83話 ここは異世界なんかじゃない
予言の子同士の会話に気を使ってくれたのか、ホットミルクの用意をするとジンガが部屋を出て行った。
「私が知ってるのは……」
シオンがこちらの世界にやって来てからのこと、セバスチャンから聞いた予言の姫と予言のこと、学園都市とシャルムで起きた出来事。そして、世界を危機に陥れる存在というのが審判の飴であり、ノワール達の組織だと考えていることをフジに話した。
「……なるほどな。おおむね、俺の認識と大きく変わりはしなさそうだねぇ」
「でも、フジが三人目の転移者ってことは、これであとはお姫様を探すだけだもん。なんか一つ目の目標達成って感じがして、ちょっとホッとしたかも」
「ところで、さっきから話に出てくる異世界転移者ってのはなんなんだい? 予言の子にはそんな別の呼び方でも?」
フジが不思議そうに首を傾げると、イオンはまるで過去の自分を見ているように、懐かしそうに目を細めて笑った。
「シオンがこちらの世界に来る前に住んでいた日本では、そういう小説が流行っていたんだそうだよ。魔法が使える異世界に肉体ごとテレポートしてしまう……みたいな話で夢があるよね。まぁ、僕たちは実際にその夢のような状況なんだけれど」
「あははっ、……って、マジで笑えないんだけどっ! イオンの国にはそういう本なかったんだっけ?」
「どうだろう? 僕は病室暮らしだったし、本といえば研究論文ばかり読んでいたから、縁がなかっただけかもしれないけどね」
二人の会話を妙に難しい表情で聞いていたフジが、少し戸惑ったように口を開く。
「……なぁ、シオン。日本……っていうのは、どこだ?」
「え? 日本は日本だよ?」
「……あー、いや、悪いが知らない。……俺が知らないだけなのか……?」
「まぁ、ちっちゃい島国だしね。外国の人からしたら知らなくても無理はないのかも?」
「……そうか、悪いね。俺はスラムで育ったから……、学がないのさ。その日を生きるだけで精一杯でね。あの頃は外の国のことまで気にかける余裕がなかったんだろう」
「……っ! ご、ごめん」
「そういう意味じゃない、気にするな。そういう生き方しかしてこなかったんだ。俺は自分を哀れんだりはしてないよ、いい人に拾って貰えたしねぇ」
そう言うと、フジはしょんぼりと項垂れるシオンの頭をぽんぽんと撫でた。
「それで? 俺に出会わなければ、これからこの国でどうするつもりだったんだい?」
「僕たちは『審判の飴』について調べるためにこの国へ来たんだ。魔法暴走の患者が多く運ばれてくる国……、そして、薬の流通や裏社会が活発なこの国に来れば、『審判の飴』の出処や情報が掴めるかと思っていたからね」
「なるほどね。それで……、予定通り奴らのしっぽを掴んだってわけか」
「えぇ。出処は分かりました。だから、次はその組織についての情報が欲しい。貴方は知っているんでしょう?」
イオンが問いかけると、フジはこの世界の世界地図を広げて見せた。
「もしかして、これ。世界地図!? そういえば、私、この世界の世界地図って見たことないかも!」
「まぁ、見る機会はないよね。学園都市に通ったといっても、僕たちの世界みたいな授業があるわけではないし……、ゲート利用も騎士団の協力がなければ頻繁に使えるわけじゃないから。滞在している国だけ書かれている拡大地図で事足りるからね」
広げられた世界地図を見て、シオンは困惑した。
「大きい地図……って、あれ? これ……なんか、私の世界とそっくり……だって、ここが日本で……ここがアメリカで……ここがロシアで……」
「あははっ。何を言っているんだい、シオン。確かにロシアは大きかったけど、流石にそこまでに大きくないよ。シオンが差してるところはウクライナ、そっちはカザフスタン、あれモンゴルだし、そこは別の国だよ」
シオンは勉強が苦手なんだね、と言って笑うイオンに、シオンは怪訝な視線を向けた。
「イオンこそ、何言ってるの? 元々小さい国がいくつもあったのは知ってるけどさ、全部ロシアに吸収されてったってことくらい、流石の私でも知ってるよ?」
「…………え?」
なぜか、話が噛み合わない。
戸惑う二人に、フジがぽつりと追い打ちをかけた。
「……なぁ。ロシアって、アンタらは何を言ってるんだい? そこら辺は寒くて人は住めないだろう。それに、シオンが差してるそこは、イオンがずっといた探求者の国、シャルムだろう?」
当たり前のように、この世界の国名を告げるフジに一つの可能性が浮上した。
「私たち、同じ世界から来たって思ってたけど……、もしかして、別の世界から来たってこと……?」
「まさか……。いや、でも……地図が同じだとしたら……、似て異なる別の世界がいくつも存在しているのか……?」
ぶつぶつと思い思いの可能性を上げていく二人に、フジが不思議そうに問いかけた。
「さっきから、話が見えないんだが。アンタらは、さっきも異世界転移者だと言っていた……。さっきの説明……まさか、ここがアンタらのいた世界とは別の世界だと思ってるのか?」
「「え?」」
シオンとイオンが顔を見合わせた。
「俺たち予言の子に起こったのは、アンタらの言うような異世界転移なんかじゃあない。しいていうなら、タイムトラベルだ」
フジが告げた言葉は、それまでのシオン達の仮定を根本からくつがえすようなものだった。
「――ここは異世界なんかじゃない。俺やアンタ達がいた世界から、地続きの未来の世界だ」




