86話 交渉上手
近づく者を燃やし尽くしそうな力強い赤い瞳がフジを射抜く。扇子を片手に、赤色の中華風の服に黒い羽織を羽織るその姿は、いかにも商会の実力者といった風貌だ。
(オレンジのチャイナ服っ! めっちゃ可愛い……っ! 黒髪ツインテールの美少女だ……っ! えっ、あの子、笑ったらマジでめっちゃ可愛いんじゃない!?)
シオンがフジの背中から盗み見ると、赤髪の青年の後ろにはキッチリと切り揃えられた前髪から、透きとおるオレンジ色の瞳を覗かせた美少女が控えていた。
豊満な胸とスリットから覗くスレンダーな美脚。しっかりと筋肉もついている美しい素足に、オレンジ色のカンフーシューズが映えていて、シオンは思わず見惚れてしまった。
「若様……、そんなに俺が居なくて寂しかったのかい?」
おどけたように肩を竦めるフジを真っ直ぐ見つめて、赤髪の青年は言った。
「ははっ、そうだな。お前がいなくて寂しかった」
「……っ、アンタって人はそういう……。全く、調子が狂うねぇ」
「それで? 主の俺を放っておいて、何をしてたんだ?」
冗談か本気か分かりづらい、真っ直ぐな青年の言葉に、フジはバツが悪そうに頭をかいた。
振り返ったフジに手招きをされて、シオン達は部屋へと足を踏み入れた。
「歯車になる日がやって来た、ってところかねぇ。この二人がシオンとイオン。俺と同じ……過去からやってきた予言の子さ。藍焔の組織について、探ってる」
その言葉に青年は顔色を変えた。
「藍、焔を……? そうか。やはり、奴らはこの世界の敵だったのか」
青年の険しい表情には、強い敵意と嫌悪の色が滲んでいる。
「それで、お前は奴らの情報を渡したのか?」
「まさか。未来に来る前の話ならしたけれど、奴らの組織については話していないさ。だから、ここへ連れてきたんだ。それに……、今の俺の主は若様だろう? この俺の首輪を握っている自覚はしておいて欲しいねぇ」
「ははっ、そうだな。良く持ち帰った、上出来だ」
そう言って笑い合う二人の間には、友達や仲間とはまた違う絆が見えるようだった。
「さて、過去からのお客人。名乗らないままで失礼した。俺の名は浩焔。この商会の主であり、コイツらの主だ。俺の後ろにいるのが忍。忍は無口だが、隠密行動が得意な自慢の部下だ」
赤髪の青年、浩焔に褒められて、嬉しそうにほんのり頬を赤らめるが、忍の無表情は変わらないままだ。
「そちらのリーダーは、お前か?」
浩焔が一人怖気付くことなく堂々としているイオンに視線を向ける。学生組のシオンとジンガは、浩焔のオーラに圧倒されて、無意識にイオンの背に隠れていた。
「ご紹介ありがとうございます。僕はイオン。僕たちにリーダーというものは無いのですが……、強いて言うのなら、僕らをいつも引っ張っているのは、こちらにいるシオンですね。そして、こちらにいるのが仲間のジンガです」
「シ、シオンです! よ、宜しく……お願いします!」
「ジンガと申します。ご紹介ありがとうございます」
イオンに続いて、二人は慌てて頭を下げると自分の名前を名乗った。
「そうか、それは勘違いして悪かったな。俺に会った人間は何故か腰が引けるようでな。あんまりにも動じないアンタがリーダーなのかと思った」
そう言うと、浩焔はシオンの前に進み出て、握手を求めると言った。
「この国で情報はいわば生命線、そして俺達は商人であり、この国随一の情報屋だ。情報は商品……、こちらが渡す情報と引替えにお前は何を差し出せる? リーダーだというのなら、情報の対価を俺に示せ」
威圧感とも取れる風格にシオンは思わず息を呑んだ。
「た、対価……? えっ、あの! 私達が持ってる情報は、もうフジに話しました! それじゃあ、ダメなんですか?」
「……フジ。シオンの言う通り、これでは話が違う。僕らは情報を共有しようと貴方と話して、先にこちらの情報を渡しました。それを後出しでそちらの情報を開示しないというのは、筋が通っていないんじゃないかな?」
「……イオン」
慌てるシオンに助け舟を出して、イオンがフジを睨みつける。だが、主の前だからか、フジはただ真っ直ぐ浩焔を見つめていた。
「そういう話になっていたか。……だが、フジが何も言ってこないということは、その情報に見合う情報は既に与えてあるということだ。奴ら組織の情報はフジのものではない、俺の商会の商品だ。俺達は組織の構成員、審判の飴の流通ルートを突き止めている。お前達の話した情報とやらは、本当にこの情報に釣り合っているか?」
浩焔の言葉にイオンが黙り込む。シオン側がフジに与えた情報は、これまでにシオンがこの世界で見聞きした不明確な事実だけだ。それに比べて、フジからはここが未来の世界であること、シオンに過去に戻る能力があることを教えられている。
情報の質という意味では、浩焔が言っていることは的を得ていた。
「どっ……、どうしよう、イオン。私たちが他に差し出せるものなんてないよっ」
イオンは少し考えると、口を開いた。
「審判の飴の成分を教えます。但し、貴方達が同様の薬を造らないとも限らないので、害にならない程度に、ですが……、どの成分が人の魔力に作用するのかという意味では有用な情報でしょう」
「……足りないな」
浩焔が商売人の眼差しでイオンを見つめる。
「……では、特効薬を付けましょう。僕がこの場で量産した分を貴方達の商会に差し出します。審判の飴は薬物ですが、最早解毒剤のない毒とも言える。商人なら特効薬を最初に販売出来るのは魅力的なのでは? それも、探求者の国シャルムの……、あの医療塔よりも先に、ですから」
「あのアムレートと共同開発したという特効薬か。いいだろう、材料はこちらで用意しよう。生産可能数は?」
「三十ですね」
「少なすぎる、却下だ」
「では、四十で」
「……希少性が高いといっても、せめて百は置いておきたい」
「作業者は僕一人でろくな設備も無い。百は現実的では無いですね、不可能です」
「ならば、五十だ。これ以上は譲歩出来ない」
「分かりました。交渉成立ですね」
「あぁ。欲を言えば、特効薬のレシピを引き出したかったが十分だろう」
満足気な浩焔に聞こえないように、シオンがイオンに問いかける。
「ありがと。私じゃ絶対上手く言えなかったから、めっちゃ助かったよ……。イオン、意外と交渉上手だね。だって、前に百くらいならすぐ作れるって言ってたもんね」
「交渉は少なめに提示するのがコツだからね。……とは言っても、審判の飴の成分だけでもそれなりに重要な情報なんだ。それを特効薬まで引っ張りだされてしまった。彼の方が流石に上手だよ」
「ぅ……、やっぱり私には向かないかも……。腹の探り合いとか絶対無理。カモになる可能性しか感じないもん」
「ふふっ、シオンは考えてることが顔に出ちゃうからね。まだ揺すれるって、簡単に見抜かれてしまいそうだ」
「あっ、今ちょっとバカにしてるでしょっ!」
こうして、イオンと浩焔の化かし合いの決着がついた。




