。けれど、シオンの脳裏には意識なく眠り続けたフリージアの姿がこびりついている。
暴走事件に巻き込まれた子のこと、自分で自分を抑えられなくなったジンガの姿が思い浮かんだ。
「ねぇ、浩焔。ノワール達が完成した審判の飴を使って世界をひっくり返そうとしてるんならさ。暴走事件が減ったって、今度はもっと強い力に目覚めた人達による事件が増えるんだよね? どんどん手に負えなくなって、何にも知らない普通の人ばかりが苦しむことになるんだよね」
「…………それは」
「使う人次第だってことは分かってるよ。だけど、審判の飴はノワール達が作り出したものだもん。アムレートがあっち側にいる限り、この世界にあったらダメなものだよ」
すぅ、と大きく息を吸うと、シオンは射抜くような強い眼差しで浩焔を見つめると、真っ直ぐに言い放った。
「だから、私達と手を組むって言うなら、審判の飴と藍焔達……、この国の腐敗を全て排除して! それが約束出来ないっていうんなら、この取引は無かったことにする。私が藍焔を止める。特効薬は浩焔には渡さないっ!」




